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「人を捜していたんだ」



 今まで姿を消していた理由をそう話す狛枝くんは、どこか浮世離れして見えた。



「もう来ているんじゃないかと思ったけど、ボクの見当違いだったかな?それともこっそりどこかに隠れて、ボクらを観察しているのか……」



 言いながら視線を動かして辺りを見回す彼に、日向くんたちは戸惑いの色を隠せない様子だった。ジャバウォック島が無人島であることは共通の認識だったからこそ、自分たち以外の人間の存在を示唆する彼はまるで異質だ。だけど、昨夜の話を聞いていた私には察するものがあった。「モノクマの待ち人」だ。それが敵なのか味方なのかを判断する材料はどこにもないけれど、その待ち人によって私たちの置かれたこの状況が一変することになるのは事実だろう。



「盗み聞きなんてイケナイコトをしたからじゃないの?」



 私の行為を咎めるような物言いで嘲笑ったモノクマの言葉が不意に浮かんだ。頭痛に苛まれながら瞬きの合間に彼を見つめる私から、狛枝くんは相変わらず遠く離れた位置に立っている。



「隠れているって……誰のことを言っているんだ? この島に俺ら以外の人間がいるとでも」



 眉を顰めた日向くんの問いかけに、彼は勿体ぶる様子もなく「例の『コロシアイ学園生活』の生き残りだよ」と続けたから、私も、黙って話を聞いていた千秋ちゃんも顔をあげる。「それなら全部繋がってくると思わない?」続けられたその言葉を信じるならば、狛枝くんも確証を持って宣言したわけではないようだったけれど。
 コロシアイ学園生活。四番目の島で、ジェットコースターに乗ったご褒美として渡されたファイルにまとめられていた記述を思い出す。希望ヶ峰学園の内部で行われたと言う生徒たちによる殺し合いのことだ。その生き残りと言われて真っ先に思い浮かぶのは、一人しかいない。



「……それって、十神のことを言っているのか?」



 あのファイルには、十神くんが生き残った人物として記されていた。私たちの知る彼よりは極端に痩せてはいたけれど、あの目つきも風格も、他人の空似では済まされない。けれど、彼は死んでしまった。そんな彼を待つという言葉の持つ不自然さを、日向くんが自覚していないとは思えないけれど、それ以上に狛枝くんの話に混乱していたのだろう。日向くんの言葉に「あれ?」と首を傾げた狛枝くんは、それから少し考えこむように目を伏せて、やがて困ったように微笑んだ。



「ああそうか……キミたちは、まだ『その段階』までしか辿りつけていないんだね」

「どの段階だよ! ワケわかんねーこと言うとぶん殴るぞ!」



 噛みつく終里さんにも狛枝くんは特別な反応を見せはしない。緩く首を振って微笑むだけだ。



「でもさ、ちゃんと考えてみればわかりそうなものだけどね。『コロシアイ学園生活』を生き残った十神クンが、あんな風に初っ端で死んでしまうなんて……逆に、不自然だとは思わない?」



 狛枝くんがファイナルデッドルームで手に入れたのは、彼曰く「日向くんの情報だけ」が記された希望ヶ峰学園時代のプロフィールと、そのコロシアイ学園生活の続きにあたるファイルだった。たった一人、彼だけがその情報を手に入れたということは、私たちにとって最大の不運だったのかもしれない。彼が手に入れた情報は、これまでの価値観をひっくり返されてしまうほどのものだったのだろう。そうでなければ、狛枝くんがこんな風に変わるはずはない。



「狛枝……お前は何を知ったんだよ……!」

「ボクがそれを話すのは、裏切り者の正体がわかった後にしようか」



 それならば自分の持つ情報を提供しても良い、彼はそう主張する。



「出てこなかったとしても大丈夫だよ。ボクの命に代えても裏切り者はあぶりだしてみせるから」



 意図を理解することはできないけれど、その口ぶりは、彼が自分の手で裏切り者を殺そうとしているようにも感じられたのだ。
 裏切り者。私たちをこの島に連れてきた未来機関の手先で、まだ私たちの中に紛れ込んで監視を続けている人物。それは真実を知った彼にとって、邪魔者以外の何者でもないのだろうか。誰もが互いの顔を見つめて黙りこくる中、狛枝くんだけが、場違いに明るく微笑んでいる。
 結局裏切り者が名乗り出ることはないまま、狛枝くんは私たちの前から立ち去った。「もう動機なんていらないって、モノクマに伝えておいてくれるかな? そんなものがなくても派手にやるつもりだから」と言う不穏な言葉を残して。最後まで、彼が私の顔を見てくれることはなかった。名前を呼んでくれることも声をかけてくれることもなかった。狛枝くんの中から私の存在が丸ごと切り離されてしまったようにすら思えた。



「う、裏切り者が誰かは兎も角、狛枝が殺しを企んでる可能性はたけーんだろ……?」



 青ざめた顔で額に手を当てる左右田くんは、誰かの言葉を待たずに周囲を見回す。



「だったら、前みてーにもう一度ふんじばるしかねーだろ! 力ずくで阻止するしかねーだろ!」

「……ムリだよ。だって、弐大くんもいないのに……」



 大変なことになっているのは分かっている。狛枝くんの言葉の真意が分からないだけでなく、もしかしたら彼は本当に殺人すらも考えているのかもしれない。未来機関に関する謎も解けなければ、狛枝くんが知りたがっているコロシアイ学園生活の生き残りの正体も、それらの一切に布がかけられているようだ。だけど、頭が痛いのだ。朝から痛みの間隔も狭く、強くなってきている。波がくる。名前を呼ばれる。耳を塞いで息を止めても何もかもが鳴り止まない。「キミは頭が悪いから」モノクマの声が私を笑った瞬間、終里さんが視界の端で拳を握りしめた。



「あの程度のリキしかねーやつなら、オレで充分だ……!」



 心臓の鼓動が速くなる。厳重に紐を巻いておいた箱から誰かの白い腕が現れる。ぎちりと音を立てて紐が軋む。一本ずつ切れていく。何かが慌ててその蓋に体重をかけるけれど、もう、遅い。



「じゃあ、それでいいな? 作戦はオレに任せろ。おいもそれで大丈夫だな? ……?」



 解かれる。耳元で囁かれる。泣きそうな声だった。私を包み込むような声だった。ごめん、ごめん、と、その人はいつも謝っていた。けれど私は、それが誰なのかを、まだ。
 まだ。








さん、ごめん」








 ぐらりと体が芯を失ったように揺れて、崩れた。アスファルトが目の前に迫る。誰かの悲鳴が聞こえた。私の名前を呼んでいた。だけど、ごめん、ごめんって、その中で、千秋ちゃんでも日向くんでもソニアさんでも左右田くんでも終里さんでも九頭龍くんでもない、誰かがずっと私に謝っていた。もう、知らないふりなんてできないくらいに、手を伸ばせば届きそうなほど、近くで。
 狛枝くんの後ろ姿が網膜に焼き付いて離れない。私を置いていく人。昔から、ずっとそうだった。ボクなんかと一緒にいるところを見られたら、キミが恥ずかしいでしょ?そう笑った彼は、何か特別なことでもなければ、いつも、私よりも先に部屋を出る。私はその背中を見送ってばかりいた。ああ、でも変だ。いつもって、ずっとって、何の話だ。意識が遠のく。これは、罪木さんの裁判のときと同じ感覚だ。薄れゆく意識の中で、私はただぼんやりとそう思った。


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