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裁判は終わった。
千秋ちゃんは処刑された。同じ未来機関のモノミも一緒に殺された。日向くんが膝から崩れ落ちる。彼は最後まで千秋ちゃんのことを思っていた。千秋ちゃんに手を伸ばしていた。千秋ちゃんの「ごめん」が、私の頭の上に雲を作る。死んでしまった。狛枝くんも、千秋ちゃんも死んでしまった。冷たい現実に、ずっと流れていた涙があっさりと死ぬ。内臓が冷えていく。
全てを思い出した私は、千秋ちゃんが裏切り者だと知っていた。狛枝くんの吐き出した「殺してくれないか」の意味も、彼が一体何を企んでいたのかも、私は彼の目論見から彼が描いた結末までを全て、間違いなく答えられた。
だから何も言えなかった。私が何か口にすれば、千秋ちゃんを殺してしまうと分かっていたから。私には勇気がなかった。どうしたら良いか分からなかった。私は狡いのだ。自分の手を汚したくなくて、口を開くことができなかった。最後に、彼女が告白をする瞬間までずっと。
だけど、千秋ちゃんは死んでしまった。何も言えない私の代わりに、誰よりも強い彼女は、自分から真実を切り出した。枯れたはずの涙が、じわりと目の奥の方で再生される。千秋ちゃんの声がずっと脳天に突き刺さっている。私は恨んでなんかいなかった。例え彼女の投げた毒で狛枝くんが死んでしまったのだとしても。私は彼女を責める気なんてなかった。
彼女を死なせたくなかった。一緒にいたかったから。それなのに私は何もしてあげられなかった。
「あーあ。ツマンナイね。ほんとはもっと面白くなるはずだったんだけど」
すすり泣きの聞こえる重苦しい空気の中、唐突に、議長席に座っていたモノクマが呟いた。九頭龍くんが怒りを露わにしながら怒鳴りつけるのを、私は、視線の端で見る。
「おい、どういう意味だコラァ!」
「いやね、狛枝クンなら、もっと面白くしてくれると思ったんだよ」
モノクマは、私のことだけをまっすぐ見つめていた。何が言いたいのか、私は分かっている。こうなることは分かっていたのだ。だから心の準備なんてとっくにできていた。モノクマの視線に応えるように見つめ返す。涙の伝った頬がひりひりとむず痒くて、制服の袖で拭った。
作りかけの涙は、消えた。冷えた指先の動きが鈍って、力いっぱい握りしめる。
「どういう……ことだよ」
日向くんの声が裁判場に響く。無意識に息を止める。聞きなれた笑い声が私に向けられる。
「これじゃあ幸運か不運か、わからないよね。あ、でも結果的に彼の一番の目標は達成できたわけだから、やっぱり幸運だったのかな?」
「おい……言ってる意味がわかんねーぞ……!」
「うぷ、うぷぷ、わかんないかな?狛枝クンったら、詰めが甘いって言いたいんだよ! もしも狛枝クンが睡眠薬の量を間違えていなければ、さんが、薬が効きすぎる体質でなければ、きっと彼に毒薬を投げつけたのは七海さんじゃなくてさんだったはずだよ」
「……は?」
五人の視線が一斉に私に注がれる中、私はいやらしく笑うモノクマを見つめている。ポケットの中に入れたままの、狛枝くんの部屋から盗んだファイルの一部が、急に熱を持ったようだった。
「そっちのほうが、ずっと面白かったはずだよね」
裁判がどういうふうに転んでも最高でしょ、モノクマは、高らかに笑う。「愛する人を自分の手で殺すなんて、実にオーソドックスで熱い展開だと思わない?」誰も何も答えない。ただ、五人の目線の中心に私はいる。
「そしたら今度こそ、正真正銘、さんは絶望してくれたのにね!」
キミに期待しているんだよ。いつかの言葉が蘇る。左右田くんが頭を押さえる。自分の体からどくどくと血の流れる音がする。罪木さんの呪いを思い出す。冷たかった狛枝くんの体を思い出す。処刑される寸前、私たちに笑って手を振った千秋ちゃんとモノミを思い出す。
「わ、わけわかんねーよ。なんで狛枝がに自分を殺させるんだ?」
「当たり前でしょ? 狛枝くんはさんを生かしたかったんだから、そうなるよ」
「……いや、おかしいだろ。あいつは裏切り者を生かして、俺たち全員を殺すつもりだったんだろ? お前がそう言ったんじゃないか」
「うん、だから、その通りじゃない」
私はそっと目を伏せる。希望ヶ峰学園時代のプロフィールと、ジェットコースターに乗った時に貰った、コロシアイ学園生活に関する文書の続きにあたるそれを、私は狛枝くんの部屋で見た。
私の見た夢は現実だ。狛枝くんと出会って、狛枝くんと過ごしたあの日々は、確かに私の過去だった。指が動かなくなったのも学園長に退学を示唆されたのも、それがパレードとかいう予備学科の暴動のおかげで立ち消えたのも、狛枝くんにいらないと言われたのも、ぜんぶ、全部本当のことだった。
それを決定づけたのが、あの二冊のファイルだった。それを見た狛枝くんは真実に気が付いた。だから私に殺してほしいと言ったのだ。最初から私を生かすつもりで、私を犯人にするつもりで、彼はすべてを仕組んでいた。なにもかも。彼がファイナルデッドルームを出た瞬間から、彼は、私だけを、生かそうとした。彼は知っていたのだ。
「裏切り者が一人だなんて、ボクは言った覚えはないけど?」
突き刺さる五人の視線の中、私はモノクマのことだけを見つめている。新世界の敵、私は、こいつを倒す力なんて持っていない。そのための強い意志を持っていたわけでもない。
私がここにいるのは、ぜんぶ、全部全部、狛枝くんのためだった。私の前から消えてしまった狛枝くんを救いたかった。いらないって言われても首を絞められても、手首から先がもげても目がつぶれても耳がなんの音も拾わなくなっても、そうして二度とピアノが弾けなくなっても良かった。やり直したかった。傍にいたかった。そして今度こそ好きだって言うの。戻ってきてって言うの。どうかまた私の隣で笑って。奇跡みたいだと言って。そのために私は、私は。
「ねえ? さん」
私はこの世界に入ったのだから。
ポケットに折りたたんで入れておいたファイルの一部を握りしめる。
希望ヶ峰学園第七十八期生、。
私はかつてのコロシアイ学園生活を生き抜いた、未来機関の一員だった。