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 モノクマの制作した「トワイライトシンドローム殺人事件」は呆気なく終わった。
 一人の女子高生が殺されたことに端を発する事件は結局解明されることのないまま、事件発生四日目に話が進む。真の第一発見者の一人でもあるE子は、その日の放課後、不気味な声に追われ、翌日変わり果てた姿となって見つかることになる。
 唐突に切り替わった画面に浮かんだゲームオーバーの文字と「ごかいした」という謎のメッセージに、「はぁ?」と隣の日向くんが呟いた。私も急な展開に、まだ涙のせいでぼやける目を擦りながら首を傾げる。
 何もかも中途半端だ。犯人も分からなければ、新たな被害者まで生まれてしまった。これでは何も解決していない。どこかで分岐してしまったのだろうか。だけどそれらしい選択肢なんかなかったはずだ。訳の分からない幕切れに呆気にとられた私たちは、明日皆にこの話をしてみようという結論に至る。動機となるといわれていたゲームに手を出してしまった以上、黙っているわけにはいかないという共通認識を抱いているのは心強かった。








 翌日皆が集まった朝食の場は、いつも通りに和やかなものだった。もう既に誰かがゲームをしているのではと思っていたけれど、普段と様子が違うような人なんて誰一人いない。穏やかな日常風景に、あんな血生臭いゲームの話題を出すのは憚られてしまった。



「唯吹、ライブやってたんすけど、あまりの盛り上がりにテンション上がりまくりでドーパミンぶっしゃー! だったのに気が付いたらお客さんがみんな魚になってたんすよ! ぴちぴち跳ねてて夢なのに生臭くてやばかったっす! というわけで唯吹の今朝の朝食は魚なんすよ!」

「生臭かったから避けるんじゃないんだね……」



 唯吹ちゃんの言葉に千秋ちゃんと並んで相槌を打ちながら、ちらりと日向くんの座ったテーブルを盗み見た。彼は左右田くんと田中くんの三人で会話をしていたけれど、表情から察するに彼もまた、ゲームの内容について尋ねているわけではなさそうだった。








「聞ける雰囲気でもなかったな」



 レストランで朝食を済ませた皆が外に出て行って二人きりになった途端、日向くんはぼやくように言った。狛枝くんに持っていくトーストを焼いている間にサラダを盛りつけていた私は、目線を動かさずに「そうだねえ……」と曖昧な返事をする。手元に意識を割いていなければプチトマトを落としてしまいそうだったのだ。日向くんは椅子に座ったまま、私の様子を見ている。



「なぁそれ、また狛枝のところに持っていくのか?」

「うん。そうだよ」

「お前、良くあんなやつにそこまでしてやる気になるな」



 日向くんの呆れたような言葉に、ふと、似たような声音で話をする真昼ちゃんを思い出した。今朝、彼女はレストランに現れなかった。終里さんがホテルの前で会ったときは、「一人になりたい」という旨のことを言っていたみたいだけど、具合でも悪いのだろうか。思ったけれど、日向くんに話を振ってみようと喉元まで出かけた「あの」は結局吐き出されることのないまま終わった。



「じゃあ、俺もコテージに戻るか。狛枝に変なことされないようにしろよ」

「えっ大丈夫だよ縛られてるんだし」

「それでもだ。手足が動かせなくたって口が開いてれば、いくらでも余計なことを言われるぞ」

「そ……そんなことは……」



 ないよ、そう言おうとしたところで、トースターから甲高い金属音が鳴る。慌てて焼けた食パンを取り出してお皿に乗せる頃には、日向くんは既に一階へと降り始めていた。 何となくもやもやとした思いを抱えながらお皿をトレイに並べる。
 いつまでも狛枝くんを閉じ込めていたって、結局臭いものに蓋をして現実から目を背けているだけで、何の解決にもならない。だけど皆に意見を言うだけの度胸も、説き伏せる話術もない私の考えは、説得力の欠片もない綺麗ごとに過ぎないと、きちんと理解していた。
 ため息を吐きながら外に続く階段を降りていると、不意に名前を呼ばれて顔をあげる。



さん!」



 プール際から走ってきた超高校級の王女のソニアさんは、桃色に染まった頬で「ここで会ったが百年目、ですわ!」と私にとびきりの笑顔を浮かべた。








「で、どうだったの?」



 プチトマトをフォークに刺した瞬間、狛枝くんが尋ねる。皮が弾けて、お皿に汁が飛び散った。「どうって何が?」とぼけてみせても無駄だということくらい分かっているけれど、素直に答えるのはどうにも癪だ。狛枝くんはそういう私の考えすらも見透かしているように、小さく笑った。



「やだなぁ、例のゲームだよ。やってみたんでしょ?」



 言葉に詰まって目を逸らす。ここまでバレているのだから、黙っていたって無駄だ。観念してため息を吐く。



「……ゲームオーバーになりました」

「ははっ、本当に? まあそう簡単にクリアできるようなゲームをモノクマが作るわけがないか」



 そう言われてみればと納得していると、狛枝くんは「ところで」と言いながら突然私の顔を覗き込むので、心臓がびくりと跳ねてしまう。



「何だか今日のさんは顔色がいいね? 何か良いことでもあった?」



 瞬間、十神くんの姿が頭を過ぎる。宝物を入れた大切な箱に、無遠慮に足を置かれたようだった。悟られまいと私はぎこちなく彼から目を逸らして、無理やりその口の中にトマトを押し込む。実はね、昨日やっと前を向けたんだ、なんて、あの殺人を引き起こした狛枝くんに言えるわけがない。私は狛枝くんが黙って咀嚼している間思考を重ねた。上手く話を変えたかった。



「そういえば私、午後から出掛けるんだ」



 私にしては上手く話をそらせたように思う。やっとトマトを呑みこんだ狛枝くんが、「えっ? どこに?」と意外な食いつきを見せてくれたので、内心ほっとした。



「海に行くの。ソニアさんに誘われたんだ。女の子だけで親睦を深めようって」



 この島に来たばかりの時に居た砂浜ではなくて、二つ目の島にあるプライベートビーチの方でだけど、と付け足すと、狛枝くんはそうなんだ、と興味深そうに呟いた。あそこはシャワールームが壊れてしまっているものの、綺麗なビーチハウスもあるし、女子だけで過ごすには打ってつけだろう。想像するだけでわくわくしてくるけれど、そういう感情を表に出すのもここから出られない彼に申し訳ないように思えて、なるべく淡々と説明した。
 こうしていると、縛られているのはともかくとして、狛枝くんはとても普通の人に見えた。今の彼は、初めてまともに会話をしたあのときと雰囲気が良く似ている。根底にあるのが、あの深い海のような、常人には到底理解しがたい底抜けの愛だと知っていても、私は普段の狛枝くんが纏う穏やかな空気を嫌いにはなれなかった。



さん」



 彼は、これから起きる出来事を予見していたのだろうか。考えなしにいた私を哀れに思っていたのだろうか。狛枝くんはその両手をしっかりと後ろ手に結ばれたまま、静かに笑みを浮かべた。



「楽しんでおいで」



 その影に色んなものを隠した目をしていた。分かっているのに、やっぱり馬鹿なのかな。私は、まだ狛枝くんに見惚れてしまうのだ。初めて彼を見た時から、ずっとその姿を目で追ってしまう。
 私がこうして持て余すほどの感情を抱えているその瞬間も、彼は、悟っていたのだろうか。



「また後で」



 その言葉通り、私たちは数時間後に再会する。ここではない、別の場所で。


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