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白状しますから、どうか許して。
私は狛枝凪斗の希望になりたかった。私の取り繕った美しい皮をずっと傍で眺めていてほしかった。ぶらさがっただけの手首に気が付かないでいて欲しかった。奇跡みたいな人だというあなたの言葉をもう一度でいいから聞かせてほしかった。私は歪んでいたのかもしれない。変わる気なんてなかったくせに、彼の求めるを演じ続けた。独り善がりの愛だった。
それでもいつかありのままの私を見て欲しかった。ピアノに執着することのない私を愛してほしかった。動かない私の腕を、それでも特別だと言ってほしかった。それは私のエゴに違いない。
なにもかも、それが叶わなかっただけだ。
いらないと言われたあの冬に、私の恋は終わっていたのだから。
タワーを中心に二つ建物が横に繋がっていると考えられていたドッキリハウスは、実は縦に繋がっていたらしい。つまり、マスカットハウスとストロベリーハウスは、三階建ての独立した建物ではなく、六階建ての一つの建物だったというのだ。
一方、弐大くんの殺害現場となったタワーも、マスカットタワーとストロベリータワーが入口の異なる同じ部屋であるというのは思い違いだった。実際は、両タワーもハウスと同じく縦に繋がっており、床がエレベーター式に上下することで二つ分の部屋を作り出していただけだったのだ。
イミテーションでしかない扉にわざとチェーンをかけたのも、イチゴ回廊のスイッチを壊したのも、犯人が私たちをストロベリータワーから遠ざけるためだった。犯人は私たちにストロベリータワーには行けないという意識を植え付けることで、ファイナルデッドルームで手に入れた「ドッキリハウスの秘密」を悟られないようにしたのだと、狛枝くんが言う。
「ストロベリータワーに行けば、内部の違和感にボクたちが気付くのは当然だからね。犯人はさ、ここが『縦に繋がる一つの建物』であるという真相をボクたちに知られたくなかったんだよ」
左右田くんがエレベーターを直した後、実際に私たちはストロベリータワーに向かった。「別々の入口であるだけの同じ部屋」という私たちの考えはそこで崩れたのだ。弐大くんの体は確かにあった。倒れた柱も床に広がるオイルも全てそのまま残っていた。だけど、その全てがマスカットハウスの入口から見たものと同じ位置のままだった。狛枝くんの言う内部の違和感とは、そのことだ。
「本来ならストロベリーハウス側から入ったら、弐大クンの死体はすぐ目の前になきゃおかしいよね。だけど実際は、死体の位置はマスカットハウス側から入ったときと一緒だった。それってつまり、二つの入口が同じ方角だったってことだ。もう分かっているよね。あのタワーは、どちらの入口から入るかによって、床だけがエレベーターのように移動する仕組みになっていたんだよ」
狛枝くんはいつにも増して饒舌だった。本来なら、彼の口数が多いのは、機嫌がいいときくらいだったはずだ。だけど今は違う。
「これが『ドッキリハウスの秘密』で、『極上の凶器』に繋がるんだよ!」
学級裁判の場では、私と狛枝くんはほとんど対角線上にいた。普通にしていればそれだけでお互いが視界に入るはずだった。現に今までの三回の裁判では、意識せずとも彼とはよく目が合っていた。だけど今回は違う。狛枝くんは私を見ない。名前を呼ばない。
夢の中で聞いた静かな声が、鼓膜のあたりによみがえる。
「『極上の凶器』はね、武器じゃないんだ。それは、あの『建物自体』なんだよ。犯人は『建物の構造』を凶器にして弐大クンを殺したんだ!」
だから、犯人はこの構造をボクたちに知られるわけにはいかなかった。そう彼は続ける。「だったらキミなんていらない」私の耳元で、表情のない誰かが囁いている。
狛枝くんは、最高難易度でファイナルデッドルームをクリアした特典として二つのファイルをもらったと、ラウンジにいた私たち三人に告げた。
一つはジェットコースターに乗ったときに皆で見た、前回のコロシアイが詳細に書かれていたファイルの続きで、もう一つは希望ヶ峰学園時代に作成されたプロフィールだったと言う。プロフィールという言葉を聞いて、私が呼吸を忘れてしまったのは言うまでもない。心臓の鼓動が耳障りなほどに煩かった。じわりと手に汗が浮かんだ。希望ヶ峰学園時代のプロフィール。見たばかりの夢が、私の肩を揺さぶる狛枝くんの泣きそうな顔が、鮮明に思い浮かぶ。
「でもね、ここにあったのは、日向クンの情報だけだった」
希望ヶ峰学園の校章の入ったファイルを手にして吐き出した狛枝くんの言葉に、私は顔をあげる。眉を寄せて困ったように微笑む彼の顔を見て、私は咄嗟に、それが嘘だと思った。
千秋ちゃんが不信を露わにして彼を見つめる。
「何で日向くんだけ? そんなの変じゃない?」
「そんなのボクに言われたって困るよ」
「お、おい本当なのか、本当に俺のことが書いてあったのか? だったら……!」
「うん、キミがどうして希望ヶ峰学園に入学することになったのかも、勿論書いてあったよ」
狛枝くんは、嘘を吐いている。彼が手にしたあのファイルに、日向くんの情報しか載っていなかったなんてそんなのは嘘だ。 彼は、見たのだ。私のことを知ってしまったのだ。私が、もう希望ヶ峰学園には必要とされない人間だということが、彼の手に入れたプロフィールには書いてあったはずだ。私の指が動かないこと、退学に相応しい条件が並んでいたこと。だから、彼は私を見てくれない。私なんていらなくなったのだ。頭を殴りつけられたような気がした。
だってそうでなければ、私のことをここまで不自然に視界に入れないわけがない。真実を知ったから、だからだ。私には、それがわかる。それと同時に、私はもう、きっと二度とやり直すことができないと。
「日向クンは、才能なんてない、単なる『予備学科』の生徒だったんだよ」
彼はもう、全部知っているのだ。
「建物が凶器って意味わかんねーよ! そもそも狛枝の言葉を全部真に受けちまっていいのか?」
私の隣に立つ左右田くんの苛立ったような声で、現実に引き戻された。今は裁判中だった。こんなところで、答えの出ない考え事に頭を悩ませている場合ではないのだ。狛枝くんは左右田くんに微笑んで、「こんな大事な場面で嘘なんか吐かないよ。ボクだって死にたくないからね」と答えた。その言葉に、黙っていた九頭龍くんが口を開く。
「狛枝よ……テメーは、いつ死んでも構わねーって言ってなかったか?」
「そうだね……。キミたちの希望の踏み台になれるならって、そう思っていた時期も確かにあったよ。でも、発言を撤回させてもらおうかな」
希望のために死にたい。そう言って私を泣かせたことなど、まるでなかったことのように彼は冷ややかな目で続けた。「いい教訓になったよ。無知とは最大の恥であるっていうね」狛枝くんの声を聞いていると、口の中がからからになる。どんなに裁判に集中しようと思っても、できない。乾燥する口内とは対照に、目の奥がじわじわと熱くなってきて、私は俯いた。
左手が熱を持って、震えている。弐大くんを殺した人は、この中にいる。狛枝くんはきっと、もう目星をつけている。賢い人だから。私とは違うから。だからこそ、生き残らなければならないと思う。日向くん、左右田くん、ソニアさん、千秋ちゃん、九頭龍くん、終里さん、田中くん、そして、狛枝くんが、真剣な表情で立っている。相変わらず狛枝くんは私のことなんか一瞥もしてはくれないけれど。私は、ぎゅ、と唇を噛みしめて彼を見た。
今は犯人を見つけて、裁判を終わらせなくてはいけない。生き延びるのだ。生き延びて、狛枝くんが私にくれた言葉や笑顔、冷たい手の感触だとか、そういったものを一つずつ私は並べたい。手元に置いておきたい。傍にいてほしい。もうやり直せないと言われても、諦められないのだ。
私が今も尚執着しているのは、ピアノよりもなによりも、あなただったのだと言ったら、泣くか。