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 コテージに戻ると、備え付けのポストから手紙がはみ出ていた。差出人の名前はどこをひっくり返しても見つけられなかったけれど、ライブハウスにて九頭龍くんの復活記念パーティを行うというその内容と癖のある丸い文字から、唯吹ちゃんが書いたものだろうとあたりをつける。
 ライブハウスは、三つ目の島を探索した際に覗いたきりだ。設備の整ったステージに興奮していた唯吹ちゃんを思い出す。「キーボードがあればちゃんともセッションできたのに残念っす! これだけちゃんとしたライブハウスなら、キーボードの一つや二つ置いてあってもいいと思うんすけどねー」とぼやいていた彼女は記憶に新しく、だけど私はその時、確かに安堵していたのだった。
 開演は午後九時からだそうだけれど、今しがた病院に運ばれた九頭龍くん本人は来ることができるのだろうか。主役不在のパーティになる図を想像しながら、私は先ほど危うく彼女に破壊されるところであったコテージの扉の鍵を開けた。








 ほとんど九頭龍くんの出席は不可能だろうと踏んでいたからこそ、今こうして自分の目の前にいる彼に私は心底驚いている。



「く、九頭龍くん……?」



 彼は私の声に気が付いて、気まずそうに視線を返しながら、「なんだよ」と呟いた。体の底に響くような重低音の音楽がかかるライブハウスには、唯吹ちゃんの招待状を受けた皆が続々と集まっている。そういえば、彼とまともに話すのはこれが初めてかもしれないと気が付いたら何故だか途端に緊張が走ったけれど、九頭龍くんはそんなことなど意に介していないようだった。



「あの、大丈夫なの? お腹の怪我……」

「こんなもん、どうってことねーよ」

「でも、結構血が出て」

「平気っつったら平気なんだよ、放っとけ。……罪木もいるし、いざって時はまたあいつを頼る」



 先日から彼を看病している罪木さんの姿を捜す。彼女は隅の方で日向くんと何か会話をしているようだった。罪木さんを頼るなんていう言葉は、今までの九頭龍くんならば決して口にはしなかっただろう。この島に来た頃からずっと私たちを避けていた彼も、変わろうとしているのだ。そうでなければ、十神くんが立案したパーティも拒絶した彼がこんなところに居はしない。



「……なあ、



 不意に彼が私の名前を呼んだその瞬間、ステージ上に鋭いスポットライトが射す。ギターを持った唯吹ちゃんが観客側の私たちに手をあげる。彼女の良く通る声に九頭龍くんのそれがかき消されそうになって、私は咄嗟にその口の動きを見た。言いにくそうに何度も口ごもって、言い直して、目線を逸らした彼は、確かに私に「ペコが、悪かったな」と言ったのだ。
 だから、私は息を止めた。眼帯のされていない方の目を、彼は僅かに細める。



「ありがとうな。最後に、ペコの手を握っていてくれて」



 九頭龍くんは笑っていた。眉尻を下げたそれは、ともすれば泣き出す寸前のようにも見えた。








 こういったライブを生で見るのは初めてだった。普段の彼女からは想像し難い曲調やデスボイスに左右田くんは悲鳴をあげていたけれど、力のこもった声には言いようのない迫力があったし、何よりも、唯吹ちゃんは一際輝いていた。かき鳴らされたギターに、振り上げた拳。原色の激しい照明に目が眩んだ。皮膚を通って内臓すらも振動させた重低音は心地よかった。あれは私の知らない世界だった。唯吹ちゃんが「ありがとー!」と大きく手を振って、一曲目の歌が終わる。ひりひりとした余韻の覚めやらぬ中、その声は響いた。



「わーい! こんなにいい歌、初めて聞いたよーっ!」



 始まる前は姿の見えなかった日寄子ちゃんは、どうやら曲の途中でライブハウスにやって来たらしい。私の隣にいた九頭龍くんの纏う空気が変わったのが、手に取るようにわかった。今朝のことを皆も思い出しているのだろう。九頭龍くんは日寄子ちゃんへの謝意で切腹した。張りつめた空気の中、日寄子ちゃんが九頭龍くんの方へ向き直る。その表情から笑顔が消えた。「……許してないよ。絶対に、許せない」日寄子ちゃんの短い言葉に、ぴり、と、空気が固まった気がした。
 だけど、大方の予想に反して、日寄子ちゃんは九頭龍くんに唇を尖らせた。それは、彼女が照れ隠しでよく浮かべる表情だったのだ。息が詰まる。



「……許さないけど……でも、ここにいる間だけは、仲間だと思ってあげるよ」



 九頭龍くんは目を見開いて、やがて彼女に、深く頭を下げた。
 罪木さんがほっとしたような顔で二人を見つめている。千秋ちゃんもソニアさんも、顔を見合わせて笑っている。弐大くんは二人を見て納得したように頷いて、唯吹ちゃんは二曲目を歌い出そうと準備している。それに左右田くんが叫び声をあげて、田中くんが俯いて何か小難しいことを口走る。日向くんが唇を引き結んで険しい顔をしていたのが気になるけれど、いつの間にか隅の方にいる狛枝くんは、口元に微笑を携えながら皆を見渡していた。
 バラバラだった私たちが、ようやくまとまってきたような気がしたのだ。
 勿論コロシアイを熱望している狛枝くんの思考については苦々しく思うけれど、それでも、前よりは随分と前進している気がする。九頭龍くんの怪我も命に別状はないようだし、これならきっと。私が希望を胸に顔をあげた瞬間だった。目の前に、黒い影が現れたのは。



「こんなことしてる場合じゃないんでちゅってー!」



 突然姿を現したモノミが続けて吐き出した言葉で、私はやっと、その場に終里さんの姿がないことに気が付いたのだ。








 最近の終里さんは、どうも様子がおかしかったらしい。怪我をさせられた九頭龍くんの敵をとってやると何度も口にしていたのだと、弐大くんが言っていた。そういう話を伝聞でしか語れないのは、私自身が自分のことや狛枝くんのこと、九頭龍くんの怪我のことばかりに気を取られていて、終里さんの異変に気が付くことができなかったからだ。



「終里さんがモノクマに決闘を挑んでいるんでちゅよー!」



 モノミに伝えられた通りにホテルの近くの砂浜に走る途中、弐大くんが悔しそうに呟く。



「ワシの責任じゃあ……あいつのことを、ちゃんと見ていてやれんかった……っ!」

「そ、そんなことないよ、それだったら、私だって、自分のことばかりで」

「否、ワシは超高校級のマネージャーじゃ、ワシにしかできないこともあったんじゃ! なのに」

「おいうるせーぞ! ぐちぐち喋ってる暇あったら急げ!」



 前を走っていた左右田くんが振り向いて叫ぶ。弐大くんはそれに頷いたかと思うと、あっという間に全員を追い抜いて行ってしまった。私は日頃の運動不足が祟って、随分前から脇腹が痛い。



「あれ、さん、大丈夫?」



 狛枝くんですら平気そうな顔をしているのに、悔しい。終里さんは無事だろうか。モノクマに歯向かって、無事でいられるのだろうか。それともあの異常なまでに身体能力の高い終里さんのことだ。本当にモノクマを倒してくれるかもしれない。ああでも、そんな都合のいいことは、きっと起きてくれないだろう。なんせ、最初に私たちに機関銃を向けたモノケモノはまだ残っている。胸騒ぎがして、怖くてたまらない、体中の毛が逆立って、寒い。








 結局皆より大幅に遅れて砂浜に着いた私は、目を見開いた。痛かったはずの脇腹から、感覚が抜け落ちる。傷一つないモノクマと対峙していた、ボロボロの終里さんを庇うように立ちふさがった弐大くんが、モノクマの撃ったバズーカを一身に受け止めた。私は身動きもできなかった。
 弐大くんが崩れ落ちる。終里さんが彼の名を叫ぶ。倒れ込んだまま動かない弐大くんの体を、半ば放心したように彼女は見つめている。誰かが悲鳴をあげた。電機街で私に見せたように、モノクマは大きな口を開けて笑っていた。


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