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 百九番、○△○×です。
 ――動機ですか。ええと、結構前の話なんですけど、実は両親と姉が昔事件に巻き込まれてしまって……。あ、そう、それです。一人だけ助かったって、それが私です。そうですよね、当時はニュースでも良く取り上げられてましたもんね。
 ええ、だから……そう、単純なんですけど、もう、ずっと一人で、いろんなことが嫌になっちゃって。心配してくれる人はいないし、楽しいことがあっても、我に返ることが多くて。あ、この楽しいって感情を家に持って帰っても、私は一人だって。そしたら何もかも白々しく見えてきちゃうんですよ。
 鬱? ああ、どうなんだろ。当時はお医者さんに通ってましたけど、今は行ってないし。でも元気かっていうと、どうかな。わかんないです。あっ、そっか、わかんないって言っちゃだめですね。「心身ともに健康な成人済みの男女」じゃないとダメなんですもんね。えーと、じゃあ、鬱じゃないです。元気です!
 新しく大切な人を作るのって、労力がいるんだなっていうのは思いましたね。最初から他人を信頼することはできないし、あ、いい人なのかなって思って近づいても実際は何考えてるのか分からない。そう考えると家族って特別ですよね。私が何をやらかしても受け入れてくれる人なんて、もうこの世にいないんじゃないかなって思ったら、やっぱり辛いです。失うのは簡単なのに。
 一瞬で人は死ぬし、ボタン一つで呆気なく骨と灰になっちゃう。私にはもう両親も姉もいなくて、奪ったやつはもう塀の中で、死刑も確定していて……もう事件に関しては終わっていて、望むものなんてないはずなんですけど、やっぱり納得できないです。
 え? ああ……私が殺してやりたいって思ったことですか。……ありますよ。でも、実際無理だし、覚悟もないし、怖いし。え? だから仮想空間で人を殺すために出演を希望したのかって? まさか、ムリムリ、ムリですよ。私、多分殺されると思います。多分一番目とか、二番目とか。根がアホなんで。ほら、このアバターとか自分なりにすごい可愛さ詰め込んだつもりなんですけど、すぐ死にそうじゃないですか? 多分死亡予想では上位争いに食い込めますよ。
 なんて、前回そんな感じだったちゃんは最後まで生き残りましたもんね、ほんとダンガンロンパって面白いですよね、全然どうなるかわかんなくて。出てみたら私も意外と生き残ったり……しませんかね。長く楽しめるなら、そっちの方がいいんで。
 こんなこと言ったら志望動機が弱いってハネられちゃうかもしれないんですけど、でも、やっぱアホなんでそれらしい動機を準備できなかったんですよ、だからこれ、本音なんですけど。
 私ね、もう一回家族が欲しいんです。
 アバターだったら、それが叶うでしょう? だから、家族構成だけ、考えて来ちゃいました。現実と同じ、双子のお姉ちゃんがいる女の子。それがどんな最低な家族でもいい、それでもやっぱり、一人じゃないって夢が見たい。
 そのためだったら、一回くらい死んでもいいかなって思うんです。








 石動ミクだった少女は目を覚まさなかった。
 厳密に言うと、それは彼女だけではない。あのコロシアイを最後まで生き抜いた最原終一、春川魔姫、夢野秘密子の三人も、彼女と同じように眠り続けたままだった。
 チームダンガンロンパは「正式な処理を終えずにゲームが終了してしまったことの影響」だと説明していたが、例の契約書を理由に責任を負う気はないらしい。それぞれの家族に連絡を取り、天涯孤独の者には入院処置をすませた後、チームダンガンロンパは事実上消滅してしまった。オレが望んだダンガンロンパの終焉は、こうして最原ちゃんやキーボ達の手によって迎えることが出来たのだった。



「あーどうもどうも御無沙汰してます。元チームダンガンロンパの者ですが」



 突然かかってきた非通知の電話に、オレは眉を寄せる。名乗りはしなかったが、この話し方や声のトーンは、乃木で間違いないだろう。
 この前はどうも。ね、キミ、いつの間にかいなくなっちゃうんだもんびっくりしたよ、と、言いたいことをまくしたてるように彼女は言った。どうやらオレが声もかけずに帰ったことを不満に思っていたらしいが、あのときのチームダンガンロンパは本当の最終回を迎え阿鼻叫喚の地獄絵図だったのだから、仕方がない。



「でね、ちょっと話があるんだけど」



 大学に向かう道中だった。
 その頃にはダンガンロンパに生身で出演したオレに対する周囲の好奇の目と言うのもやや収まっており、何の変装もしていなくても、見知らぬ人間から声をかけられるようなことは一度もなかった。今時アバターを利用せずにあの番組に出演するとは誰も思っていないらしい。元々の友人は面白がってくれたようだが、オレが「仮想空間内のことってあんまり覚えてないんだよねー。そういうもんなのかな? 残念だけど」と吐いた嘘をそのまま信じるおめでたい連中ばかりだった。
 周囲の人間のダンガンロンパへの熱は、世間のそれと同じように急速に失われていった。これが外の世界の総意、そう思うと、直接終わらせたのがオレではなかったとしても、多少は溜飲が下がる。
 ダンガンロンパが終わりを迎えて二週間。自分の中でも、ようやく整理がついてきたところだったのだ。



「…………というわけだから、後はご自由に」

「いやいや、ご自由にって言われてもさあ」



 電話の主は、石動ミクの症状と入院する病院名を口早に伝えたのち、さっさと通話を終えようとしたため、咄嗟に声を出す。伝えられた病院が、ここから二駅離れただけの近所だと言うのも何だか偶然のように思えない。



「なんでそんなことオレに言うわけ? 個人情報だし、そもそも彼女とは」

「まぁ行くも行かないも自由だよ。ほら、ダンガンロンパも終わっちゃったし、私もものすごく残念なんだけど、もうあれとは関係ないからさ。それに、キミには少し厳しくし過ぎたかなって思ったしね、サービスサービス」

「厳しく?」



 彼女はわざとらしくうぷぷ、と笑うと、「キミの裁判のときに、キミに首謀者を乗っ取られたのが気に食わなくて、ちょっと最原クンたちに有利になるような言動をとりすぎたかなって、反省してるんだ」と明るい声で言ってのけた。
 その言葉にこめかみを抑える。歩いているのが面倒になってきて、いつもは通り抜けるだけの森林公園のベンチに腰を下ろした。「なるほどね」そう呟きながらつま先を見下ろす。白いスニーカーのつま先は、雨上がりの土で汚れている。



「要するに、キミがモノクマなわけか」

「うぷぷ、正解。ボクがモノクマだよ。正式には、だった、だけどね。今は絶賛求職中」

「で、優しい元モノクマは、オレに余計なお節介をしてくるんだね」

「余計かな? キミ、彼女のことお気に入りだったでしょ?」

「面白いこと言うね。でも、例えそうだったとしてもさ、彼女はオレと違ってアバターだったんでしょ? だったらそこにいるのは石動ミクじゃないよね」

「まあ、そうだけどさあ」



 モノクマの真似に飽きてしまったのか、乃木は声のトーンを突然低くした。



「あの子、家族いないんだよ。目を覚ましても一人ぼっちって可哀想じゃない?」

「へぇ、天涯孤独? それは可哀想だね。でも、オレはダンガンロンパに望んで出るような子とは関わりたくないよ」

「ああーそれ言っちゃう? じゃあついでに彼女の動機もサービスしちゃおっかな~」



 余計なことを。そう吐きだした言葉は、彼女には届かない。通話が切られたのだ。オレはスマホを持ったまま舌打ちをする。ベンチから立ち上がりかけた瞬間、しかし、手にしたままのそれはもう一度震えた。知らない連絡先から送られてきた一通のメールには、動画ファイルが添付されている。オレはそれとしばし見つめ合う。



「……あーあ」



 逡巡の末にタップした先、そこに映っていたのは、紛れもなく、オレの良く知る「石動ミク」だった。



「百九番、○△○×です」



 ダンガンロンパの面接は自分が作成したアバターで行われる。しかし、記憶が作られていない以上中身は全くの別人だ。いや、厳密に言えばこの時点では外見が別人で中身は本人、と言った方が正確なのかもしれないが、本来の彼女を知らないオレから言わせてもらえばこの百九番の女の子の中身は石動ミクとは別人と言って差し支えないだろう。
 百九番は、正直に身の上話を始めた。家族を奪われたこと、死刑を宣告されたとしても、それでも犯人を恨んでいること。同情してほしいと言うには、どこか淡々としていた。だけどその表情が、家族の死を受け入れていないことを告げる。眉間の皺、自嘲気味な微笑み、覚えがあると思ったのは、彼女があの学園で宗教狂いの母を思い出したときのそれに酷似していたからだ。



「私ね、もう一回家族がほしいんです」



 ダンガンロンパに出演したいと思う連中なんて、人を殺してみたいと思うような頭の悪いやつらばかりだと思っていた。ダンガンロンパに、そこに登場するキャラクターたちに憧れていて、現実に飽きていて、刺激が欲しくて、公開されていない優勝賞金に夢を描いて、だからオレはあれが嫌いだった。
 アバターだったら、それが叶うでしょう? その声が、微かに震えていたことを知る。



「どんな最低な家族でもいい、それでもやっぱり、一人じゃないって夢が見たい」



 人を殺して、殺されて、生を実感して、ある意味二次元の住人になれる。自分だった何者かはいつまでも誰かの記憶に残る。現実世界には何の影響も及ぼさないのは、連中がアバターを作り上げるからだ。度胸のない掃き溜めの連中の欲望を集結させた、腐臭のする番組、それがダンガンロンパ。オレは、そう思っていたし、今だって。
 スマホを握る指先に、自然に力が込められる。戦慄いているのは何故だったのか。腹の底から込みあげてくる何かを吐きだすための手のひらはここにはない。喉の奥から、涙に変換し損ねた、乾いた笑いが漏れる。



「そのためだったら、一回くらい死んでもいいかなって思うんです」



 石動ミクの顔で、声で、彼女はそう言った。
 オレはベンチから立ちあがると、今歩いてきた道を戻り駅へと向かう。動画を送りつけてきた相手に、「石動ミクの本名は」とメールをした。返事はすぐに帰ってきた。珍しい苗字に、オレは三年前起きた惨殺事件を連想してしまう。口の中が苦い。水たまりが跳ねるのも構わず、駆ける。
 馬鹿だな、あの子は。
 だったら早く死んでおけばよかったんだ。例えその先で現実に打ちひしがれることになっても、一人になっても。他の奴らみたいに、いい思い出になったなんて自身に虚勢を張って生きるべきだった。
 或いは、あんな馬鹿げたコロシアイに夢を見る前に、オレみたいなやつに会っていれば。キミの人生を少しだけ彩ることのできる、つまらなくないやつに。
 そしたらキミは今頃、現実の世界で笑っていたか。








 大病院の一人部屋。彼女はそこで眠っていた。
 白い壁、点滴の管、黒く長い髪は癖がない。頬が少しこけ、手指も睫毛の先も動くことのないその少女は、そうしていると、死んでいるようだった。
 石動ミクとは、似ても似つかない。だけど、彼女こそがそうだった。きっと開いたこの目は一重で、笑顔だってぎこちない。
 オレは、身体の上に組まれたその手のひらに自分のそれを重ねた。ひやりと冷たかった。まるで知らない人間なのに、なぜか、込みあげてくるものがあって俯いた。



「……ブス」



 呟いた虚言は、低く、掠れる。








 キーボはどこにもいなかったんだって。
 私たちは自分で望んでこのコロシアイを始めたんだって。
 キーボの内なる声はアンケートだったんだって、私の傍に居てくれたのも全部「外の世界の人たち」の意志なんだって。私がキーボに気にかけて貰えているように思えたのは、つまりそれは外の人たちのアンケート結果によるもので、「つまり、あなたは視聴者に大人気だった! ってことだよ!」と白銀さんが笑ったのを、私はどんなに細かく刻んでも、飲み下せる気がしなかった。
 春川さんの百田くんへの想いも、茶柱さんが夢野さんを守ってくれたのも、全部設定なんだと彼女は言った。ならば私もそうだ。私のキーボへの想いも、ただの。



「そう、石動さんを愛してくれた視聴者へのファンサだよ!」



 白銀さんが心を読むように先回りして言うから、私はもうどうしたらいいかわからなかった。これが絶望なのだと思った。
 それでも私は「ダンガンロンパ」を終わらせたいと思った。最原くんや春川さん、夢野さん、キーボ、死んでいった皆のおかげで、私はようやく、自分が何かに縋りつかずともこの足で立てると思えた。命を使うのが怖くなかったとは言えない。それすらも設定なのかもしれない。だけど、そういう設定だったとしても、キーボを好きになれて良かったと、才囚学園の破壊のために空を飛んだキーボを見上げて思った。
 崩れていく才囚学園の壁を背に、震える夢野さんに制服の裾を掴まれながら、私は光になる彼を見上げる。星のようだった。
 不思議なことに、キーボに全てを壊されることは、何も怖くなかった。設定だと言われても、ファンサービスの一環だったとしても、私にはこの思いが嘘だなんて思えなかった。
 初めてこの才終学園で目が覚めた瞬間、安堵したような笑みを浮かべてくれた。背中を撫でてくれた、渡されたマスコットを不思議そうな顔で見つめていた。吐いても泣いても汚いなんて言わなかった。みんなのために頑張るあなたをずっと見ていた。あなたはたくさんのことを、学んだ。理解しようとしていた。私には、あなたはちょっと不器用な男の子にしか見えなかったのだ。たとえ、この感情を受け入れてもらえなかったとしても。
 咽びそうになったけれど、それでももうこの背中にあの鋼鉄の手が添えられることは二度とない。才囚学園は終わる。一片の悲しみは、瓦礫になってこのまま潰えてくれるだろう。
 だからさよなら。



「さよならキーボ」



 呟いた瞬間、目の前が暗くなった。崩れ落ちた外壁に、私たち四人は呆気なく潰された。








 喜怒哀楽の感情が誰よりも色濃いあなたの傍にいることで、ボクは人間を学習してきました。
 だけど、学習は必ずしも理解に繋がるわけではないのですね。ボクは結局、何も分かりませんでした。
 あなたが何をしたら喜ぶのか、怒るのか、悲しむのか笑うのか、そういったことを判断できたのは、データの蓄積によるものです。だから、あなたのことなんか、本当はちっとも理解できなかった。
 あなたが作ってくれた犬のマスコットは、やっぱり、寄宿舎の部屋に埃を被って転がっています。薄情だと言われるのでしょう。だけど、そう言われる予測はできても、ボクには本質的には、その言葉の意味を理解できないのです。
 あなたの傍に居るのは勉強になりましたが、反面、とても疲れました。あなたと自分の差異を明らかにされる度に、お前はロボットだと指をさされているような気になったのです。それでも同じものを見ていると思いたかった。同じ目線に立っていると信じたかった。
 だけどあなたが作った青い布を、王馬クンは、酷く優しい顔で見つめていたんです。ボクは、それが理解できませんでした。あれはあなたにとって、王馬クンにとって、一体何であったのか、ボクは今でもわかりません。
 ボクが理解できない塊の、その先にあの布を作り出すあなたが居ました。欲を言うのなら、もう少しだけ、あなたを学びたかった。そしたら何かがわかったかもしれないから。
 だけどお別れです。ボクはこの才囚学園を破壊して、すべてを終わらせます。それが外の世界の意志なのです。
 ボクの意志はどこにあったのでしょうね。どこにもなかったと言うのなら、この記憶は、あなたの真似をして作り上げた、人間が想いと呼ぶ何かは、全てが終わった後霧散して消えるのでしょう。ボクはボクをも破壊するのでしょう。
 だけど、外の世界は同時にあなたたちの生存を望みました。
 これはボクの意志ではありません。分かっているのに、ボクはあなたに、どうか生きてほしいと、思うのです。
 生きてください、石動さん。どんなに現実に打ちひしがれても、絶望が待っていたとしても、あなたの未来が他の人よりも少しだけでいい、輝いていてくれればいいと思うのです。 
 これを人は「好き」だと言うのでしょう? 
 最後くらい、そう勘違いさせてください。どうか。
 どうか。
 祈るように両手を組んだ彼女の姿を、ボクの最後に記憶する。









 オレが病院に通い続けてから一カ月、石動ミクだった少女は目を覚ました。



「なんで王馬くんがいるの」



 目が合った瞬間、掠れた声でそう呟いた彼女は、石動ミクそのものだった。しかし、その数分後、彼女は再び眠りに落ちる。目が覚めたとき、彼女はオレに酷く怯えた。「誰ですか」と震えるので、その日は病室を出た。
 オレを、身内のない彼女の恋人か何かだと認識していたらしい病院側は、彼女に記憶の混濁が見られることを説明した。これも、正式な手順を経ずにあのゲームを終わらせたことの弊害なのだろうか。彼女は日によって石動ミクになり、また、家族を失った孤独な少女になった。
 彼女自身、どちらの自分で生きるべきかを考えあぐねているらしい。そう思っていたが、徐々に石動ミクは死んでいく。そうでない時間が増えていく。「彼女」も事情を理解し始めたらしく、オレに心を開き始めてくれたのはありがたかった。呼び方に困っていたら、彼女なりに事情を汲んで「ミクでいい」と申し出てくれたが、そもそもオレは石動ちゃんのことを名前で呼んだことなんかない。けれど、彼女は頑なだった。結局折れたのはオレの方だった。
 彼女は、病院側に禁じられているにも関わらず、こっそり自分の出演していたV3の動画を見ているらしい。ミクちゃん自身はコロシアイ中の記憶は全くないらしいが、そこにいるオレと現実のオレを見比べて、「恐ろしいほどに一緒だね」と言うので、笑ってしまった。
 キミも、中身はそう変わらないよ。そう言いかけたが、やめる。
 彼女が石動ちゃんである時間は、日を重ねる毎に減っていく。良い兆候だと医師は言う。オレはどう思っていたのだろう。
 病室に着くと、その日は珍しく石動ちゃんだった。久しぶり、と笑うので、そうだと分かった。
 彼女は猫のマスコットを作っていた。ミクちゃんは引き出しに入っているそれらに触れようとしなかったから、最近はほとんど進んでいないようだったけれど、超高校級の手芸作家である彼女はあっという間に完成させたらしい。最後にフェルトについた綿を取り払うと、石動ちゃんはそれをオレに差し出した。



「何、くれるの?」

「ここは、あそこみたいに材料が揃ってないし、これくらいしか作れないから」



 あの刺繍じゃないし、前みたいに貰っても困るって言うかもしれないけど、と、かつての軽口への恨み言のように、笑いながら呟いて。オレはそれを、突っ返さずに受け取った。
 その日、彼女は最後まで石動ちゃんだった。オレたちは、慎重に、けれどたくさんの話をした。外の世界がきれいでよかったと彼女は言った。でも、私たちに帰る場所なんかなかったね。白銀さんの言うとおり。窓の外を眺めながら彼女は言う。私たち。彼女はそこに、誰を含めたのか。そんなの考えるまでもない。
 返答に詰まったオレに、彼女は笑った。



「王馬くんにはそれがあって、良かった」



 その横顔が沈む夕日に赤く染まる。石動ミクではない顔で、声で、それでも彼女は石動ミクであり続けた。だけど、それももう終わりだ。
 日が沈みかけて、バイトの時間だと立ち上がったオレに、彼女は笑いながら手を振った。



「さよなら、王馬くん」



 それが彼女の最後の言葉だった。


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