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 ごめんね。どうしても会えなくなっちゃった。
 ちょっとゴタゴタしてて、どうしても無理で、ごめん。
 落ち着いたらこっちから連絡します。








 夏だった。三浦と会う約束をしていた前日の夜、そんなメッセージをもらった。
 残念ではあったけれど、仕方ない。深く考えずに、思いついたことを打った。何か気の利いたことを言えばよかった。たったそれだけでは未来は変わらなかっただろうけれど、そういう些細なことの積み重ねで、何かは違ったかもしれないから。



「大丈夫か? オレのことは気にすんな。何があったか知らねえけど、いつでも相談してくれよ」



 既読のマークは、半日経ってもつかないままだった。何があったのだろう。「あいつんち、ちょっと母親が変わっててさ」明石の言葉が脳裏を過ぎる。まさか、オレとのことを反対でもされたのだろうか。返事が来たら、ちょっとだけ探ってみるのもいいかもしれない。ぼんやりと考えながら眠りにつく。四カ月ぶりの実家は、オレの部屋にすら、醤油のにおいが染みついているようだ。
 蒸し暑い夜だったけれど、寝返りを打っている間に眠っていた。故郷と呼ぶにはまだオレはこの街に馴染んでいた。
 目が覚めたとき、オレの送ったメッセージに既読を知らせるマークがついていたのを確認する。だけど、いくら待っても、三浦からの連絡は来なかった。
 彼女と会えないままに東京に戻った。東京に戻る新幹線のホームは、別れを惜しむ家族連れや恋人が目につく。見慣れた光景が、白々しく、ほんのりと胸を刺す。








 三浦の言う「ゴタゴタ」なんてほんの数日で解決されるものだと思っていたけれど、あの夏から四カ月が経っても、三浦からの連絡はないままだった。メッセージアプリは、九月の頭に「退室しました」と表示された。それでようやく、彼女が何らかの理由でアプリを削除したことを知る。
 電話番号は知っている。メールアドレスも、SNSだって。だけど、メッセージアプリで連絡を取れなくなったことを知った夜に思い切ってかけた電話はつながらなくて、メールにも返信はなかった。SNSは春から何の更新もないまま、ログインされているかどうかも怪しい。俺達は簡単に音信不通になってしまった。
 遠距離恋愛なんて大したことないと思っていた。今のご時世、連絡なんていつだって取れるし新幹線に乗れば二時間で会いに行ける。だけど、それは互いにその意志があってこそだ。
 三浦芙由子はオレの前から姿を消した。
 今オレが置かれているのは、そういう現実なのだった。








「百田クンって彼女いるの?」

「は?」



 サークルの飲み会で、バイト先で、空き教室で、そういうことを聞かれたのは一度や二度ではない。
 東京の女の子は、総じて垢ぬけている。そういう子たちに興味を持たれて、勿論悪い気はしなかったけれど、その質問に首を振った事なんてただの一度もなかった。
 連絡がつかなくなった恋人は、果たしてもう恋人足りえないのだろうか。
 「あ、そうなんだあ」と笑う彼女たちに、実はこういう状況なんだけどどうなんだろうかと尋ねれば、彼女らはきっと顔を曇らせるだろう。それはもう望みがないんじゃないかな。そう言われるのが目に見えているから、オレは押し黙る。地元に彼女がいるんだ。可愛い子なんだぜ。以前だったら続けてそう言った。もう、あの子の写真は誰にも見せていない。
 だって好きだったんだよ、ずっと。三年前から見てたんだ。
 こんなことになるくらいだったら、もっと早くに告白していたら良かったのだろうか。高校のときに、玉砕覚悟で、そうしていたら、馬鹿だって笑われるかもしれねえけど、東京に連れてこられたんじゃないか? 親との確執も、あいつの背骨になってたもんも、全部曝け出してくれたんじゃないか? 少なくとも、きっと、今三浦の周りで起きている「ゴタゴタ」の仔細を、彼女はオレに話してくれただろう。例え解決なんかしなかったとしても。








 答えは出ないまま、月日だけが過ぎていく。長袖のシャツを着るようになった。キャンパスの樹もすっかり色づいた。駅で見かけたダンガンロンパのポスターは、いつの間にかどっかの専門学校の広告になっている。
 こっちは雪は滅多に降らないんだって、分かってたけど、びっくりだよな。年末年始はいつ帰ってくるんだよ、なんて峰村から連絡が来る。こういう時一番に連絡をくれるタイプの久川はさすがに浪人生だから、泣きながら勉強してるらしい。お前らよりいい大学行ってやるからな、なんて、赤本の画像が送られて来たから笑った。
 三浦と連絡が取れなくなっていることは、こいつらにすら言えなかった。
 明石だったら、と思う。
 三浦の家の事情をオレよりは詳しく知っているであろう明石が、最近どうなんだと連絡をくれたら、オレはあいつにだけは打ち明けたのかもしれない。だけど、明石と最後に連絡を取ったのは、あの夏の日が最後だった。男同士だったら、そんなんでも気にせずにいられるのにな。
 良く三浦と送りあってた猫だか熊だか分からない動物のスタンプをぽいっと送ったら、案の定既読無視された。明石はそういう男だった。








「オマエラ、お待たせいたしました!」



 寝る前にスマホを弄っていたら、広告を踏んでしまった。
 見覚えのある白黒のクマが、うぷぷと笑いながら踊りだす。
 ダンガンロンパV2、ポップなフォントで、タイトルが浮かんで消える。そういえば、冬に放送するって言ってたっけ。すぐに広告を消そうとしたけれど、効果音と共にアップで流れていく出演者たちが目を引いて、思わず見入ってしまった。
 ちょっとキツそうな顔をした少女、チャラついて見えるけれど芸能人みたいにきれいな顔をしたたれ目の男、同じセーラー服を着た二人組みの女の子の片方が、びっくりするくらいに可愛かった。アバターらしいし、いくらでも美化できるんだろうけど、それでも峰村あたりなんか「推し」とか言い出しそうだな。
 高校生とは思えないほど老けた顔をした男や、制服を着ていても性別の判断がつきにくい人物、二十人近くもの出演者が瞬きの間に流れて行って、最初に出てきた人物の顔どころか性別も忘れてしまった頃、暗転した画面に真っ白な字が浮かぶ。



「近日放送予定!」



 それっていつだよ。と考えてしまって、ぎょっとした。一年前は嫌悪の対象だったはずなのに、どうして興味をひかれているのだろう。趣味が悪い。オレは、刺激に飢えてるわけじゃねえ。三浦と連絡が取れない不安感を、こんな得体の知れない番組で忘れさせてほしいわけじゃないのだ。
 頭を振りながらSNSを開く。案の定、峰村が「今期の推しです」とさっきの気弱そうなセーラー服の女の子のスクショを撮ってあげていた。才能は新聞部とかどうよ。と続いていたけれど、才能ってなんだ? そう言うのがあるのか? 浮かんだ疑問に、言った傍から気にしてんじゃねえよと、スマホを閉じて枕に投げる。
 一年前、ダンガンロンパの話題で盛り上がっていた教室で、どこか居心地悪そうにしていた三浦の横顔が、脳裏を過ぎった。
 今、どこにいるんだよ、三浦。
 思っただけの言葉は、口から漏れて、情けなく掠れた。


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