あれは果たしてオレに責任があることなのだろうか。
 桑田怜恩が死んだ。「超速い球がいっぱいでる!!」の謳い文句に恥じない無数の剛速球が桑田怜恩の体中にめり込んだ。オレは人の骨が折れる音や内臓の潰れる音を生まれて初めて聞いた。
 嘘だと思った。オレが一年近く閉じこもって、言われるがままに機械を作り上げている間に一体何が起きたのか。テレビの中では、見知った顔の七十八期の連中がどういうわけかお互いのことを忘れてコロシアイを強要されていた。あいつらは、旧校舎に籠城しているのではなかったか。がちがちと歯が音を立てて震える。
 作り物だ。そうに違いない。そう言い聞かせるように呟いても、あのテレビの中に映る背景はまさしく見覚えのある旧校舎で、あそこにいる連中は校内で度々見かけた後輩たちだ。



「いや、いやいや、ありえねえよ、作り物だろ……? 」



 映画とか、そういうのを作っているんだ。きっとそうに違いない。そう思いたいのに吐き気がおさまらない。
 つい数日前まで一心不乱に機械を調整し続けていた研究室はあちこちに機材が散らばっている。膝立ちのままテレビに向かって一歩進んだら、スパナが膝小僧に音を立ててぶつかった。咄嗟に目線を落とす。スパナだけじゃない。レンチやドリル、見栄えが良くなるようにとポリッシャーを必ず使うように言われた。テレビ画面の中で、オレが作り上げたあのマシンは美しく輝いている。ころりと転がり落ちた硬球の行く先にある男の死体から目を逸らしても、オレに逃げ場はないと思った。
 あの機械の製造者は間違いなくオレだ。








「一目見てキミが作ったものだとわかったよ」



 あれほどの機械を作れる人間なんて、そういないしね。褒めているんだか非難しているのだかわからないような口ぶりで狛枝は言う。
 空になったマグカップに二杯目のコーヒーを注ぐその後ろ姿に余分な肉はなく、頭髪も含め色素の薄いせいも相まって、狛枝は朝陽に輪郭が滲んでいるようにすら見えた。振り向いた狛枝は、目線を落としたまま流しに寄りかかり、こちらには戻ってこようとしない。



「……コロシアイで使われた処刑道具だけじゃない」



 マグカップを口元に運んだままの狛枝の口元はここからでははっきりとは読めなかった。けれど、見透かすような目元にオレは身動きが取れなくなる。
 言い訳を重ねてきた。オレは脅されていたのだ。仕方がなかったのだ。誰もオレの傍にいてくれなかったから、オレは自分で自分を守るしかなかった。そのために江ノ島の言うことを聞いていた。
 狛枝がじっとオレを見つめる。



「モノクマの製作者はキミだろう?」



 もうとうの昔に完治したアイスピックの傷は、それでもオレの太腿に小さな傷跡を残している。








「ねぇセンパイ。これも作ってほしいんだぁ」



 江ノ島に頼まれたものを作り続けているだけの日々を送っていた。
 地下にある広大なオレの研究室は、窓がないせいで時間の感覚が分からない。何徹したかも定かではないある日、超特急でお願いね、と江ノ島が差し出してきたのは、白黒のクマの形をしたロボットの設計図だった。
 こちらの方は最初に渡された拷問器具の原案よりもずっと細かな指示がなされていて、面食らう。とは言えそこまで複雑な構造ではないから、製作自体は難しくもなさそうだが――しかし一体何に使うつもりだろう。腹に内蔵させてほしいという爆弾という文字のせいで、穏やかなものではないことが一見して分かったが、尋ねる気は最早さらさらなかった。それは疲労のせいではない。オレは考えることをやめたのだ。



「……一体でいいのか?」

「ううん。スペアがいっぱい欲しいの。だからいっぱい作って」

「いっぱいって……」

「いっぱいはいっぱいだっつーの、女の子のキモチ、センパイ察するの下手すぎ~!」

「……」



 ま、いっぱいの判断はセンパイに任せるわ。そう言い残して去って行った江ノ島の後ろ姿を見送りながら、自分の感情がどんどん削れていっていることを察している。








 時間の感覚と共に善悪の概念がなくなる。空調が調整されたこの四角い空間にいるオレには、今が一体何月で、外の世界がどうなっているのかが分からない。知らないし、知りたくない。飼われていることで命が保証されるなら、オレはずっとここにいたい。何も知らないまま何かを作り続けていたい。尻尾を振って生きていたい。もう役目はないと言われても、お疲れ様と労われても、オレは江ノ島を待つ。テレビを観ていろと言われたから、言うことを聞く。なんて立派な犬だろう。だけど飼い主は死んだ。オレが作ったプレス機に押しつぶされてぺしゃんこになってしまった。
 オレはこれから先何を待てばいいんだろう。








「江ノ島盾子が死に、生き残った七十八期生たちが外に出てきた後も、キミは自分の研究室にいたね」



 まるで見ていたかのような確信めいた口調で話す狛枝を見る。オレが作ってやった鋼鉄の義手は、鈍い光を放って流しに添えられている。嘗てあいつが自分の手首を切り落とし、江ノ島の腕と取り換えたせいもあったのだろうか。一瞬だけ、江ノ島の影が見えたような気がした。
 だからまるで、自分があの頃に戻ったようだと思った。



「キミは未来機関に保護されるまで、ずっと殺戮兵器を作り続けていたんだ」



 幻影が見える日々だった。








 江ノ島盾子が死に、コロシアイを生き抜いた七人の生徒たちが旧校舎を出て行った。
 オレは番組が終わって砂嵐になった画面の前から身動きが取れずにいた。テレビを観ていろと言われたから。だけど次の命令はもうない。どうしたらいいのかわからない。オレに行くところなんてないし、出て行ったところですぐに死んでしまうだろう。
 江ノ島が物資と共に届けてくれていた食糧には、ほぼ不眠不休で作業をしていたためにほとんど手をつけていなかった。おかげでこの研究室で餓死する心配は当分ない。だけどそれが幸運なのか不幸なのかオレには分からない。



「どうせアンタってさ、なんか作ってればとりあえず落ち着くタイプの人間でしょ?」



 嘗て江ノ島に言われた言葉が不意に蘇る。
 その通りなのだ。オレは、何かを作ることで呼吸をしている自分を知っていた。だから、息苦しいのは今オレが何もしていないせいで。「ねえセンパイ、作っちゃいなよ」突然鼓膜を震わせた聞き覚えのある声に、目を見開く。



「……え、江ノ島……?」



 辺りを見回しても、物陰を探しても、しかし彼女の姿はどこにもない。当たり前だ。あいつは死んだ。そう言い聞かせても、それでも鳴り止まないこの声はなんだ。



「ねえ、こういうのなんかどうかな? ベースはモノクマでさ、爆弾投げてきたりするやつとか、あと四つん這いで追いかけてくるモノクマとか、めっちゃかわいくない?」

「ま、まって、待ってくれ」



 慌てて辺りに目線を配る。紙とペンを見つけて、飛びついた。江ノ島の語る言葉を漏らすまいと耳をそばだてて、オレは紙に案を起こしていく。脳細胞が少しずつ目を覚ましていくのを感じる。鳥肌が体中を覆う。



「あ、あと盾持ってるモノクマとかもいいかもな~センパイもいろいろ案出してよ! どーせ暇でしょ? 色んなモノクマ量産しよ!」



 オレはその幻聴に頷いた。これで息が出来る。線を引く。吐いた二酸化炭素は今までオレが溜め込んでいた泥も同時に吐きだした。そう思った。
 これでオレはまだ生きていられる。








 未来機関に保護されたのは、どれくらい経ってからだったのか。正確には分からない。何せオレの時間はもうずっと前から止まっていたといっても過言ではなかったのだ。皆が教室を去り、一人取り残され、そして江ノ島に声をかけられたあのときから、オレはずっとなにかに支配され続けていた。「絶望」と呼ばれても、ぴんとこなかった。
 保護されたオレは、何もない部屋に隔離された。
 恐らく地下で、むき出しの便器と監視カメラだけがある、牢屋といって差し支えない個室だった。オレを取り調べた男女はどこかで見たことがあったような気がしたけれど、名前が出てこない。二人の様子から他にも七十七期生が保護されていることは明らかだったが、何も感じなかった。ただ、スパナを握りたかった。息ができない気がした。
 色素の薄い髪をした女が、スパナは渡すことは出来ないけれどと言って紙とペンをくれた。設計図を書きかけて、やめた。何もないこの部屋では、オレは模型一つ作ることができない。
 代わりに、名前を書いた。
 「江ノ島盾子」
 そうしていると落ち着いた。
 何も作ることの出来ないこの部屋では、彼女の声は聞こえない。


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