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 狛枝が死んだ。一番死なないだろうと思っていたあの男は、死んだ。生前の、希望について語るあいつの顔は酷く歪んで見えた。俺はあいつが嫌いだった。
 あいつが島に仕掛けたという爆弾を、一日半もかけてずっと探していた。狛枝の発言に振り回され島中を駆けずり回る俺は、この騒動を知らずにベッドで眠り続けているのことを考えていた。何も知らないあいつのためにも、俺たちの手で解決しなくてはいけない。は狛枝のことが好きだから、きっと俺たちが争っているのを見たら悲しむだろうから。そう思っていたのに。
 だけど狛枝は死んだ。を残して死んだ。血まみれになって、腹にばかでかい穴を開けて死んだ。あれは凄惨な死に顔だった。突然の狛枝の死に動揺する俺たちが粗方の捜査を終えた頃、彼女はそして現場に現れた。瞬きの一つもせず、取り乱すこともないまま彼女は狛枝の死体の傍に座った。病み上がりのせいもあってか生気がないように思えた。長い黒髪が汗でぺったりと彼女の腕に張り付いていた。の伸びた背筋は美しかった。彼女の半径は薄い不幸で満ちていた。
 俺たちは言葉もなく倉庫を出る。の泣き声が聞こえなくて、良かった。もしも扉を閉めた瞬間に彼女が狛枝の亡骸に縋り付いて泣いて取り乱す、そういう声が聞こえていたら、俺たちは今度こそ何もできなくなっただろうから。



「……なぁ、でも、さあ……あいつだけ、アリバイがねーってことだよな」



 空気をぶち壊す左右田の一言に眉を寄せたのは、俺だけではなかった。



「は? 何言ってんだよ。が狛枝を殺ったってことか?」



 終里が左右田に掴みかからん勢いでそう言う。黙ったまま非難がましい目を向けるソニアに気が付かないのか、左右田は「だ、だってよぉ」と口の中で、呟いた。



が朝からずっと部屋にいた証拠なんて、ねーだろ!」



 だから、なんなんだよ。知らないうちに握りしめた拳が怒りで震える。



「わかんねーだろ誰にも! がほんとは狛枝のこと憎んでたかもしれねーだろ! あいつが狛枝を好きだって言ってたのも、最初から全部演技だったかもしれねーだろ!」



 息を吐くのも忘れていた。だから、七海が、俺の代わりに左右田を殴ってくれたとき、俺は驚いた反面ほっとしたのだ。左右田は目を見開いて七海を見つめている。俺も、恐らく似たような顔をしている。七海は泣き出しそうな顔で左右田を睨みつけていた。「……やめて」どうにか言葉になったそれは、語尾が掠れて消えた。



「そういうのは、裁判で話し合おうよ。……まだ、私たちだってほとんど捜査しきれてないんだからさ……。決めつけないで、がんばろうよ……」



 左右田が、短く息を吐いた。俯いた七海は何を思っていたのだろう。彼女は静かに、怒っていた。








 の真っ白な顔が、限界まで見開かれた黒目がちの瞳が、左右田の差し出した手を振り払った後ろ姿が、狛枝の血だまりについた膝が、全部全部、一塊になって俺のことを追い詰めていく。
 十神の遺した言葉に泣いた。あの瞬間に彼女は俺の中で、はっきりとした影を持つ女の子になった。は弱々しいくせに誰よりも真っ直ぐ前を見ていた。恋ではない。そういう浮ついた感情なんかじゃない。大切な仲間の一人として、俺はあいつを守りたかった。
 だから、あいつが誰を好きだろうと、誰のために泣こうと、誰のことを考えて眠ろうと良かった。その相手が狛枝でも。あいつが最後に笑うならなんだって。狛枝と並んで歩くの後ろ姿は、きらきらして、綺麗だったから。俺は狛枝のために生きているようなお前が好きだった。あれが嘘だとは思えなかった。ずっと笑っているべきだと思った。この島を出ても、狛枝のために。
 なのに、こんな結末なんてあんまりだろ。








 七海と一緒に狛枝のコテージに向かった。モノクマに部屋の鍵を開けてもらわなければいけないだろうと思っていたが、鍵は何故か開いていた。整頓された室内には不釣り合いなピンク色の宝箱があって、俺は、それが以前、モノミが盗まれたと言っていたものだとすぐに勘付いた。
 中にあったノートは、俺たちが島にやって来てからのことが細かに描かれた下手くそな絵日記だったけれど、突然現れたモノクマ曰く、モノミは字が書けないらしいから、これは例の裏切り者がモノミに宛てて書いた報告書か何かの類だろうと考えた。やんわりと制止する七海の言葉を無視して細部に目を通す。本当はこのときに、俺は裏切り者の正体に気が付いていたのだった。
 冷蔵庫の中の毒薬や、ベッドの下のゴム手袋にガスマスクは、恐らく今回の事件に何らかの関係があるのだろう。だけどそれよりも、俺は本棚に並んでいた二冊のファイルに意識を向ける。一冊は、希望ヶ峰学園時代の俺たちのプロフィールだ。狛枝はそこには俺のプロフィールしかなかったと言っていたが、結局は全員分の情報が載っていたそれは随分な重さだった。残念ながら俺が予備学科というのは事実だったようだが、時間の限られている今、動揺してばかりはいられない。



「……あれ?」



 七海がファイルを覗き込む。「足りなくない?」その言葉に最初から見返してみるが、何度数えてみても、そこには十六人分のデータしかない。あいつの情報だけが、そこにはなかった。
 俺の言わんとすることを察した七海が眉を寄せて、押し黙る。そして、もう一冊のファイルを手にすると、勢いよくページを捲っていく。何を確認しているのだろうか、俺には分からないけれど、だけど、七海は何も言わなかった。唇を引き結んだまま、ずっと何かを考え込むように視線を落としていた。








 は裁判が始まってからも、ずっとぼんやりと目を伏せていた。議論に口を挟むこともなく、名前を呼ばれても返事をしようとしない。呆れた様子のモノクマにソニアが仕方ないと庇っていたけれど、でも、だけどこの、胸に浮かんだままの違和感はなんだ。が狛枝を殺すはずがない、そういう強い感情をもって、「本性なんて分からない」と言った左右田の言葉に苛立ったのはどこのどいつだ。当の左右田だって、を前にさっきの言葉を吐こうとはしないのに。正義感に駆られて彼女を庇おうとした俺が、どうして今になってこんなに迷っているのだ。
 だけど、あの時のように俺は彼女を庇うことができそうにない。だってあのファイルから抜け落ちていたのは、彼女の情報だったのだから。
 に訴えかけるような視線を送るも、俯いた彼女が俺の方を見ることはなかった。








 次々と明らかになっていく狛枝の死の詳細を、彼女は一体どんな思いで聞いていたのだろう。狛枝は自らでその腕を刺していた。ガムテープで口を塞いで声を殺して、ひたすらにナイフで自分を傷つけた。天井の梁を使ってまで自分の腹に槍を突き立てた。扉を開けたときにパネルがライターに向かって倒れるように並べておいた狛枝は、火事すらも自分の意思で起こしたのだ。
 狛枝の死は自殺だった。そう断定されても、は顔をあげることをしなかった。


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