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死体発見アナウンスが二度続けて鳴った。こんなことは今まで一度もなかった。何かの間違いだろうか。混乱してその意味を上手く飲み込めないでいる私の前に、突然モノクマは現れる。
「いやあ、これは全米も興奮する展開ですなあ!」
アナウンスが二度鳴ったのは、聞き間違いでもモノクマの悪戯でもないらしい。だけどそれでも信じたくなくて、私は自分の腕に爪を立てた。痛みだけが、じわりと腕に残る。
「……な、なんで……?」
「自分の目で見た方が信じられる? ならさっさと行こうよ! ほら狛枝クンもね!」
私を押しのけたモノクマが、狛枝くんの体を叩いた。その瞬間に、狛枝くんは目を大きく瞬かせて突然辺りを見回す。
「え?」
狛枝くんの表情が、正気を取り戻したように見えた。引き止める間もなく「ちょっと待っててねー!」と言って姿を消したモノクマは、今度は隣の部屋に向かったらしい。直後に終里さんの「おい、なんだよ、ここ!」という声が届いた。それはぐずぐずとした泣き声ではなく、いつもの彼女のものだった。目まぐるしい展開に、脳の処理が追いつかない。
「……うーん……これは、どういうこと?」
「狛枝くん」
私の声を潰すように、薄い壁を突き抜けんばかりの終里さんの声が響く。「飯がどこにもねーじゃねーか!」やっぱりだ。絶望病に罹っていた彼女はこんなことを言わなかった。目を見開いて狛枝くんを見上げている私に、彼は不思議そうに首を傾げている。
「……治ったの?」
「え?」
「ラブコメは終了ですよ! ボクの右目の黒豆が黒いうちは青春ができると思わないでよね!」
瞬きの間に現れたモノクマに体当たりをされてよろけた私を、狛枝くんが咄嗟に支えてくれた。本当に神出鬼没で、嫌になる。
「そんなことより良いの? 捜査の時間が終わっちゃうよ?」
見透かすように笑うモノクマは、私と狛枝くんを交互に見つめてから、ゆっくりと首を傾げたのだった。「なんて言ったって、今回の被害者はなんと、二人もいるんだからさー!」決定打になったその言葉に、私は今度こそ言葉を失った。
喉の奥で誰かに抑え込まれた悲鳴が、行き場を失くしたようだった。熱気の充満するライブハウスはそこに色んなものを詰め込んでいた。狂気も絶望も悲哀も。二人分の死体の何もかもを。
「罪木とと別れて病院のロビーに向かったら、まだ約束の定期連絡の時間じゃなかったのに、通信機のランプが付いていたんだ」
死体の傍に転がっていた血の付いた脚立を確認しながら、日向くんは私に説明する。モノクマ曰く、「殺人が起こった今、もう動機は必要なくなったから」という理由で病気を治された狛枝くんはまだ本調子ではなさそうで、彼は日向くんに追い払われて個人でライブハウスを調べていた。私はステージに横たえられた彼女の遺体を直視することが出来ず、しゃがみ込む日向くんの後ろ頭だけを、じっと見つめている。
「通信を繋げたら、薄暗い部屋の中を麻袋を被った誰かが画面の端から歩いてきて、中央に置かれていたこの脚立に登るところだった。袋を被っていたせいで誰だかわからなかったんだけど、そいつは脚立を登って、そのまま吊るされていたロープに手をかけて……」
視界が点滅する。立っていられなくて、ゆっくりとしゃがみ込んだ。すぐ傍に血が拭き取られたような痕が残っていて、私は余計に気分が悪くなる。首を吊って死んだ彼女に、外傷は見られなかった。だからここにある血痕は、彼女のものではない。
「慌ててライブハウスに向かったら、そいつはもう首を吊って死んでいた。誰かに知らせなきゃって思って、俺はそのまま走って皆がいるモーテルへ向かったんだよ」
病院じゃ、動けるようなやつはお前くらいしかいなかったしな。と、日向くんは付け足す。
「っつっても、結局来てくれたのは七海だけだったんだけど、モーテルを出た直後に罪木と九頭龍に出会ったんだ。……二人は澪田が居ないって、捜していたらしい。その時点で、死んでしまったのは澪田なんだろうって思った。お前も澪田を捜すように声をかけられなかったか?」
突然質問されて、言葉に詰まった。日向くんが病室を出て行った後、私は狛枝くんの傍でじっと息をひそめていた。だから二階に向かったはずの罪木さんが、数分後に病室の前を通り過ぎて行ったのは気が付いていたし、その彼女が故意に私の存在を無視していったことも察している。
彼女の犯行に、私は巻き込まれているのかもしれない。「狛枝さんを代わりに殺すことにしますね?」そう言って微笑んだ彼女の声を思い出して、私は小さく首を振る。
「……罪木さんが、出て行ったのはわかったけど……」
それしか言えなかった。日向くんが、私のことをちらりと振り返ったのが何となくわかる。
「……そうか。……それで、とにかく四人になった俺たちは、もう一度死体を確認するためにライブハウスへ戻ったんだ。だけどさっきは簡単に開いたはずの扉が開かなくなっていた。何とか四人で体当たりして扉を開けて、びっくりしたよ。……死体が増えていたんだ」
ステージの上で横になっている唯吹ちゃんの方ではなく、彼は逆側の柱にガムテープで縛り付けられた遺体に目をやった。だから、私もずっと視界の外に追いやっていた彼女を見つめる。ぐちゃぐちゃに乱れた着物姿で、首を切られて息絶えている、日寄子ちゃんの姿を。
「俺が一度ここを出て行ったときは、西園寺の死体なんてなかった。なのに、十分もしない間に殺されていたんだ。その間に犯人は密室を作り上げ……たのかな、調べてみないことには、何とも言えないけど」
日向くんの声が、震えている。日寄子ちゃんの小さな体はぎちぎちに柱に縛られていて、そのおかげか、首を切られた割にはそんなに血が出ているようには見えなかった。ステージの反対側で唯吹ちゃんの検死を行っている罪木さんに目をやる。彼女は泣きそうな顔で、唯吹ちゃんの首の痕を確認していた。誰がどう見ても、その姿は健気で、ちゃんと二人の死を悲しんでいるように見えたのだ。
「……?」
不意に日向くんに名前を呼ばれて私は目線を戻した。不審そうに私を覗き込む日向くんに、慌てて言葉を吐き出す。
「あ、ごめん、ありがとう……おかげで、事件の流れがわかったよ」
そう、わかったのだ。罪木さんが、日向くんがライブハウスを飛び出した空白の十分の間に、予め夜のうちに殺しておいた日寄子ちゃんの死体を、何らかの方法でステージ上に出現させたのだろうということが。だってそうじゃなければ、昨日彼女が返り血を浴びていた理由がつかない。日向くんの訝しげな目線を振り切るように、私は罪木さんと狛枝くんのいる、唯吹ちゃんの死体の傍まで向かった。いくら人目が多いと言っても、彼らを二人きりにするのは落ち着かなかった。
唯吹ちゃんが首を吊っていたというロープをまじまじと見つめていた狛枝くんは、罪木さんに「ねえ、本当に澪田さんは首を吊って死んだの?」と確認している。その足元には、唯吹ちゃんが被っていたと言う麻袋が落ちていた。モノミのマークが印刷された安っぽいそれを、私は一体どこで見たのだったか。
「はい、それは間違いありません、でもこの暑さで、正確な死亡時刻が分からないんですよお!」
「……。……ああ、確かに暑いよね。攪乱のためか、ここ、暖房がつけられていたみたいだし」
「そうなんですよう!」
二人が話している間にそっと入ると、狛枝くんが、「あれ? さんどうしたの?」と私に尋ねた。けれど、上手い返事が思いつかなくて、私はただ小さく首を振る。唯吹ちゃんの細い体はぐったりと力が無く、間近でそれを見て、私はようやく、彼女の死を認めたのだった。
「……唯吹ちゃん……」
触れた手は、冷たくて、少し硬い。
日寄子ちゃんと唯吹ちゃんは、あの映画と同じように殺されていた。
その内容は、あの時ほとんど集中できていなかった私はもうおぼろげにしか覚えていないけれど、モノクマが旅をする話だったらしい。
『モノミの国に行ったモノクマは、脳みそがないモノミかかしに出会ったので自殺を勧めたところ、首を吊って死にました。次に出会った勇気のないモノミライオンは、弓矢で磔にしておきました。最後に心のないブリキのモノミ木こりと出会ったので、バラバラの鉄の塊にしてやりました』
これは、ソニアちゃんたちが話していた会話を聞いてやっと思い出した内容だ。日向くんはあの映画を意地でも見なかったらしく、あとで映画館に行かなきゃなとぼやいている。
物語の筋書き通りに殺人を行っていくことを見立て殺人というらしい。今回二人は、唯吹ちゃんがかかし、日寄子ちゃんがライオンに見立てて殺された。残りはブリキの木こりだ。皆が殺害順序を特定している間、私は唯吹ちゃんの死体をじっと見つめていた。そうしている間も、頭の中はずっと別のことを考えていた。目線を感じて顔をあげた時、ぞっとした。罪木さんが微笑んでいたのだ。バラバラにしてしまいましょうかって、そういうことかと、私は気が付いてしまう。
「犯人の目的が見立て殺人だっていうんなら、あと一人殺されるんじゃないか?」
誰かがそう言ったのに、私は殊更反応した。罪木さんは相変わらず目尻を下げて、私に微笑んでいたから、私は彼女から目を離すことができなかった。狛枝くんはもうここにはいない。映画館に行くと言って出て行った。だから、大丈夫だ、殺したりなんかできない。裁判が始まってしまえばもっと殺せなくなる。だから大丈夫、私がこうして彼女を見張っていれば。そういうことをぐるぐると考えていた私の後ろに、モノクマは突然現れたのだった。
「嘘つき」
「嘘つき?」
ライブハウスに今私たち以外の人はいない。皆は各々映画館やモーテル、病院を調べると言って出て行った。現場の保全のために残っていた終里さんも、入院服では動きにくいと着替えを探しに行ったばかりだ。ここには私と、唯吹ちゃんと日寄子ちゃん、そして、罪木さんだけがいる。彼女が私を引き止めたのだ。「さんは私のお手伝いをしてくれませんか?」と。誰もいなくなって検死ごっこをする必要のなくなった罪木さんは、唯吹ちゃんの傍に腰を下ろして膝を抱える。
「嘘つきって、なんのことですかあ? 私が嘘を吐きましたかあ?」
「モノクマが、言ってたじゃない……! 二人以上は殺せないって! そういうルールだって! 知らなかったわけじゃないんでしょ……?」
「ああ……」
そのことですかあと、退屈そうに罪木さんは自分の爪をいじる。彼女には似合わないその漫然とした仕草に、私は苛立ちを募らせる。「まあ知ってましたけど。二人殺した時点で注意されましたし」ぼんやりとした瞳だった。
「でもお、騙される方が悪いって思いませんかあ?」
「……ルールなんて関係ないって、言うんじゃないの?」
「嫌ですねえ、私がルールを破るわけないじゃないですかあ。さんって相変わらず、私のことを、絶ッ望的なくらいに分かってくれないんですねえ?」
分からないし、分かりたくもない。その言葉を飲み込んだのは、彼女がぬめったような目で私を見ていたからだ。ゆったりとあげられた口角が、動く。
「まあ、これじゃあもう脅しにならなそうなんで、ちょっと条件を変えましょうかねえ」
ざんばらに切られた彼女の髪が、意志を持って動いたように見えた。そう思ったら、罪木さんは膝を抱えたまま、楽しげに揺れていたのだった。ちらちらと太腿の奥で下着が覗くのを気にも留めずに、彼女は私に微笑む。
「裁判中、私が犯人だってバラしたら、私はあなたが過去にしでかした所業を皆さんにバラしちゃいますね」
その言葉に、息が止まった。
だからあなたはせいぜい、皆さんが真実に辿りつけることだけを祈っていてくださいね。罪木さんは間延びした声で、今度こそ動けなくなった私に告げるのだった。