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 ジャバウォック公園には、島に来たばかりの頃十神くんが発見したカウントダウンを続ける謎の球体の他に、巨大なモニターとゲームセンターで見かけるような機械が一つ不自然に置かれていた。あれは筐体というのだと千秋ちゃんが興奮気味に教えてくれたが、こんなものは最近までなかったはずだった。
 その時点で薄々嫌な予感はしていたけれど、そういう感覚は的中してしまうものだ。その筐体とやらに自作のゲームを仕込んだと言うモノクマは、それこそが次のコロシアイに繋がる新しい動機になるのだと自信満々に宣言してみせた。どうやらそこには私たちの過去に関する情報が組み込まれているらしい。さすがに怪しすぎる。一体誰が好き好んでそんなものに触ると言うのか。そう思いかけて、我に返る。そういう一方的な決めつけは良くないと、私は花村くんの件で学んだばかりなのだ。
実際、プレイすればわかることだと言い残してモノクマが消えた後、そのゲームをやるかやらないかで私たちの意見は別れてしまった。



「やっといたほうが先手を打てるだろーが」



 そう吐き捨てるように言ったのは、九頭龍くんだ。彼は普段から人を突き放すようなことを平気で口にする。動揺する私たちに構わず、彼はそのまま背を向けるとさっさと立ち去ってしまった。一方で罪木さんもまた彼に同意するような言動をしてみせたからその場の空気は最悪だ。
 私たちは一丸にはなれない。それをモノクマに浮き彫りにされてしまった以上、どうしても狛枝くんの居る旧館に戻る気にはなれなかった。こんな浮かない顔をして彼の前に行こうものなら、間違いなく何があったかを聞かれてしまう。それに耐えられる気がしなくて、私は迷いを振り切るように、皆と一緒にコテージへ戻った。きっと精神的にも肉体的にも疲労していたのだろう。その日の夜は、新しい動機について思い悩んでいたのかが疑わしいほどに良く眠れた。








 余程疲れていたのか、翌朝は寝坊してしまった。狛枝くんに食事を届けに行かなければならないことを思い出して、慌ててベッドから飛び起きる。そうしながらも、彼に尽くすことが染みついてしまっているような自分自身にぞっとした。一食くらい抜いたってそうそう死なないだろうと思う自分と、そんな考えに至ったこと自体を叱咤する自分が同時に存在するのだった。
 身支度を整えてホテルへと向かう道中、ちょうど二階のレストランから階段を降りてきた真昼ちゃんと出くわした。目が合って挨拶をしかけた瞬間、真昼ちゃんは突然、「ごめんね、アタシ気が付かなくて!」と私に掴みかかる勢いで私に詰め寄る。驚いて後ずさりをしかけた私の手の平を、真昼ちゃんが両手で包み込んだ。



「ご、ごめんって、なにが?」

「狛枝だよ狛枝! ちゃん、昨日あいつに食事運んでやってたんだって? ごめんね気が付いてたらアタシ、手伝ったのに」

「なんでそれ知ってるの?」



 尋ねながらも一瞬辺古山さんの顔が頭を過ぎる。けれど真昼ちゃんは思いもよらない人の名前を吐き出した。「狛枝から聞いたんだよ! ついさっき!」だから、息が止まった。



「今あいつに食事を持って行ったんだけど、あいつ何て言ったと思う? ご飯は苦手だからトーストにしてくれだよ? もうアタシも頭にきてさ、戻ってパンを焼いてるときに丁度日向が来てくれたから、あいつに押し付けてきたよ!」



 私は上手く言葉を出すことができなくて、固い表情のままいくつか相槌を打っていた。真昼ちゃんから吐き出される狛枝くんへの文句を聞きながら、ああ、そうか、じゃあもう、狛枝くんはご飯を食べているんだ、と、考える。私はどうやら彼のところに行く必要はないらしい。もやもやと胸の内側で黒い紐が絡まったような、妙な気分になった。この気持ちは一体何だろう。私の中で湧き上がる感情がちくちくとこの皮膚を刺していく。けれど、続けて吐き出された真昼ちゃんの言葉に私は意識を引き戻された。



「でも、ちゃんは良く狛枝にはパンって分かったね。あいつ、ため息交じりに『さんは言わなくてもパンを持ってきてくれたんだけどな』とか言ってたんだよ」



 偶然だ。そう思ったけれど、私は今日も無意識に、彼にトーストを持って行ってあげるつもりでいた。何となく引っかかるようなものを感じながらも「……狛枝くんって、パンが好きそうな顔してない?」と首を傾げれば、真昼ちゃんは眉を寄せて「ぜんっぜんわかんない」と首を振った。
 この後日寄子ちゃんと約束があるらしい真昼ちゃんの後ろ姿を見送って、私は重たい足取りでレストランへの階段を昇った。あんなに寝たのに、体に力が入らない。まだ昨日の疲れが取れていないのかもしれない。一段一段、自分のつま先をじっと見つめながら昇っていく。
 狛枝くんのことを考えないようにしても嫌でも彼に関することが溢れ出てくる。狛枝くんの手は、真昼ちゃんのすべすべの手とは違った。今日も縛られたままでしんどくないだろうか。そういうことばかり考えてしまう私は、常に彼に手を引っ張られているみたいだ。ため息を吐いた瞬間、私の背後で荒々しく扉が閉められる音がした。咄嗟に振り向くと、やけに険しい表情をした日向くんが旧館から出てきたところだったので、私は慌てて彼の名前を呼ぶ。



「日向くん!」



 目が合うよりも早く、今昇ってきた階段を駆け下りた。踏み外して転びそうになったけれど堪えて彼の元に行く。私に気が付いた日向くんは浮かべていた表情を押し込めて、苦笑を浮かべた。



「おいおい、大丈夫か? 罪木じゃないんだし、転ぶなよ」

「うん、その、ところでどうしたの? 狛枝くんと、何かあった?」



 旧館の方に目線を送りながらそう尋ねる私に、彼はたったそれだけで理解したのか、ああ、と曖昧に頷く。「別にお前が気にすることじゃない」そう冷静ぶって吐き出しながらも、その声には見えない棘がいくつも張り巡らされているようだった。思わず返答に詰まってしまう。狛枝くんのことだ。真昼ちゃんにしたように何かまた変なことを言って日向くんを怒らせたんだろう。
 日向くんと狛枝くんの二人は、この島に来たばかりの頃は仲が良さそうに見えた。よく一緒にいる姿を見かけたし、十神くんが殺害された事件の捜査でも、二人は一緒に行動していた。気が合うんだろう。屈託なく笑う二人を見てそう思っていた。けれど、だからこそあの狛枝くんの変貌に一番ショックを受けたのもまた、日向くんだったのかもしれない。
 日向くんはそれ以上私に何も話すことのないまま、コテージの方へと姿を消した。一人取り残された私は、散々迷って、思考を巡らせて、雁字搦めになってしまう。一度はレストランの方に向きかけた足を引き止めたのは、昨夜の狛枝くんの、弱々しい「いってらっしゃい」の声だ。
 私は彼の力なく横たわった姿を思い出して、結局、旧館の扉を開けた。


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