extra.百田解斗





 高校の時分から、ダンガンロンパとか言う単語がやたらと飛び交っていたのは知っていた。
 クラスの連中はこぞって次はだれが死ぬだの犯人はあいつに違いないだのはたまた超高校級のなんとかちゃんが可愛いだのと好き放題言い合っては大口開けて笑っているが、オレが「よう」と輪に加わると揃って話題を変える。何もハブられてるってわけじゃあない。オレの無関心を知っているからだ。「よーう」と笑顔でオレを迎えるそいつらは高校に入ってからの友人だったが、どいつもこいつも良い奴らだ。
 ダンガンロンパに恨みもないが愛着もない。普通に遊んで、馬鹿やって勉強して運動して、そっちの方が楽しいっていう、それだけの話だ。
 オレにとってのダンガンロンパは、そう言う自分とは切り離された遠い世界の存在でしかなかった。
 最後までそうあるべきだったのだ。きっと。








「視聴者参加型の密室殺人ゲーム」



 友人たちがこぞってハマってるそれに、一切の興味がなかったかというとそんなことはない。
 皆が話してるのって何だと明石に聞いてみたら、そんな答えが返ってきた。
 瞬時に眉を顰め「はあ?」と口にしたオレに、そいつは笑いながら「素でそう言う反応が出ちゃうんだったら、お前には合わねえわ」とスマホを閉じる。



「殺人ゲームっても実際に死ぬわけじゃねえよ。マジでゲーム。アバター使うんだわ」

「あ、ああ、なんだよビックリした……」

「さすがにそんなん規制されるわ。でも趣味悪い番組だし、ほんとは未成年の視聴は禁止されてるんだよね。ま、でも違法サイトがいくらでも流してくれるから、皆平気で見てるわけ。クラスの八割は見てんじゃねえの? 女子もこの前推しが死んだ~って騒いでたし」

「はあ? マジかよ……」

「結局、刺激に飢えてんだろ? 禁止されればされるほど見たくなるっつーか」

「……あー、なんだそのダンガンなんちゃらって、そんなに面白ぇのか?」

「別に? 久川とか峰村とかはハマってるっぽいけど、さすがに五十作目ともなればマンネリもするよね」

「ご、五十!? ご長寿番組じゃねえか! なんでオレは知らねえんだ?」

「いやだからテレビ放送じゃないから。ネット配信限定。お前、親が厳しいとかなんだかでスマホ持ったのだって最近なんだろ? じゃあ仕方ねえよ」

「お、おおそうか……いや、知ってたとしても見てねえけどな? あ、いや、お前に喧嘩売ってるわけじゃねえぞ」

「はは、別に気にしなくていいよ、退屈だから見てるだけだし。少なくとも俺はね」



 曖昧に笑った明石は、それ以上オレに詳しい話をする気はないようだった。オレが嫌悪感を滲ませていることを嗅ぎ取ったのだろう。良い奴だと思う。
 だけどオレだって、興味があればいくらでも自分で調べることはできたのだ。それでも必要に迫られるまでそれをしなかったってことは、つまり、そういうことだ。
 しかし、そんなもんがもてはやされるなんて恐ろしい世の中だ、とオレは思う。五十作も続いているご長寿番組で、マンネリ化してきた密室殺人ゲーム、でもアバター? とかいうのを使うから、実際に死ぬわけじゃないらしい。若者たちを中心に人気を集めているダンガンロンパシリーズについてオレが持っているのはそれくらいのぼんやりした知識だけだった。
 言われてみれば、教室の中で耳を澄ませてみると、あちこちからそれに関するらしい単語が漏れ聞こえてくる。男子だけじゃなくて、女子まで。美人の杵淵さんまで誰かのファンらしい。アバターなのに。否定するわけじゃない。人の趣味に口を出す気もないし、そういうのが好きだからって人間性を疑うまではいかない。ただ、あーあ、と思うのだ。
 あーあ。案外世の中って終わってんだな。








 私はダンガンロンパなんて興味ないけれど、クラスの友達がみんな見てるって言うから、ほんとに一度だけ、違法配信サイトっていうところから番組を見たことがある。あの時のナンバリングは四十九だった。モノクマ? とか言う進行役を務めているらしかったクマがやたらと四十九と死苦をかけててちょっと滑り気味だったから、記憶に刻まれてしまったのだ。
 いくらこれが仮想空間で、出演者はアバターを使用していると言っても、コンセプトとしては悪趣味だ。疑心暗鬼と裏切りと愛憎劇が、この小さな画面の奥の、閉鎖空間で飽きることなく繰り返されている。空恐ろしいではないか。
 その時私が見たのがタイミング悪く断罪のシーンであったというのも私に嫌悪を抱かせる一因だったとは思うのだ。ダンガンロンパをこよなく愛する大学生の姉には「どうして一話から見なかったの!?」と怒られたが、そんなのもう今更だ。姉曰く、オシオキ(と言うらしい)はそれまでの人間関係や学級裁判(と言うらしい)で暴かれた事件のトリックや犯人の内面を全て理解して初めてエンターテイメントとして昇華される、らしい。熱弁されても、もう私はすっかりダンガンロンパに拒否反応を覚えてしまっているのだから、どうにもならなかった。
 しかし、アバターとは言えギロチンはやめてほしかった。確かにモザイク処理は成されていたけれど、画面いっぱいに飛び散る血で私は二週間まともに食事が喉を通らなかった上に精神的なショックからか生理周期まで狂ったのだ。だけど「やばかったよね~!」と笑う友達に話を合わせなくてはならないから、結局その後も姉に番組の詳細を聞いてから学校に行くという裏ワザで事なきを得ていた。
 姉には何度も「一緒に観よう?」と誘われたが、私が頷くことは今もない。ギロチンでとんだ首が、今でも網膜に焼き付いて剥がれないのだ。いくらそれがアバターでも、生身の人間でない作り物であったとしても、その裏にどんなヒューマンドラマがあったとしても、私はそれを見て「やばかった」とは言い合えない。いや、言ってるんだけど。話を合わせるために。
 どんなに丁寧に解説されても、手の込んだトリックに盛り上がっていても、私の心は置いてきぼりだ。そんなことより、映画とか漫画の話でもしない? 勿論残酷な死に方をする登場人物の無い、合言葉は正義と平和、みたいなやつ。なんて言えるわけがないけれど。
 同じグループの杵淵ちゃんが超高校級の……えーと……なんだったか……今パッと出てこないんだけど「相沢君がほんとにかっこよくて……」ああそう相沢君。が好きみたいで、そんな話ばっかりしてるから余計に。
 でもその相沢君、アバターだよ? この世に居ないんだよ? なんて思うけど、そんなこと言ったら私だって中学生の時の片思いの相手はテニス漫画に出ていたライバル校の副部長だったのだ。それと一体何が違うんだろう。難しい問題だ。
 だから、私は男子が時折、とても羨ましくなる。
 男子もやっぱりダンガンロンパが好きって子は多いみたいだけど、さっぱりしてるし、あれに興味のない百田くんが教室に入ってくるとぴたっと会話をやめてしまう。勿論百田くんが避けられて苛められてるわけじゃない。ダンガンロンパが大好きな久川くんも峰村くんも、百田くんを前にするとパッと笑って「よう百田~」とジャンプの話なんかし始めるのだ。
 百田くんは空気清浄器だ。彼がそこにいると、血なまぐさい話をみんなが避ける。そういう力が百田くんにはある。
 昨日の放送で推しが死んじゃった結城ちゃんを慰める友人たちと肩を並べながら、私は百田くんを中心に淀んでいた空気がみるみる浄化されていく様を見届ける。そうしていたらうっかり百田くんと目が合ってしまったけれど、軽く微笑んでからすぐさま結城ちゃんの横顔に目線を戻した。百田くんとは、良く目が合う。ちょっと見つめすぎてしまったか、と反省して、そしてぎょっとした。結城ちゃんが机につっぷして泣きはじめたのだ。



「もうだめ、これから先ずっと如月くんに会えないんだ、何を希望に生きていけばいいの、これが絶望なの?」



 そこまでか、と思ったけど、「結城ちゃん泣かないで」なんていう言葉が自然と口をついて出てきてしまった。
 ダンガンロンパの面白さは分からないけれど、好きなキャラが死んだら悲しいよね。とは思う。私も万が一副部長が事故にあってテニスができなくなったら三カ月は引きずるし、だから多分、そういうことだ。
 でもやっぱり、興味ないものをきちんと拒絶して、ストレスなく友達と笑ってられる百田くんが、私は羨ましい。
 これは、三年近くも抱き続けていた彼への恋慕の変形でもあるように思えるけれど。








 三浦とは一年の頃からずっと同じクラスだった。
 電車の方向が一緒で、時折同じ車両に乗ることもある。オレを見かけると三浦は微笑んで小さく会釈をしてくれるけれど、それで参考書や小説に目を落とされてしまうから、話しかけたくても話しかけられない。そもそも、一緒にいる久川を放ってまで声をかける勇気はオレにはなかったわけだが。
 入学式の朝に同じ車両で見かけたときからちょっと気になってはいたのだが、同じクラスだと判明して喜んだのも束の間、何かが起きることもないまま三年も経過してしまった。そりゃ、多少は話す。クラスメイトだし、中学は違うけど隣校だったから、共通の知り合いもそれなりにいる。だけど、それだけだ。それ以上にはなれない。悔しいけれど。
 三浦は小柄で、いつも穏やかに笑っている大人しい女の子だ。目立たず、騒がず、思慮深い。集団の中でじっと息を潜めて周囲を観察する、オレとは真逆のタイプで、出る杭は打たれると信じているから、自分が飛び出てしまわないか、平均の高さを見極めて、慎重に窺っている。
 そのせいか、最近の彼女はいつも、酷く疲れているような顔をしている。
 オレが珍しく一人だった日のことだった。いつも一緒に帰ってる久川が風邪で休んだ日のことだったはずだから、十二月の中旬とか、そのあたりだった気がする。
 いつも電車の中で本を読んでいる三浦はその日は何も開かずに二人掛けの席にぼんやり座っていた。発車時間が迫って段々と乗客が増えていく中、彼女の傍にいくなら今しかないと思って、それなりに勇気を出して声をかけたのだ。



「よう三浦」



 三浦はそれで初めてオレに気が付いたのか、はっと顔をあげた。マフラーに埋まっていた唇は乾燥してかさついていたけれど、それでもオレを見ていつものように微笑んでくれたから、安心する。
 今日は本、読まないんだなとか、そう言ったらいつも見ていることがバレて気持ち悪がられてしまうかもしれない。三浦の座る席の前に立ったはいいが、つり革に掴まったまま次の言葉が出せないオレに、三浦が「そっか、今日は久川くん、お休みだったね」と言ってくれたので、何となく救われたような気持ちになった。



「おう、三浦も今日は良いのか、勉強」

「うん、今日はやめとく」



 恥ずかしそうに髪の毛を手で整えながら、三浦は笑う。その仕草がやけに可愛く思えて、オレは思った以上に自分が三浦にきちんとした好意を抱いていたことを自覚した。三浦も、気のせいか、教室に居る時よりも顔色が良く見える。受験が近づいているせいで神経質になっているのかもしれないと思ったけれど、こうして座っている三浦はそういうものからは随分遠いように思えた。暑くなったのか、白いマフラーを取って膝にかける、そんな動作にすら、オレはドキドキしてしまう。
 やがて動き出した電車の中で、他愛もない話をした。けれど受験生同士の会話の中身なんて型にはまっている。三浦の志望校が電車で通える距離にある国立大だと聞いて、オレはがっかりしてしまったけれど、オレが東京の大学しか受けないことを知った三浦も、なんだか少しさみしそうに見えた。もしかして、少しはオレのことを好きでいてくれているのだろうか。
 だけどこれはオレの独り善がりな思い込みかもしれないので、胸にしまっておくことにする。








 どうせ離れ離れになるなら伝えないままでいた方がいいと思ったの。
 卒業式の日にそう言った三浦は、オレの告白に驚いたのか、ぼろぼろと涙を流した。
 本当に、オレとは真逆だ。離れ離れになるからこそ伝えるんじゃねえのかよ。もう会えないなんて、オレは嫌だ。追いうちのようにそう続ければ、三浦はこくこくと頷いて、「私も、ほんとは入学式の日から好きだった」とか言うから、オレは信じられなくて、だけど、ああ、なんだよと思うのだ。
 遠距離恋愛でも、オレたちの未来は明るい。ゴールデンウィークも、夏休みも冬休みも春休みも、そうでなくても呼ばれたらいつだって飛んでくるから、何かあったら一番に頼れる存在になるから。
 酷く暖かい日だった。例年雪が降ると評判の卒業式だったのに。突き抜けるような晴天はオレたちの新たな門出を祝福してくれていた。オレはそう信じて疑わなかった。
 オレの言葉に、三浦は泣きながら頷いてくれたのにな。


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