15
十六時にビーチハウスに集合。その約束通りの時間にプライベートビーチの方へ向かっていると、通り道にあるレストラン、ダイナーの中から手を振られていることに気が付いた。唯吹ちゃんに手招きされたので中に入ると、そこには既に唯吹ちゃんの他に罪木さん、水着姿の千秋ちゃんと、来る直前に弐大くんと組手をしていたせいで頭に怪我をしてしまったと言う終里さん、そして先に軽く泳いできたらしくずぶぬれの辺古山さんが集まっていた。そして何故か、そこには日向くんと左右田くんの姿もあった。女子だけ、という話だったはずでは、と首を傾げる。
「ん? なんで日向くんたちもいるの?」
「い、いや、なんていうか……」
「オレたちも一緒に泳ぎてーなって! な、日向!」
「お、おう……」
「あら?」
日向くんたちと話をしていると、ダイナーの入口の扉が音を立てて開いた。水着姿、というか、ウエットスーツで全身の露出を極限まで控えたソニアさんは、日向くんと左右田くんの姿を見つけて不思議そうに首を傾げている。
「ソ、ソニアさーん!」
目の色がぱあっと変わった左右田くんは、どうやらソニアさんのことが気になっているらしい。今回も彼女目当てで潜り込んだということだろう。期待していた水着姿でなかったことは残念そうだったけれど、海水浴の参加を許可された左右田くんの浮かれ様は半端ではなく、先にビーチに行ってパラソルの準備をしてきます、とダイナーから飛び出して行ってしまった。
真昼ちゃんと日寄子ちゃんの姿がないことを不思議に思っていると、千秋ちゃんが「小泉さんは具合が悪くて、西園寺さんは泳げないから今回は欠席するみたい、だよ」と教えてくれた。日寄子ちゃんはともかく、朝から姿を見ていない真昼ちゃんのことは心配だ。海水浴が終わったら、彼女のコテージに行ってみよう。そう思っていたのに。なのに。
真昼ちゃんは死んだ。
彼女の死体を見つけたのは左右田くんだった。島中のモニターで「死体が発見されました!」とモノクマが嘲笑うように叫んでいるのを、私は目を見開いて聞いている。
真昼ちゃんが死んだ。頭を殴られて死んだ。私たちがこれから向かう予定だったビーチハウスの中、その扉に凭れかかるようにして彼女は死んでいた。喉元まで出かかっていた悲鳴が何かに引っかかったみたいに出てこない。
真昼ちゃんの頭からは一目で致死量だと分かるくらいの大量の血液が流れていて、彼女の赤茶色の髪がべっとりと額に張り付いていた。全身の力が抜け出て、眠っているというよりも、それはもっとずっと、空っぽであるように見えた。
「ちゃんって、呼んでもいい?」
瞬きをしたらちかりと光った。真昼ちゃんが私にどこか遠慮がちに尋ねたあの日が遠い昔のようで、つい数時間前のようで記憶が砂嵐になって結局音を立てて消える。真昼ちゃんが死んだ。
動機がある限り、コロシアイは必ず起こる。狛枝くんの言った通りになってしまった。足に力が入らなくて、その場に座り込む。隣にいた辺古山さんが私の腕を支えた。
「おい、大丈夫か?」
顔があげられない。自分の浅い呼吸音だけがやけに耳に残る。黒い髪が頬に纏わりついて鬱陶しかった。視界が定まらない。広くはない室内に血の臭いが充満して、息苦しい。日向くんや千秋ちゃんは既に捜査を始めている。罪木さんは検死をする前にここに居ない他のみんなを呼びに行くと言い残して姿を消した。ソニアさんは調べなければいけないことがあると出て行って、終里さんはシャワールームを調べに行き、唯吹ちゃんと左右田くんは、真昼ちゃんの死体から離れたところで凶器について話し合っている。喉のあたりに薄皮がへばり付いたみたいに息苦しい。私の腕を掴んだままの辺古山さんが、低い声で呟くのが、どうにか耳に入ってきた。
「、辛いだろうが、現実だ」
夢じゃない。真昼ちゃんの遺体は確かに目の前にあって、私たちはコロシアイを止めることが出来なくて、無力だった。友達を救えなかった。また間違えてしまった。そう思った。辺古山さんが私の腕に力を込める。痛いくらいだった。だから私は、は、と顔をあげる。
「大丈夫だ。犯人を捕まえよう。許してはならない、小泉のために」
私は辺古山さんの手を、掴む。同じくらいの体温の、マメだらけの手の平だった。彼女を見上げたら、普段通りの、氷のような、鋭い、凛とした目をしていた。腑抜けた私を容赦なく殴りつけるような双眸だった。ぐ、と唇を噛みしめる。
真昼ちゃんが死んだ。後悔ばかりだ。このところずっと私はつんのめって転んでばかりいる。だけど十神くんがくれた言葉が私の宝箱から溢れて私を包んでくれる。大丈夫だ。そう言ってくれる人がいるなら頑張れる。辺古山さんの手の平を無意識に握りしめた。
日向くんと千秋ちゃんがビーチハウスを出て行ったのと入れ違いに、罪木さんが田中くんと弐大くんを連れて戻ってきた。二人とも、息を呑んで目を見開いて、ともすれば、泣いてしまいそうに顔を歪めていた。私だけじゃないのだと、皆辛いのだと、十神くんのときにも思ったことをもう一度この胸に刻み込んで、私は真昼ちゃんの傍に行く。何の役に立てなくても、それでも、私も自分にできることをしなくてはいけない。真昼ちゃんの血だまりは赤黒く広がっていて、私はそれを焼き付けるように、瞬きもせずに、ただ見つめた。
千秋ちゃんと出て行ったはずの日向くんが、狛枝くんを連れてビーチハウスに戻ってきたのはそれからいくらか時間が経った頃だった。どうやら狛枝くんはモノミに縄を解いてもらって一人で捜査をしていたらしい。数日前狛枝くんを縛り上げた左右田くんに嫌味とも思えるような挨拶をした後、彼は検死する罪木さんの横に座っていた私に目線を寄越す。
「やぁさん、罪木さん。何か分かった?」
そう尋ねる彼に、ああ、動いてる、と、当たり前のことを思って私はどうしてだか、泣きそうになった。狛枝くんはそんな私の表情の変化に気が付いて、しゃがみ込んで首を傾げる。罪木さんは真昼ちゃんが頭蓋を殴られたことにより即死だったこと、そしてそのポケットには日寄子ちゃんからの手紙が入っていたのだと、狛枝くんの傍にいた日向くんに伝えていた。私は二人の会話を耳に入れながら、狛枝くんの細められた目を、細い首を、じっと見つめる。
動いている。相変わらず顔色は悪いし細すぎるし、こんなときでも、真昼ちゃんの死体を見て表情を変えることもなく笑っている。でも、だけどそんな狛枝くんでも、私は安堵している。そこにいるだけで、奇跡のように思っている。目頭が熱くなるのを感じた。
「狛枝、くん」
「うん」
「……真昼ちゃんが」
「うん」
それ以上は声にならなくて、膝の上に置いた手を抑えた。爪が刺さって、深く皮膚を抉って、痛くて、涙が落ちそうになるのを必死でこらえた。狛枝くんが、不意に私の左手を握る。彼が綺麗だと言ってくれた手を。咄嗟に顔をあげた瞬間に、一粒だけ涙が落ちた。狛枝くんのひんやりとした手が、私の熱を吸っていく。
「さん」
分かっているのだ。狛枝くんは私のことなんて見ていない。細められた瞳は、ただただ優しい。
「泣かないで、さん」
狛枝くんが見ているのは、いつも私の背中の向こう側だ。だから私の手を、彼は離さない。
「大丈夫。希望はすぐそこにあるよ」
視界の端でぴくりとも動かない真昼ちゃんの腕に、私は今、どうしてか既視感を覚えている。