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どれだけ放って置いてるんだっけ。と尋ねれば、ミクちゃんは神妙な顔で「わからない」と首を振った。
「やばそうじゃない? キミの部屋」
「やばいよ、やばいから、見に行ってって何度もお願いしたじゃん」
「オレだって暇じゃないからね。何カ月も空けた他人の部屋の様子とか見に行きたくないよね」
「冷たい! うう……虫がいたらどうしよう」
「いないとでも思ってんの? ゴキブリジェット買っておいで」
「い、いやだ、買ったら負けだ……最初からいると認めた時点でそれはいるんだよ」
「じゃあ台所とかで発見しても、新聞紙とかスリッパで戦うんだよ」
「私が戦うの?」
「なんでオレが戦わなくちゃいけないわけ」
「彼氏でしょう?」
「え? オレって彼氏なの?」
「うそっ違うの」
退院当日、荷物をまとめながら彼女はオレの顔を驚愕の瞳で見つめている。
好きだとも付き合おうとも言った覚えはないが、彼女はどうしてこうもおめでたいのか。
長い黒髪をシュシュで一つに結んだだけの彼女は予想通りやっぱり一重で、可愛いというよりは綺麗と言うタイプの女の子だった。脚のラインが出るパンツを履いて、足元はぺたんこのサンダル。並んで歩くとオレの方が背が低いかもしれない、と思わないでもないくらいにスタイルのいい子で、別にオレじゃなくても、と思うのだが、雛鳥が産まれたばかりのときに見たものを親と刷り込まれるように、彼女もまたオレを親鳥か何かだと思っているのだろう。
オレは彼女がずっと眠り続けていたベッドに浅く腰掛ける。外は日差しが眩しく、今日も夏日だと言う。待ち続けているうちに、一つ年を取ってしまったなと、オレは薄く笑う。
不安そうな顔をする彼女に石動ミクの面影は一切ない。なのに、オレは時折彼女の中にあの子を見つける。それは勘違いでも幻でもない。これは傷の舐めあいなのだろうか。乃木がオレたちを見たら、「ほらね」と笑うだろうか。だけど、そんなのどうだっていいと、彼女の顔を見ていたら思えてきたのだから、オレも大概だ。
彼女を手招きして、隣に座らせた。その薄い耳たぶに唇を寄せる。息がかかるほどの距離で、彼女に囁く。
「じゃあもうミクちゃんって呼ぶの、やめてもいい?」
続けたその名前は、オレにとってまるで馴染みがない。
だけど勢いよく体を離した彼女の顔が酷く赤くて、オレは思わず笑った。可愛いな、と思った。だからきっと、もう大丈夫だ。
石動ミクはもういない。オレは彼女が作りだした海を二度と見ることはない。だけどそれでも世界が続いていくのなら、やっぱり、キミの分も、キミだったこの子と笑っていたいなと思うのだ。
鞄の中に突っ込んだままの猫のマスコットと目が合う。
梅雨の最中の夕暮れに、オレはキミとお別れをした。
あれがキミの命日だ。