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ストロベリーハウスにいる皆は、殺害現場での捜査を終えてもやって来ることはなかった。
先ほどの死体発見アナウンスは確実に彼らにも聞こえていたはずだ。私たちが首をひねる中、後からやってきた終里さんが上の階から金属音のような鬱陶しい音が聞こえるというので、日向くんと千秋ちゃんと三人で二階へ向かってみることにした。どうやら終里さんの言う音というのは、ラウンジの電話の着信音だったらしい。けたたましく鳴り続けるその受話器を、日向くんが慌てて手に取った。
「……もしもし?」
「おー、やっとつながったか!」
電話の相手は、ストロベリーハウスにいる九頭龍くんだった。彼によると、唯一の移動手段であるエレベーターが壊され、タワーへ続く扉を開けるスイッチも機能しなくなっているらしい。どうやら、ストロベリーハウスとマスカットハウスは犯人によって分断されてしまったようだ。一体そちら側で何が起きているのかと尋ねる九頭龍くんに、弐大くんが死んでしまったのだと日向くんは告げる。
「……やっぱりか」
そうため息交じりに漏らした九頭龍くんは、今朝の五時半くらいに一人で一階へと降りていく弐大くんを見かけていたらしい。こんなことなら、意地でも追いかけておけばよかったと悔しそうに呟くけれど、今はそれよりも犯人による妨害工作の方を何とかしなければならない。エレベーターが直らない限りは、本格的な捜査を続けることができないのだから。
「……エレベーターは、左右田がなんとかするそうだ」
電話を切った日向くんが、私と千秋ちゃんに向き直ってそう口にする。苦々しい表情をしていた。たぶん、私も、千秋ちゃんも。弐大くんの死体周辺を調べ終えた今、マスカットハウスで出来ることは、もうほとんどないだろう。だからこそ、私たちは早くストロベリーハウスに向かわなければならなかった。
ストロベリーハウスには、「極上の凶器」が存在するというファイナルデッドルームがある。犯人は、そこに行ったに違いないというのが私たちの見解だった。弐大くんを縛っていたワイヤーも、彼の傍に落ちていたハンマーも、ストロベリーハウスへ繋がる扉を開くことができないように固定するのに使われたチェーンや南京錠も、マスカットハウス側のどこにも存在しなかった以上、犯人がそれらをファイナルデッドルームの先で手に入れたと考えるのが、妥当だったのだ。
「……ところで、犯人は、ストロベリータワーのスイッチを壊したって言ってたよね」
ラウンジのソファに腰掛けた千秋ちゃんが、指を組んで視線を落とす。私は彼女に「そうみたいだね」と答えてから隣に座って、落ち着かなそうに立っている日向くんの背の壁にかかっている肖像画を、ふと視界に入れた。それはこんな馬鹿げた色合いの建物とは全く不釣り合いな、威厳のあるおじいさんの絵だった。髪の毛や眼光の雰囲気が、晩年のリストみたいだ。ぼうっと肖像画を眺めていた私は「う~ん……」という千秋ちゃんの唸り声に、我に返る。
「なんか、ひっかかるね」
「……何がだ?」
「……犯人は、ストロベリータワーへ通じる扉を、外からも内からも封鎖したってことでしょ? ほら、メカ弐大くんの死体の先にあった扉には、チェーンが巻きつけられていたじゃんか。でもそれって、ちょっと厳重すぎない? そこまでする必要があったのかなあ」
「よっぽど私たちを分断させたかったってことじゃないの?」
「……うーん……。それだけじゃ、ないような気がするんだよね……」
答えが出ないのか、千秋ちゃんは首を傾げて考え込んだ。一緒に考えてみたけれど、モノクマから差し入れをもらって何とか頭に栄養が回ったとはいえ、何一つそれらしい答えが思い浮かばない。私は再び肖像画の、「希望ヶ峰学園創立者 神座出流」という仰々しいネームプレートを目で追う。かみざでる。読み方はあっていない自信がある。でも、なんでこんなところに希望ヶ峰学園創立者の肖像画があるんだろう。そういうことを考えて気を紛らわしていないと、押し潰されそうだった。私たちがこうしてエレベーターの復旧を待っている間も、刻一刻と学級裁判の時間は近づいている。長いため息が聞こえた。千秋ちゃんが、吐き出すように呟く。
「ちょっと……わからないことが多すぎるな……」
このままでは、殺されるのは私たちの方だ。
また仲間が一人死んでしまって、命懸けの裁判が始まろうとしている。その事実が、私の頭からあの夢の存在を忘れさせていた。弐大くんが死んでしまった。終里さんがモノクマに決闘を挑んだとき、気を配っていなかった自分の責任だと彼は悔いた。彼女を守って、人間の体を失って、それでも生きているのだからそれでいいと言って笑っていた弐大くんは、今度こそ、死んでしまったのだ。
ふとした瞬間に泣きそうになっている自分に気が付いて、こっそり腕を抓る。感傷に浸っている暇はないと、今までの裁判で痛いほどに分かっていた。それでも、あれから鳴ろうとしない電話や、直る気配のないエレベーターは、私たちを確実に追い詰めた。日向くんも千秋ちゃんもほとんど口を開こうとしない中、身動きがとれないまま既に二時間近くが経とうとしている。
こちらからストロベリーハウスに電話をして、修理の進捗状況を確認してみたらどうか、そう提案しようとした瞬間だった。
ストロベリーハウスにいるはずだった彼は、このマスカットハウスのラウンジに唐突に現れた。柔らかそうな猫っ毛に、相変わらず、透き通るような肌をしていた。彼もモノクマから差し入れをもらったのだろうか。昨日私を抱きかかえてくれた時より血色は良いように見えたけど、私の座るソファを一瞥もせずに通り過ぎ、真っ直ぐに日向くんの前に向かった彼は、どこか様子がおかしいように思えた。
「……狛枝くん……?」
私の声に、日向くんと千秋ちゃんが遅れて反応する。
「こ、狛枝! どうして……!」
狛枝くんは日向くんの隣の、肖像画の真下の壁に寄りかかって静かに微笑んだ。
「……来ちゃった」
彼は、九頭龍くんや左右田くん、田中くんと同じく、ストロベリーハウスにいたはずだった。エレベーターが直った様子がない以上、それ以外に移動手段はない。
「どうやってここに来たんだ……?」
同じことを考えていたのか、日向くんが狛枝くんを睨みつけるようにして言う。私は二人の姿を、息を呑んで見つめていた。いや、厳密に言えば、私が視界の中心に置いていたのは狛枝くんの方だ。彼は、ほとんど背丈の変わらない日向くんを、微笑を浮かべた口元はそのままにどこか冷やかに見つめている。その瞳は、前回の裁判で彼が罪木さんを糾弾していたときのそれとよく似ていた。こんな目で、彼が日向くんを見ていたことが今まで一度としてあっただろうか。夢の中の、ベンチに並んで座ったときの彼を思い出して、私は咄嗟に首を振る。
「実はさ、ボク、ファイナルデッドルームに行って命懸けのゲームってやつに挑戦してきたんだよね」
何でもない風に言うから、一瞬聞き間違えたのかと思った。けれど、声が出てこない。肺の底で淀んだ空気と一緒に、何もかもが沈んでいく。
「……は?」
狛枝くんは嘲笑に似た短い息を吐く。だけどそれすらも、底のない闇がそこら中にくっついている類のものであるように思えた。狛枝くんが、変だ。彼はこんな笑い方をする人ではなかった。今の狛枝くんは、夢の中の、予備学科のパレードを糾弾していたときの彼にとても良く似ていた。
「まあ命懸けって言っても大したことなかったよ。下らない脱出ゲームと、ロシアンルーレットをやらされただけだったからね」
ロシアンルーレットとは、空の弾倉に一発だけ本物の弾を入れた状態で自身の頭に向けて引き金を引く、いわば度胸試しだと、千秋ちゃんが説明してくれた。つまり、何分の一かの確率で頭を打ち抜き死んでしまうということだ。ぞっとする私に、だけど狛枝くんは声をあげて笑った。
「なんだ、一発で良かったんだ。全部で六発みたいだったから、勘違いして五発入れちゃったよ」
「五……ッ?」
そんなの、生き残る確率が六分の一しかない。思わず、声をあげてしまった私を、狛枝くんは視界に入れることなく、口元を歪ませた。作ったような、妙な笑顔だった。
「ま、でもそのおかげで、ボクは色んな権利を与えられたんだよ。両ハウスを自由に行き来する権利もその一つってわけ」
「なんだよそれ。行き来って、どうやってだよ……!」
狛枝くんは、こんな目で仲間を見る人じゃなかった。いつも笑っていた。静かに穏やかに、慈しむように彼は私たちを見守っていた。その愛は、一見ねじ曲がっていたかもしれない。異常な愛情表現だったかもしれない。だけどそれでも、彼は、狛枝くんはちゃんと、私たちを、私のことを、希望だと、愛しているのだと、言っていたのに。
狛枝くんが目を細めた。侮蔑の込められた瞳だった。私は彼の、きらきらした目が好きだった。私を見て泣きそうに笑ってくれるその目が好きだった。
「あのさ、日向クン」
もう、狛枝くんはどこにもいない。
「さっきからゴチャゴチャうるさいんだよね。ボクのペースで喋らせてくれないかな?」
日向くんに冷たく言い放つ彼は、マスカットハウスに現れてから一度も、私を見てくれなかった。ずっと、ずっとずっと、ずっと、私を、一瞥すらもしてくれなかったのだ。
これは、夢の続きだ。