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 四番目の島はそれ自体が一つの大きな遊園地になっていた。
 もしも唯吹ちゃんや日寄子ちゃんがこの島を見ていたら、きっと喜んだんだろうな。塞いだはずの胸の隙間を自傷して、私は首を振る。島中のスピーカーから鳴り響く明るい音楽に、空を飛んでいく色とりどりの風船。明るい配色のお城や遠くに見える観覧車。もしもこんな状況じゃなかったら、きっともう少し心も踊ったのだろうけれど。コロシアイを宣言される前、訳も分からぬまま島での生活を余儀なくされたあの日から、私たちは多くの仲間を犠牲にしてしまっていた。
 そんな私たちは新しいこの島で、とあるものを探している。



「本当にこんなところにあるのかなあ……」



 この島に来たときは「遊園地を作るっていうやりこみゲー、一世を風靡したよね。知ってる? 九十年代に発売されたドット絵が特徴のゲームなんだけど……」と饒舌に語っていた千秋ちゃんも、何の収穫もないまま歩き続ければ疲労の色を隠せない。ネーミングからデザインまでギリギリであるように思えるお城はそこに何かあるような雰囲気を醸し出してはいたけれど、その扉には鍵がかけられていて中に入ることはできそうもなく、私たちは二人揃ってため息を吐いた。
 モノクマにこの島にあると存在を示唆されたのは、未来機関の手掛かりと船の製作に使えそうな部品。希望ヶ峰学園時代のプロフィールだった。どれも気になるものだけれど、ここまで手分けをして探しても見つけられないとなると本当にそれらがこの島にあるかどうかも疑わしい。



「またモノクマに騙されたのかなあ」



 そうぼやいた瞬間、しかしそれは突然現れた。「失敬な! ボクが一体いつオマエラを騙したって言うんだ!」モノクマは特徴のある効果音と共に自由自在に出現する。瞬きの間に瞬間移動でもしているのだろうか。もう慣れたとは言え、どういう原理になっているのだろう。改めてその神出鬼没さに眉を顰める。



「うーん……割としょっちゅう騙されてる気がするよ……?」 



 千秋ちゃんの言葉に緩やかな曲線を描いたその肩を落としたモノクマは「ふんだ……いいもんね別に……オマエラにどう思われたって……」とわざとらしくそっぽを向く。同情を誘うような口調だったけれど、これまで散々酷い目に遭わされているのだ。今更何も感じることはない。肩を落としながらも、モノクマはお城にあしらわれたネズミのマークにじりじりと後ずさる。



「ボク、ここ嫌いなんだよね、身体がゾワゾワしちゃう……。ネズミだなんて嫌がらせ以外の何物でもないよね……」

「へえ、ネズミが嫌いなの?」

「ギクッ! いや、そ、そんなことはないけどね? ところで早くジェットコースターまで来てよ!」

「ジェットコースター?」

「そうだよ、皆、キミたち二人を待っているんだからね」



 分かりやすく話を変えられてしまったけれど、皆が待っていると言われてしまえばそちらに意識を向けざるを得ない。お城からも見えるジェットコースター乗り場には、確かに何人かの人影があった。モノクマの言葉通り、そこで皆が待っているのは事実なのだろう。もしかしたら何か見つかったのかもしれない。顔を見合わせた私たちは、足早にそちらに向かった。








「や、め、て、く、れえぇぇえっ!」



 左右田くんの絶叫は私たちが到着する前から響き渡っていた。どうやらこのジェットコースターに全員で乗れば、モノクマからご褒美をもらえることになっているらしい。アトラクションに限らず乗り物全般が苦手なのだと言う左右田くんは、よしんばそのご褒美が船の部品であろうが断固拒否すると主張していた。様々な部品をこよなく愛するメカニックである彼がそう言うのだから、余程のことなのだろう。



「ふん、だらしない……この程度の悪意で、俺様の魔力は満たされはしない……」

「まあ田中さん、この乗り物に乗ったことがあるのですか?」



 ジェットコースターに怯える男子高校生に魅力を感じる子なんてそうそういないということを、左右田くんは早く気が付くべきだ。目を輝かせて田中くんの話を聞いているソニアさんを横目に、ベンチにしがみ付いて泣く左右田くんの肩を叩く。



「左右田くん。ジェットコースターって乗ってみたら案外楽しいよ! 多分!」

「案外とか多分でその気になれるかよ! オメーはオレが吐いたら責任とれんのか?」

「いやそれはちょっと無理……かな……」

「まあまあ時間も勿体ないしさっさと乗ろうか」



 私たち二人の会話に割って入った狛枝くんは、弐大くんにお願いして左右田くんをジェットコースターに押し込んでしまう。あのままでは埒が明かなかったとは言え、なかなかの力技だ。出られないようにと千秋ちゃんが左右田くんの隣に座ったことで、左右田くんはとうとう白目を剥く。「観念したみたい……だと思うよ」千秋ちゃんが神妙な顔で頷いたけれど、意識を失っているだけのような気がしないでもない。
 しかし、ジェットコースターと言うのは初めのうちはゆっくり坂を昇っていくものではなかっただろうか。安全バーを下ろした瞬間、大きな稼働音と共に頬肉が勢いよく風を切る。しっかり捕まっていなければ振り落とされてもおかしくない。内臓の浮遊感を楽しむ暇もなければ耳を刺す空気の音も異様に思えて、私ですら命の危機を覚えたのだから、左右田くんからしてみれば生きた心地がしなかっただろう。急カーブに急降下に一回転、一周は異様に長く、悲鳴すらも喉の奥で潰される。私たち全員を乗せたジェットコースターが誰一人欠けることなく最初の位置で停止したときには安堵で手が震えた。最初の姿勢のまま放心していた左右田くんに私は心の中で謝る。終里さんやソニアさんは興奮している様子だったけれど、彼女たちのようにもう一度乗りたいとは嘘でも言えない。頬に張り付いた髪もそのままに、放心する。



さん」



 それでも声をかけられれば姿勢を正してしまうものだ。視線を地上側に向けると、狛枝くんが未だに席に座ったままの私に手を差し出していた。「大丈夫だった?」と緩く微笑まれて、私は途端にどうしたらいいか分からなくなってしまう。



「だ、大丈夫、です」



 手を払いのけるのも気が引けて、熱を持った頬に気が付かれないようにと目を合わせずに彼のそれに手を重ねる。朝、レストランで左右田くんに同じことをされたときは何も感じなかったのに、相手が狛枝くんというだけで私の心臓は破裂しそうになるらしい。狛枝くんが小さく笑ったのが、彼の吐いた息で分かった。



「あは、なんで敬語?」



 だけど、どうしてこの瞬間だったんだろう。
 彼の言葉に、頭の中で何かが音を立てた。あの時と同じだった。辺古山さんが処刑された夜、狛枝くんに手を触れられた、あの瞬間。暗闇の中に一本だけ光が差し込まれたようだった。その中で、誰かの爪の先だけが見えている。音は聞こえなかった。楕円の形にくり抜かれた小さな世界で、今と変わらない狛枝くんが困ったように首を傾げて笑っている。景色が点滅しているように見えるのは、私が酷くゆっくりと瞬きをしていたせいなのだろう。狛枝くんが口を動かす。けれど無音の世界では、彼が私に何を伝えようとしているのかが分からない。蓋の開いたグランドピアノが、静かにそれを見つめている。



……!」



 名前を呼ばれて私は現実に引き戻された。皆がいて、ジェットコースターがあって耳障りなほど明るい音楽が流れていて空はすっきりと晴れていて、狛枝くんが私のすぐ傍でささやかな体温を放っている現実に。だけど私の名前を呼んだのは彼ではない。慌てて前方に目をやってみると、青を通り越して白い顔をした左右田くんが静かに涙を流しながら私を睨んでいたのだった。



「大丈夫じゃなかったじゃねーか……責任取ってここからおろせ……!」



 腰を抜かしたようだけど、非力な私ではどう考えても無理だったので弐大くんにお願いした。








『コロシアイ学園生活の舞台となったのは、皮肉にも希望ヶ峰学園だった』



 モノクマが私たちにご褒美だと言って手渡したファイルの文書は、そんな言葉から始まっていた。


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