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私は狡い。きっと世界中の誰よりも。
「あ、」
「九頭龍くん」
「……お前、また狛枝の様子見に行ってたのか?」
「ん、狛枝くんのっていうか、皆の様子ね」
「おお、……悪ぃな、変な言い方して。で、どうだった?」
「うーん、やっぱり目に見える変化はないよ。数値にも出てないしね」
「そうか……やっぱそう上手くはいかねぇか」
「……そうだね。九頭龍くんも、これから?」
「……ああ、そのつもりだ」
「そっか。今、ちょうど終里さんも入っていったところだよ。……じゃあ私は仕事に戻るね」
「あ、お、おい」
「うん?」
「……その、オレが言えたことじゃねーけどよぉ」
「?」
「……なんつーか……ムリ、すんなよ。あんま根詰めてっと、イザってときに動けなくなんぞ」
私はどうやら無理をしているように見えるらしい。
「あ、さん、やっと見つけました! この資料の件でお聞きしたいことがあったんです」
「え、私に分かるかな……。あ、新世界プログラムのか……」
「はい。お聞きしたいことというか、確認したいことなのですが……。最後の裁判でも話題になりましたが、新世界プログラムは、人間を共通の仮想空間に送り込むものなのですよね?」
「うん、仕組みは私にはわからないけど、皆に同じ夢を体験させるってことみたいだよね」
「……ということは、目覚めない皆さんは、未だに仮想空間に取り残されているということでしょうか?」
「可能性は、捨てきれないって霧切さんも言ってたよ。皆はまだあの島にいるのかもしれないって。ただ、もう監視カメラが機能していない以上、私たちにそれを確認する術はないんだよね……」
「なるほど・ザ・ワールドです……。微弱な脳波の動きだけでは、断定はできませんしね」
「うん、ごめんね。私、ちゃんとシステムを理解できてないから、分析とか全然できなくて」
「いえ、そんなことないですよ。さんは、誰よりも一生懸命にやってくれています!」
「……でも、もどかしいな」
「大丈夫です、信じる者は救われるのです。絶対に皆さんは目を覚まします! 信じて頑張りましょう!」
それでも私は一生懸命に見えるらしい。
「いや、だからよ、いっそ引き千切っちまえばいいんじゃねーか?」
「ひきちぎ?」
「って言ったら左右田のヤロー、オレのこと馬鹿呼ばわりしやがったからぶん殴ってやったぞ」
「引き千切るって終里さんそれは食べ物か何かの話?」
「ちげーよアレだよアレ、あのオッサンたちが頭に着けてるあのわけわかんねー機械? アレだよ」
「あーアレか! 仮想空間と精神を繋ぐあの機械……いや引き千切ったらダメだよ!」
「あ? やっぱダメなのか? 何でだ?」
「え、ダメな感じしない? 私も機械は詳しくないけど、強制シャットダウン以上にダメそう」
「は~? 一緒だろ? オレたちだってなんちゃらシャットダウンして出てきて、この通りピンピンしてんじゃねーか。オッサンたちも案外イケるんじゃねーの?」
「んんんん……でもソニアさんとも話したんだけど、もしかしたら皆はまだ島で暮らしている夢を見ている状況かもしれないんだよ。そこで世界と精神を、外側から強制的に引き千切るってなると、私たちの時と一緒とは言えないんじゃないかな」
「……」
「お、終里さん?」
「……オメー、頭いいな」
「えっほんとに!」
「危ねーってことだけはわかった! サンキューな! 危うく手遅れになるところだったぜ」
「わ~よかった! 手遅れになる前でよかった!」
「仕方ねーな。他の作戦でも考えるか。……あ、そうだ」
「ん?」
「さっきの『んんんん』ってやつ、狛枝のヤローにそっくりだったぜ!」
そういうのは、辛くなるからいらない。
「結構腫れちゃってるね。大丈夫?」
「大丈夫じゃねーよ終里のヤロー全力で殴りやがって……あー弐大がいたらあいつも少しは大人しくなるんだろうけどなー」
「……そうだね。はやく、目を覚ましてくれたらいいね」
「あー。でもオレは、あいつらは、あのまんま起きない気がすんだよな」
「え」
「あ、悪い、狛枝のことで悩んでるオメーに言うのも気が引けるんだけどよ」
「あ、いいよいいよ、気にしないで続けて」
「お、そーか? まーこんなことソニアさんの前では言えねーからな。あ、でも勘違いすんなよ? 別に、起きねーならもうこの島から出てーとか思ってるわけじゃねーぞ」
「うん。分かってるよ」
「……なんつーかさ、目、覚めないほうが、自然なんじゃねーのって思うんだよな」
「うん」
「それくらいのショックが、仮想空間とはいえ自分の身に起きたわけだし、脳死っつーの?そっから目ぇ覚ますとか、現実じゃほとんどあり得ないだろ」
「うん」
「勿論、オレはあいつらを見捨てることはしねーよ。ジジイになっても傍にいる。オレに出来ることはそれしかねーよ」
「……」
「でもこのまんま待ってたって無駄だろ。奇跡なんかそう簡単に起きてたまるかよ」
「……うん」
「あ、おいやめろ泣くなよ。そーいうんじゃねーんだよ!」
「な、泣いてないよ」
「だーっ! もう俺今からすげーカッケーこと言うから泣かないで聞いてろよ! いいか!」
「え」
「だから! オレは待つなんてことはしねー! 勉強しまくってよ、お前んとこの代の、不二咲、あいつくらいにプログラムの勉強して、そんで、天才のオレ様があいつらを叩き起こしてやる! だから、は狛枝のこと、諦めんな。ずっと、待ってろ、な! そんで、ソニアさんもオレの才能に惚れる! これがオレたち同盟のあるべき姿だ。完璧だろ!」
「……」
「お、おい黙るなよ……!」
「左右田くん」
「ん?」
「千尋ちゃんって、本当にすごい子だったんだよ」
「うるせー、努力なめんなよ。そうと決まればプログラムのこと、日向あたりと話し合ってみるわ。何年かかるかわかんねえけど、オレは百年生きるしな。オメーもそれくらい待てるだろ」
「……うん、待てる」
「おー、待ってろよ。……あーもう、お前、ほんとよく泣くな。……これでその鼻かめ」
「……でもこのハンカチ油ついてるよ……」
私の周りは優しい人ばかりだ。
「そんなの、優しいとかじゃなくてさ、が頑張っているのを知ってるからだよ。あいつらの性格っていうのも勿論あるだろうけど、お前が狛枝たちのために目の下にクマ作って走り回ってんの見てるから、俺たちだって全力を尽くすんだよ」
「……でも、私は……皆を騙してたし」
「……なんだ、まだそんなこと気にしてるのか?」
「……」
「……そりゃあ、お前が俺たちの敵で、『未来機関』の一員だって聞かされたときは混乱したよ。正直、何も話してくれないに理不尽な怒りを向けそうにもなった、っていうか、悪い、ちょっとは向けてたな」
「……ごめん」
「いや、でも全てを知って外の世界に出た今は、お前がどれだけ苦しい立場だったかくらい分かる。お前は俺たちの大切な仲間で、指標で、リーダーだ。だから、もっと堂々としていろよ」
「……そんなの私が未来機関の人間だから……肩書きだけだよ。リーダーなんて器じゃない」
「だから、もっと俺たちに寄りかかって良いんだ。誰も迷惑だなんて言わないさ。むしろ、もっと頼れよ。辛くなったら吐き出していいんだ。そっちの方が、俺たちも嬉しい」
「……」
「……七海がここにいたらさ、あいつだって、弱気になってるんじゃないって、怒るぞ」
「……うん」
「それどころか、殴られるかもしれないな」
「千秋ちゃんは私にそんなことしないよ。日向くんにだけだよ」
「え、そうなのか?」
「うん、きっとそうだと思うよ。千秋ちゃんは、日向くんにはちょっと、違ったから」
「……そうか」
「……」
「……」
「あのさ、日向くん」
「ん?」
「日向くんも、もう、気にしなくていいんだよ」
「……え?」
「……日向くんが……カムクライズルが、ウイルスを持ち込んだこと、私は恨んでないから」
「……」
「だから、気を遣わなくていいんだよ」
「」
「左右田くんとプログラムを作る、なんて、私には手伝えないし、大変だと思うけど……でも、日向くんもちょっと休んでね。私より、クマが酷いよ」
「……悪い」
泣かないで。泣かないで。泣かないで。どうか。
「は、やっぱり優しいんだな」
私はそんなんじゃない。あの島では鳴らなかった雷が、日向くんの言葉をかき消す。