act02.白銀つむぎ





「ほんと、勘弁してよね」



 パソコンの画面に浮かぶ明らかな彼女の文句に、わたしは閉口する。
 読み終わると同時に勝手に文字化けしていくこのメッセージのやり取りを誰かに見られることはこっちの世界ではありえないことだけれど、ありえないことがありえてしまうのがダンガンロンパだ。実際、前回のV2ではこのやり取りが天海君たちに見つかってしまったから首謀者の存在がばれてしまった。ここまでではないけれど、あのときだってそれなりのロックはされてあったのに。
 あっという間に記号だらけになってしまう画面を見逃さないように、瞬きの回数を意識的に減らす。



「だって、仕方ないよ。赤松さんったらあんな博打みたいな殺し方するんだもん。あの砲丸が狙い通りに当たるほうが難しいって思わない?」



 パソコンの向こうにいる彼女が責めていることは十中八九先ほどの事件のことだ。でも、ああする他になかった。あそこで天海君が死んでくれなければ、ダンガンロンパV3は早々に終了してしまうことになったかもしれないのだから。机の上に置いた生存者特典のパッドには、彼の血がべったりとついている。
 誰もコロシアイを始めようとしないからとタイムリミットまで設定したのに、事件が起きる気配はなかった。そんな中、唯一首謀者を殺そうと目論んでいたのは赤松さんだ。行動力のある子がいてくれて助かった。ついでに言うと、彼女がさっさとリタイアしてくれたのもラッキーだ。あの子は団結だの、友達だのと、結構、面倒くさい。
 まあ、最終的には邪魔であることには変わらないけど、贅沢を言うならば前回の生存者である天海君にはもう少し生き延びてもらいたかった。何といったって、彼には随分と手間をかけさせられたのだから。



「それにしたってやり過ぎだって。あんたが好き放題するから編集めちゃくちゃ大変だった。編集班に謝っておいてよね。ただでさえ世界の構築が追いついてないってのに」

「乃木ちゃん。代わりに謝っておいてくれる?」

「もう謝ったって」



 彼女が怒っているのはわたしの行動それ自体ではなく、その結果生じた不都合の方らしい。わたしは心の中でこっそり舌を出す。
 乃木ちゃんは前回のダンガンロンパV2で首謀者として仮想世界に潜り込んでいた、チームダンガンロンパの同期だ。わたしと同じくらいダンガンロンパを愛しているけれど、感受性が少し強すぎるのが欠点と言えば欠点。仕事仲間に対する小言が多いのもマイナスポイント。とんでもない発言も多いけど、上司からはそれなりに評価されているし、わたしも好意を持っている。わたしが親しみを込めて苗字にちゃんを付けて呼ぶのは、三次元では彼女くらいだ。
 V2で天海君という逸材を輝かせた乃木ちゃんは、今作ではわたしとの連絡役とモノクマの操作を任されている。前回天海君と共におしおきされるに至った彼女こそが今回も首謀者となっても良かったのかもしれないけれど、それでは新鮮味がないからと彼女が私に押し付けたのだ。それにモノクマ、やってみたかったんだよね。と笑う彼女は、驚くくらいにモノクマ役が板についている。



「でも、こっちだってびっくりしたんだよ。まさか最初にあんなミスしでかすなんて思ってなかった」

「仕方ないじゃん、技術班のミスだって」

「だからって才能の定着を忘れる? ほんと、あのときは焦りすぎて残機がいくつ減ったか!って感じだったよ……」

「天海に関してはV2終了時のデータを引き継ぎしてあったけど、他の子たちは初期設定の状態で放り込んじゃったもんねえ」



 だからこそ天海君はこれがコロシアイであることを即座に見抜き、「誰がこんな趣味の悪いことを」と警戒した様子を見せていたのだ。あれがもう少し長く続いたら危なかったかもしれない。いくら他の子たちが、こちらが設定した初期状態であったとしても、天海君に上手く言いくるめられてしまえばゲームを壊されていた可能性だってある。せっかくあんなに手をかけて、皆が作ったアバターに合うようなキャラクターを作ってあげたのだ。こちらの思い通りに動いてくれなければ困る。
 疑心暗鬼のコロシアイは、超高校級と言う才能を持つみんなだからこそより一層輝く。希望と絶望を、見ている人達に与えることができる。だから、どんどん殺して、どんどん疑ってほしい。どんどん傷ついて、どんどん強くなって、どんどん絶望してほしい。だってそれが皆の愛するダンガンロンパなのだから。
 とは言え私が「超高校級のコスプレイヤー」である以上、犯人のコスプレをして殺人を犯したのではないか、と事件のたびに疑われては、マンネリ化は免れない。「この世界におけるフィクションキャラクター」のコスプレしかできないという設定を追加したのは、それを避けるためだ。
 外の世界から見た彼らはフィクションキャラであっても、こちらの世界にいる以上は実際に生きた人間として括られる。案の定、真っ先に赤松さんのコスプレをすることで蕁麻疹が出る様子を見せることになってしまったが、これで以降同じように疑われることはないだろう。



「まあ、あのハプニングもあれはあれで面白かったし、新しかったよね。不幸中の幸いでさ、評判も良かったんだよ」

「そうなの?」



 彼女の言葉に、大型掲示板の盛り上がりが実際にこの目で見たかのように浮かんだ。あの展開はチームダンガンロンパの粋な計らい。あえて才能がない状態を見せたんだ。いや、マジでミスではないか。だったらうける。大体こんな感じだろう。
 才能が定着する前のアバターが初期設定のままに学園に現れたことも、進んでいない世界の構築も、ダンガンロンパを盛り上げるエッセンス。と言いたいところではあるが、実際はそうではない。
 自分が打った文字が次々と歪んで化けていく。このシステムを作ったのは技術班だし、彼らにはいろんな面でお世話になっている。ダンガンロンパを愛する優秀な人材が揃っているのだ。だからこそ番組開始早々、出演者のアバター以外の情報を転送し忘れるなんていう痛恨のミスをするようには思えなかった。だが、あれは本当に誰も予期していなかったミスだ。優秀な技術班たちによる、一歩間違えれば取り返しがつかなかった失態。原因がどこにあるのかは明白だ。



「白銀が天海に固執してるからだよ」



 見透かすように、パソコンの中の彼女は言った。



「本人が出たくないって言ってるのに、無理して使おうとするから。生存者特典のパッドとかご丁寧に準備しなきゃだわ、あいつの仕事に合わせて日程前倒しにするわで、技術班は始まる前からてんやわんや。世界の構築も同時進行。だからあんな、記憶の定着忘れなんていうありえないミスしたんだって」



 他人に指摘されると、言い訳の仕様もないことを思い知らされる。私は自然と唇を尖らせた。



「……でも、天海君がいるからこそ盛り上がってるんだよね?」

「まあね、それはご苦労様。最後まで粘った白銀のお手柄だよ。掴みは勿論、あの天海が最初に死ぬなんてあまり予想されてなかったし。出落ちザマアって層と、天海クンが死んじゃって残念~って層とで真っ二つ。死んだ本人は、目が覚めてもケロっとしてたけど」

「天海君本人は、ひょっとして殺したのは赤松さんじゃなくてわたしだって気づいてた?」

「そりゃ、あの状況なら気づいてるんじゃないの。っても私がリタイア後のケアをしたわけじゃないから、詳しくは分からないなあ。でもま、契約書通り、ダンガンロンパのことは他言無用。例えルール無視の裁判だったところで、あいつはどこにも漏らせないよ」



 見てもいないのに、仮想空間から目を覚ましても表情の一つも変えない天海蘭太郎の姿が浮かぶ。
 彼は、収録が数日で済んで良かったと胸を撫で下ろしているだろうか。それとも活躍できなかったことを悔しがっているだろうか。彼の顔を浮かべることはできても、彼が何を考えて、今回の件をどう捉えているのかを察することは出来そうもない。わたしは「天海蘭太郎」というキャラクターを見ていただけで、生身の彼のことを見てきたわけではないのだから。
 むしろ、天海君のことだったら、一緒にコロシアイ生活を送り続けた乃木ちゃんの方がきっと詳しい。そう思ったけれど、彼女の方もそれ以上天海君については言及しようとしなかった。チームダンガンロンパは、出演者をキャラクターとしてしか見ていない。
 地下の隠し部屋は電気をつけても薄暗くて、やり取りが長引くと目が疲れる。夜時間の今、私の姿が見えなくても誰かに不審がられる心配もないけれど、そろそろ部屋に戻った方がいいだろう。
 それは同じように「首謀者」を演じた彼女も良く分かっているはずだ。だけどそれが分かっていても、乃木ちゃんはわたしに伝えたいことがあるらしい。メッセージのやり取りはまだ続く。



「天海を使う。使わない。やっぱり使おう。でも打診は断られた。新堂は入院中で、も返事は芳しくない。だったらいっそあのときのおしおきだと称すれば天海も断らないのでは、なんて色々やってたおかげで、今回はいつもより大所帯になっちゃったね」



 今回は、彼女の言うとおり、天海君が出演しなかったときの保険として一人だけ多く出演者を抑えておいた。結局天海君はギリギリになって参加することを「快諾」してくれたけれど、そこからV3の収録予定日も前倒しすることになるという急展開に、一人削るための会議が出来なかった。
 さらに今回の売りとして、「視聴者特別参加型」の特別アバターが準備されている。視聴者のアンケートを受けて行動するキャラクターだ。あれを削るわけにもいかない。首謀者としてわたしが入ることも含めたら、十七人。
 だけど、そこから直前になってさらに一人増えることになってしまった。大金を積まれ、直前になって捻じ込まれた存在。まあ結果あの大企業にスポンサーにまでなってもらったから、文句は言えないけれど。
 ダンガンロンパV3は、男子九名、女子九名の十八人の出演者という未だかつてない大所帯で行われることになる。
 普段のダンガンロンパよりも準備期間は短い上に、天海君を使った故の期待も大きい。アンケートを反映して行動する特別なアバターも存在し、その上さらに参加人数が二人も多いとなれば、チームダンガンロンパは勿論首謀者の負担も増える。



「色んな事が起きると思うよ。ただでさえ、一般人のくせにあんたと天海以外にも見た目は本来の、生身の自分のままで入りたいなんていうレアなやつがいたくらいだもん。……なんか、ダンガンロンパミリしらっぽいズレてるヤツもいたしね」



 言われて、私は肘をテーブルについて空を見上げた。目まぐるしくて、そんなことは忘れてしまっていたのだ。



「ああ、そういえばそうだったね。ほんとに珍しい」

「ま、でもなんとかなるよ。首謀者って大変だけど、こっちも外からフォローするしさ」



 首謀者としての苦悩を誰よりも分かっている親友は、私を労わるように、こう続けた。



「私たちの愛するダンガンロンパを、どうかよろしく。V3の首謀者さん」



 でも好き勝手するのは程々に。
 わたしが返事をする前に、そんな一文が送られてきて、画面は一方的に切断された。そうなると、このパソコンは徐々にテーブルに潜りこみ輪郭を奪われ一体化してしまう。起動するには、わたしの声での命令が必要だ。丁度、モノクマを生み出すときのように。
 乃木ちゃんは、この技術がなかったからV2で失敗した。首謀者であることを糾弾され、結果天海蘭太郎と共におしおきされた。あの時はみんな、自分が犠牲になるという英断を下した天海蘭太郎や、泣き叫ぶ少女の方に目が行っていたから、乃木ちゃんの表情なんてきっと誰も見ていなかっただろう。
 乃木ちゃんは、ダンガンロンパが大好きだ。飲みに行けば色んなキャラクターの話を生き生きと語ってくれる。一番好きなのはモノクマと言うだけあって、口があまり良くないけれど。
 そして彼女は感情が実に表に出やすい。だけどそれは、怒りや喜びとかの類で、わたしは嘗て、彼女が泣いた顔を見たことがなかった。乃木ちゃんには、喜怒哀楽の哀が欠如した女性だと、わたしは思っていたのだ。
 だけど、乃木ちゃんは自分のおしおきが決まったとき、一瞬だけ、泣き出しそうな顔をしていた。
 おしおきをされることへの恐怖でもなく、天海君たちへの恨みでもなく、外の世界との通信に使っていたパソコンが偶然超高校級の幸運であった新堂君の手により発見されることになってしまった不運への、行き場のない怒りでもなく、純粋な悲しみだけをあのときの彼女は背負っていた。
 彼女は彼女のダンガンロンパが終わってしまうことを、とても悲しく思っていたのだ。



「……うん、大丈夫だよ。わたしに任せて」



 もう起動されてもいない、視界にも残らないパソコンに向かって呟く。この声は無数のカメラを通して彼女へと届いているかもしれない。分からない。だけど、どうか見守っていてほしい。そう思う。わたしがあなたのダンガンロンパを引き継ごう。
 わたしたちのダンガンロンパは、永遠に不滅なのだ。
 血まみれのパッドに残された天海君の指の痕を見て、わたしは一人、目を細めた。


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