2



 現状に狼狽えるばかりだった私たちに、モノクマと名乗る正体不明の生物に対抗するため、そして何よりコロシアイを起こさないようにするため一丸とならなくてはならないと口にしたのは、超高校級の御曹司である十神白夜くんだった。
 お互いを信用できないまま疑心暗鬼に陥りやすいこんな状況下だからこそ、一人の犠牲者も出さないためにリーダーとなる人物が必要だと主張する彼は、いかなる時も常に人の上にいた自分こそがそれに相応しいと言い切る。その強引とも思えるやり口に、超高校級のカメラマンである小泉真昼ちゃんは分かりやすく反発していたけれど、他に相応しい人物がいるかと問われると答えに窮した。結局、超高校級の王女さまであるソニアさんの支持もあって、十神くんは私たちのリーダーになったのだった。








 各々に充てられたコテージを出ると、立派なレストランが備わったホテルがある。どういう仕組みなのかは分からないが、レストランに行けば食事は常時必要以上に用意されていた。これもモノクマ本人、或いはウサミ、いやモノミが裏で手を回しているのだろうか。何せ、モノクマの狙いは私たちの餓死ではなくコロシアイなのだから。
 あの夜、モノクマの準備したモノケモノとかいう機械によってボロ雑巾のようにその身体に穴をあけられたモノミは元の元気な姿で私たちの前に現れた。「大丈夫でちゅ! コロシアイなんかには、させまちぇん!」と高らかに宣言するも、モノクマとほとんど変わらない出で立ちの彼女に言われたところで説得力は欠片もない。そもそも、ぬいぐるみとは言えどうやって蘇ったのか。それ以外にも、彼女は大事なことを何一つ私たちと共有してはくれないのだ。結局モノクマの仲間なのではないかと疑わずにいる方が無理な話だ。
 あまり真剣に考えると熱が出そうになるから、私は努めて無心であるように意識しながらパンを齧る。モノクマが私たちの前に現れてから、既に二日が経っていた。
 だからと言ってこの状況に慣れるわけでもなく、何か決定的な事実が判明したわけでもない。私たちがこの島にどうやって連れて来られたのかは依然として謎のままで、このジャバウォック島に相変わらず住人はいない。さらにジャバウォック公園にはそれまでなかったはずの謎のカウントダウンを始めている球体のオブジェが忽然と現れており、その不気味さに私たちは益々混乱するばかりだった。



「ここまで大々的なことが行われている以上、この件には巨大な敵組織の思惑が絡んでくるはずだ。まずその敵の正体に繋がる手がかかりを探そう」



 リーダーになった十神くんがそう言ったのは、昨日のことだ。
 十神くんの指示に従って、もう一度島の探索をしようとした私に声をかけてきてくれたのは、真昼ちゃんだった。私は真昼ちゃんと一緒に島を歩き回った。南国の日差しは熱く、どんどん汗が出てくる。真昼ちゃんはフラフラの私を心配して、度々声をかけてくれた。



「大丈夫? 何か飲みにホテルに戻る?」

「ううん、まだ大丈夫」

「無理しちゃ駄目だからね? 熱中症になったら大変だよ。具合が悪くなったらすぐ言って」

「うん。ありがとう」



 時折カメラを構えて私やすれ違う子たちを写真に収めていく真昼ちゃんは、こんな状況でもどこか表情が穏やかだった。他の皆もモノクマが現れてコロシアイを命じてきた夜に比べると、随分とすっきりしたような表情でいる、と思う。日向くんたちは砂浜でココナッツを飲んでいたし、私も探索というよりはほぼ散歩をしているようなものだった。昨夜までの切迫感は、多少は安らいだ。それもこれも、十神くんが私たちまとめて、言葉で元気づけてくれているおかげなのだろう。



「あいつ、ちょっと癇に障るときもあるけどさ、やっぱりリーダーっぷりも板についてるよね」



 真昼ちゃんの言葉に、私も頷いたのだった。それが昨日の昼の話だ。
 だから昨日までならば、もしかしたらモノクマの言葉通りにはならず、上手くやっていけるかもしれないと誰もが思っていたと思う。コロシアイなんか起きずに、いつか島から脱出するための手段を手に入れて、私たちは無事に元の生活に戻れるのだと。だけどそう思っていた矢先に、わざわざ狙ってモノクマは爆弾を落としていくのだから神経が擦り減ってしまいそうだ。
 ため息を吐きながらも朝食を摂っていた私の隣の席に突然腰を下ろした十神くんは、むっちりとした逞しい足を組んでこちらに鋭い目線を送る。



「……はどう思う」



 唐突に尋ねられ、私は言葉に詰まり、パンを食べていた手を止めた。



「……ええと、どう思うって、昨日のこと?」

「それ以外に何がある。あとお前はもう少し美味そうに食べられないのか? 見ていて苛々する」

「えっ美味しいよ! ああでも、考え事をしてたからそう見えたのかな?」

「ならば良いが……ところでそのパンは何が挟まっているんだ。卵か? ハムか?」

「どっちも入ってるよ。塩加減がちょうど良いよ」

「フン、いかにも一般庶民が好みそうな具材だが、気になるな。同じものを持って来よう……いやちょっと待て、話がすり替わっているじゃないか貴様」

「あっほんとだね……」



 話をかえたのは十神くんのような気がするけれど。十神くんは文句を言いながら立ち上がって機敏にパンを持ってくると、再び私の隣に座った。黙って貪りつく彼を見ていると、食事のマナー云々は置いておくとして、無表情ながらも確かに美味しそうに食べるんだなあと感心してしまう。彼が食べ終わるまでの一分弱を無言で待つ。
 やがて「成程、庶民の味も悪くない」と十神くんが言った。口元にパンくずがついていたことを指摘するタイミングを失ってしまったのは「それで先ほどの件だが」と彼が切り出したためだ。



「先ほど……ああ、昨日の話だっけ?」

「ああそうだ。あのモノクマの話だ」



 昨夜のことを思い出す。探索を終えた私たちの前に再び現れたモノクマは「反吐が出ますなあ、仲間同士の絆とかいうやつは!」と文句を言いながら殺し合うための動機を与えたのだ。
 十神くんの眼鏡の奥の瞳がまっすぐ私へと向けられる。何だか居心地が悪くなるその視線から逃げるように、レスストラン内を見回した。数人の子たちが私たちと同じように朝食を摂っていたけれど、その顔色は昨日ほど芳しいとは言えなかった。
 モノクマ曰く、の話であるけれど。私たちは既に希望ヶ峰学園の生徒として数年在籍していたが、モノミによって記憶を奪われ、この島に連れて来られたそうなのだ。そしてこの中に仲間のふりをして私たちを陥れようとしている裏切り者がいるのだと。名指しされたモノミは、その場にいながらもそれをはっきりと否定はしなかった。むしろ、真実を指摘されて慌てていたようにすら見えたのだった。
 モノクマの話を切り捨てる材料はどこにもない。希望ヶ峰学園に足を踏み入れた際に感じた眩暈は、そこが記憶の結合点であったせいだ、と言われて、私の質の良くない脳みそは既に思考を停止していたのだけれど、そのせいもあってかむしろ私は、モノクマの言う記憶喪失が実際にこの身に起きていないとはっきりと否定できずにいた。だってそれが真実だと仮定してしまえば、私たちが疑問に思っていたことのいくつかが証明されてしまうのだ。



「お互いの本性を何も知らないくせに」



 モノクマの言葉がずしりと重く自身にのしかかる。本当は胃が痛い。頭も痛いしこの島の暑さにはまだ慣れない。逃げたいし怖いし、コロシアイがいつ起きるのか、怯えている。裏切り者って誰だろう。今もこの体に纏わりつく呪いのような言葉を振り払うように、私は小さく首を振った。モノクマによって提示された動機は、私以外の誰かの頬を打ったのか。



「学園生活の記憶を戻してやるから殺しあえっていうのは、どうなんだろう、とは思うよ」



 呟いた言葉に、十神くんは小さく頷くだけだったので、私はそのまま続ける。ほとんど自分自身に言い聞かせるようだと、自分でも思った。



「モノクマの、私たちが記憶を失っているっていう話が事実だったとして、その数年の記憶と殺人を犯すことを天秤にかけたとき、私はそれがどんなに大事な記憶だったとしても、……やっぱり人を殺すっていうのは、違うと思う」



 それは紛れもない自分の喉から出た言葉だったけれど、同時に願いでもあったのだ。どうか、どうか私以外の皆もそう考えてくれていますようにと言う、切実な。



「……成程な」



 十神くんは短く言うと、椅子から立ち上がる。あ、変なこと言っちゃったかな、と心配になって彼の表情を窺うと、彼は鼻で笑って私を見下ろした。



「まあ思ったより真面目に考えてはいるようじゃないか。ちなみに、俺も同意見だ」



 眼鏡の奥の瞳が、僅かに細められるのを、私は声も出せずに見つめている。



「全員が、のように考えていてくれたらいいんだがな」



 その言葉が吐き出されたとき、それがどれだけの力を持って私の背骨を支えてくれたかを、彼はきっと知らない。
 十神くんは私に背を向け「今夜のパーティ、遅れることのないようにな」と言い残すと、巨体を感じさせない足取りでレストランを後にした。



「あ、十神くん!」



 咄嗟に彼の名を呼んだけれど、左右田くん曰く「動ける方のデブ」の彼の姿は既に階段の下へ消えていった後だ。口元にパンくずがついたままであることを、伝えそびれてしまった。
 気が付けば随分と人が減っていたレストランを再び見回した。朝食の前に決まったことだけれど、今夜はホテルの旧館で夜通しパーティを行うことになっていた。親睦を深め結束を強めるためだと、十神くんが提案してくれたのだ。
 十神くんは、頼りになる。この底のない不安も恐怖も、溶かしてくれる。それくらいのリーダーシップを彼は持ち合わせていた。



「俺が誰一人死なせはしない」



 昨夜モノクマに動機を与えられた直後、十神くんが口にしたその一言に、私は救われた。今だってそうだ。
 十神くんに自分の考えを肯定してもらえたおかげなのか、さっきまで確かにお腹の底にこびりついていた言いようのない不安が随分と削れているような気がした。殺し合いなんか起きない。皆そんなこと考えるような人じゃない。例え動機があったとしても。言い聞かせるようにそう思う。今夜はパーティだ。そこでまた改めて一致団結したって遅くない。
 そういえば、パーティ会場の掃除をすることになったあの人は一人で大変な思いをしていないだろうか。私は食器を片づけると、そっとレストランを後にした。


PREV BACK NEXT