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 簡易宿泊施設というだけあって、私たちが当分の間泊まることになるモーテルは、いつも寝泊まりしていたコテージの部屋よりは随分と質素な作りになっていた。各々に与えられた部屋を確認してから一旦外に出ると、既に日寄子ちゃん以外のメンバーが駐車場に揃っている。どうやら日寄子ちゃんは、絶望病の件が収束するまで誰とも関わる気が無いらしい。



「仕方ありません。そっとしておきましょう」



 困ったように微笑むソニアさんに、左右田くんが「ソニアさんがそう言うなら問題ありません!」と叫んだ。田中くんがマフラーに顔を半分ほど埋めて、長くため息を吐いているのがわかる。



「では、まず二手に分かれましょうか。わたくしは図書館で絶望病について何か文献がないか当たってみることにします。左右田さんは通信機の作成をお願いしますね」

「えっ! ソニアさんと別行動ですか?」

「左右田さんにしかできないことです! お願いします!」

「うおおお! わかりましたソニアさん!」



 左右田くんは、私に負けず劣らず単純だ。








 それから一時間後、私は左右田くんと訪れた電機街のとある路地で部品を漁っていた。こういうのとこういうの、と素人目には判別の付きにくい形状の部品を探してくるよう指示された私は、何箱目になるか分からない段ボール箱をひっくり返す。同じようなサイズで分類されているだけの部品の山に、目がちかちかしてくる。



「あー、これちげーよ。良く見ろほら、形は良くてもサイズが合わねーだろ」

「えっ、本当だごめん……」

「まあいーや、これはこれでモニターの方に使いまわしてー……」



 胡坐をかいた足の上で器用に分解と作成を繰り返す左右田くんの手先を見ていると、その手際の良さに引き込まれそうになる。が、私には大変難度の高い使命が与えられているので、いつまでも悠長にしていられない。左右田くんの書き殴ったメモとイラストを頼りに、自分の足元に広げた部品を一つ一つ確認していく。
 しかし、どうして彼は私を指名したのだろう。こういう細かい作業だったら千秋ちゃんの方が得意そうなのに。そのまま彼に尋ねてみると、左右田くんは、うーんと唸って首を捻った。



「手先の器用さだったらオメーだってイケてるかなと思ったんだよ。ほら、楽器できるんだろ?」

「ああ、ピアノかあ、うーん……あれは、ただ練習してたから上達しただけで、器用とかは関係ないかなあ……」

「そういうもんか? オレは音楽なんて門外漢だからなー。ま、でも何てったって超高校級ってくらいだから、よっぽど上手いんだろ?」



 左右田くんが言い切る前に、ごとんと音を立てて足の横に部品が落下して、私は息を呑んだ。



「おいおい大丈夫かよ、さっきから結構落としてんじゃねーか! もっと丁重に扱え丁重に」



 左右田くんは、自分の手元から目線を外さない。だから、私はほっとした。見られなくて済んで良かったと思った。左手が痺れている。特に薬指から小指にかけての部分が、筋が伸びきったように引き攣っていた。私は、「ごめんね、気を付けるね」と何でもない風を装いながら、右手で動きの鈍くなった左の指を確認するように撫でた。この二本の指は、ここ数日特に調子がよくない。
 最後の部品を探す間も、左手だけが熱を失っていくように冷えていた。私はしゃがんだ太腿とお腹のあたりでそれを挟んで、確認するように指を動かしてみる。うん、大丈夫。まだ動く。まだ、まだ平気だ。そう言い聞かせるように思いながら、自分の息が止まっていることを知る。








 ピアノが弾けなくなる可能性はゼロではないと、最初にそう言われたのは、私が希望ヶ峰学園からのスカウトを受けた数日後のことだった。
 それまで段々と動きの鈍くなる左手に戸惑いを覚えなかったわけではない。だけど、それでも誤魔化しながら弾き続けた。悪化と好転を繰り返す私の指の不調は何度検査をしても原因が分からない。精神的な問題から来るものらしい、そういうことにされてしまった。私は知らないうちにプレッシャーを感じていた、のだろうか。ピアノを弾き続けるだけの日々に。今更。十余年繰り返し続けたこの人生に。考えても答えは出ず、私の指は動かない。
 希望ヶ峰学園には、事情を説明し、診断書を送った。しかし、スカウトを撤回されることもやむを得まいと思っていた私にやがて届いたのは、正真正銘の入学通知書だったのだ。同封されていた学園長と名乗る人物からの手紙には、私の才能を学園に預けてくれと、そう記されていた。








、おーい、聞いてるか?」



 目の前をごつごつとした手のひらが動いて、私は大きく瞬きをした。左右田くんは私の顔の前で笑うと「ほら見ろ! できたぞ!」と嬉しそうにカメラとモニターのセットを広げて見せる。私がぼんやりしているうちに、通信機が完成していたらしい。あれだけバラバラだった部品が新しいものとなって生まれ変わったのだ。たったそれだけで先ほどまでの沈んだ感情が吹き飛んでしまった。



「こっちのカメラで撮った映像を、モニターに映すんだよ。ほら見てみろよ? いくぞ?……出た! なっ! スゲーだろ!」

「うわー! 本当だ、すごい! ちゃんと私が映ってる!」

「な! スゲーだろもっと褒め称えろよ? 超高校級のメカニックであるオレ様にかかればこんなもん余裕で作れちまうんだぜ!」

「すごい! さすが! さすが左右田くん!」

「このセットをあともう一つ作って、互いのカメラを交換するんだよ。そうするとどうなると思う? はい答えろ!」

「……。…………?」

「……マジか……」



 左右田くんは懇切丁寧に説明してくれた。カメラで撮った映像がセットのモニターに映る、ということは、もう一つ同じものを作ってそのカメラ同士を入れ替えてしまえば、お互いの映像が交換できるということだ。つまり、あっという間にテレビ電話に早変わり、らしい。ただし電波の関係上そう遠くまで通信することは不可能だろうと彼は言う。何となく分かったような、分からないような。ふーんと頷く私に左右田くんは急に真顔になって、「だから早くもう一セット分の最後の部品を見つけてこい」と告げるのだった。








 結局探していた部品を見つけたのは左右田くんだった。あまり役に立てなかったような気もするが、何とか左右田くんのおかげで今日中に通信機を届けることが出来そうだ。最後の調整とばかりに電波の確認を行う左右田くんに、私は「あの」と声をかける。



「この通信機、病院に置いてくるんだよね?」

「あー、まあな。もう一個はライブハウスあたりが通信の限界だろうな。もうちょっとマシな部品があればなー」

「あ、あのさ、それなんだけど、病院に置いてくるの、私が」

「あ、悪い、それはダメだ」



 何の躊躇いも間もないままに左右田くんはあっさりと言い切った。想定外の返事に、思わず「うぇっ?」と声が出てしまったくらいだ。まさか拒否されるとは思わなかった。日寄子ちゃんに次いで感染を心配していた左右田くんだ。頼めば、喜んで病院に行かせてくれるだろうと踏んでいたのに。左右田くんはドライバーを地面に置くと、私の目をじっと見た。



「いや、実はさ、七海じゃなくてオメーに手伝ってもらったのも、日向に頼まれたからなんだわ」

「へっ? 日向くん?」

「病院を出るときに呼び止められてよ、『が病院に近づかないように見ててくれ』って。まさか好き好んで近づかねーだろと思ったけど、やっぱあいつの勘はスゲーな」



 日向くんの勘の良さに言葉が出てこない。がっかりするよりも驚きの方が勝ってしまった。そうか、日向くんは、私のことをよく分かっているんだ。嬉しいような今回はちょっと困ってしまうような、複雑な気分だ。じわじわと浸食していく落胆に素直に身を委ねていると、左右田くんは言いにくそうに、「つーかよ」と切り出した。



「オメーさ、なんなんだよ、狛枝のこと、やけに気にかけてるじゃねーか」



 突然彼の口から出てきた人の名前に、私は分かりやすく動揺する。



「今回もどーせ狛枝が心配だっつーんだろ? まあ澪田も終里も今すぐどうこうってわけじゃなさそうだから、あいつのことが気にかかるってのは仕方ねーとは思うけどよ……」



 左右田くんは日向くんと同じように、狛枝くんのことを煩わしく思っている。最初の事件のときから彼を、例の裏切り者だと考えているのだ。それは常日頃からの彼の言動の端々から伝わってくるのだった。私は制服のスカートを、握りしめる。皺になる。私はそれを、ただ見ている。



「まさか、あいつのことが好きだとか言わねーよなあ……」



 思わず顔をあげた。左右田くんの瞳の中で、私は酷く動揺した目をしていた。だから彼が、「へっ? ま、マジで?」と言ってしまうのも、仕方ないと思うのだ。好きだ。そうだ、私は彼が、好きなのだ。だから心配だし、傍にいたい。胸の内側が苦しくなって俯いた。左右田くんは私の様子に、どこか放心したように「マジか……」と何度も呟くばかりだった。


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