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 が倒れた。
 座っていた屋台の椅子から顔面を地面に強打する形だった。幸いなことに外傷は多少の擦り傷が頬に残る程度だったが、意識のないに触れてみて彼女が酷い高熱であったことを知る。は今朝からこの状態で探索を続けていたらしい。今日はあまり見かけないと思っていたけれど、歩くのも大変だっただろう。が倒れるまで気づいてやれなかった自分に無性に腹が立った。



「とりあえずオレが運ぶぞ。こいつの部屋に寝かしときゃ良いんだろ?」



 終里は意識を失ったを軽々と抱きかかえてそう口にすると、島の外に続く橋に向かって歩き出した。終里に付き添うべきかと一瞬悩んだが、俺が着いて行ったところでしてやれることなんてない。終里の後ろ姿に「頼む」と声をかけ見送った後、七海が思いついたように「あ、じゃあ私は、スーパーに行って何か役立ちそうなものを持っていくね」と呟いた。



「おでこに貼る冷たいやつとか、持っていけばいいんだよね」



 世間知らずなところがある七海に任せることに一抹の不安を覚えたが、張り切った様子の彼女に余計な口を出すことはできない。あとはドラッグストアで薬を見繕うことができれば良いが、処方することができそうな罪木はもういないのだ。しかしそもそも、あれは本当に風邪か何かの類なのだろうか。
 以前もは突然意識を失って、糸が切れたように動かなくなった。あの時は狛枝に運ばれた後一晩で回復したはずだけれど、何かが引っ掛かる。どこかに原因があることなのではないかと思わずにはいられない。あの高熱が、絶望病を髣髴とさせるせいもあるのだろうが。



「ボッ、ボクのせいじゃないよ?」



 俺の内心を読み取ったかのように現れ叫ぶモノクマに、思わず懐疑の目を向ける。



「ボクは、ボクはさんには何もしてませんからっ! 誓って何もしていませんから!」



 そのまま消えてしまったモノクマに、それ以上問いかけることなどできるはずもなかった。



「なんだよ、今の……逆に怪しいだろ……」



 七海は俺の疑問に答えることもなく、じっと唇を引き結んだままモノクマがいたはずの空間を見つめている。こうなった七海に返事を期待することは難しいだろう。結局七海はそれから数秒の思案の後「……私もそろそろ行くね」と言い残して屋台通りを後にした。残された左右田、九頭龍、ソニアと互いに顔を見合わせる。



さん……大丈夫でしょうか。心配ですね……」

「あー……まあ、でも、正直が居なくて助かったと言いますか……」

「……おい、どういう意味だよ?」

「いや、狛枝を捕まえるったって、あいつが反対するのは目に見えてるだろ? どう説得しよーかと思ってたところだったからよ、倒れてくれたおかげですんなり話が進むし正直ラッキーっつーか」

「左右田さん……貴方という方は……そこになおりなさい!」

「はっはい! ソニアさん、喜んで!」



 左右田を一瞥してため息を吐く。辺りはすっかり暗くなってしまった。結局今回も、未来機関について明確な情報を手に入れることはできなかったことになる。ソニアは全ての元凶が未来機関なのは間違いないと思っているようだが、本当に、そうなのだろうか。九頭龍の言うとおり、コロシアイを強要するモノクマと、一応は俺たちのために動いているようにも思える未来機関のモノミが反目し合っている以上、一概に未来機関が敵だとは言い切れない気がした。とは言っても、未来機関が俺たちをこの島に連れてきたことは間違いないらしい。考えれば考えるほど、頭が痛い。
 分からないのは、この島の存在そのものについてもだ。軍事施設で見つけた「ジャバウォック諸島開発計画書」には、この島の全域を未来機関の管理下におき、重要拠点としての準備を整えると書いてあった。元は観光地として栄えていたこの島は、管理していた旅行会社の倒産が原因で無人島になったらしい。そのおかげで「事件」の影響を受けずに、比較的容易に環境を整えられそうだと記されていたそれを、どこまで信用すべきだろうか。
 事件、その単語で結びつけられるものと言えば、学生たちのデモに端を発する世界的な暴動、だろうか。ワダツミ・インダストリアルで左右田と見つけた送信済みのメールに残されていた文章を思い起こして、頭を抱えた。あんなのは作り話だと、左右田とも話したはずだ。だけど、でも。学生たちのデモ、そこから繋がった世界的な暴動。三番目の島の電機街で見たあのファイルとの共通点は、俺の意識にはっきりとしたささくれを作っていく。
 吐き気がする。ただでさえ狛枝が不穏な行動を取っているというのに。もう明日にもあいつを捕える作戦が実行されることになるだろうに。は倒れるし、モノクマは相変わらず理解不能だし、こんな状態で全ての謎が解明する日がやってくるのだろうか。狛枝の手に入れた真実を、この目で見ることができるのか。狛枝が殺そうとしている裏切り者の正体が、分かるのだろうか。
 悶々と絡まった思考を一つずつ解きながらホテルへ帰った。自分のコテージに戻る前に、何となく、女子の棟の突き当りにあるのコテージに視線を送る。明かりが少しも漏れていないところを見ると、きっと彼女は眠っているのだろう。七海はもうの様子を見に行っただろうか。心配で胸の辺りがざわざわと落ち着かない気持ちになったけれど、俺が一人での部屋に行くというのは何だか気が引けた。



「……はやく、良くなれよ、



 気が付けば、祈るようにそう口にしていた。だけど彼女の部屋は、夜が明けてもカーテンが閉ざされたままだった。








 今更ハッピーエンドなんて望んじゃいなかった。それを切望するには、俺たちは犠牲を出しすぎたのだから。だけどこれ以上誰も死なせたくないという、もう何度願ったか分からない定型文を幾度も掲げる俺は、果たして夢見がちで憐れな男でしかなかったのだろうか。俺はそうは思わないのだ。これ以上誰も犠牲にしたくなかった。皆を守りたかった。何とかして。そう上手くはいかないってことも、知っていたつもりだったんだけどな。
 最後の殺人が、起きる。


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