大罪人は誰だ。






左右田和一の場合




 オレたちが強制シャットダウンを経てあのプログラムから目を覚まして、もうすぐ一年が経とうとしている。
 十代のオレたちにとって一年というのは貴重だ。世界がこんな風になっちまってなければ、オレは今頃その辺の大学に行って好きなことやって生きてたんだろう。
 バイクを弄り倒して、もしかしたらソニアさんと付き合えてたかもしれなくて、ダチとつるんで、両親ともに健在でオレは文句言いながら自転車屋を手伝って、そういうもしも話を夢に見ないわけではない。だけど今現実にオレがいる場所ってのは憧れのキャンパスでも油の臭いが染み込んだ店でもオレに与えられた研究室でもなかった。オレはパソコンとにらめっこして、本来なら自分の専門外であるプログラミングを延々と、飽きるほど、目を閉じれば英数字の羅列が自然と流れていくほどの執拗さで続けている。
 そもそも最初に、眠り続けるあいつらを起こすためのプログラムを作ろうと言い出したのは誰だったか。か、日向か、いや、オレだ。日々無理をして、奔走して、痩せていったの小さな背中を見ていられなかったのだ。言いだしっぺはオレだった。もしかしたらそれは、の存在にかこつけた贖罪だったのかもしれない。
 カムクライズルだった頃の才能が残っていた日向に声をかけて、オレたちはプログラムを構築し始めた。日向はオレ以上に根を詰めていたのではないだろうか。あいつは、ロボトミー手術を受けてその体にこの世に存在しうるありとあらゆる才能を埋め込んだ。そのおかげで自我は消え、何がどうなったか絶望の仲間入り――。
 その過程が気にならないわけではないが、オレたちは互いに互いの過去を探り合わない。自分のエグイ傷を見せびらかす趣味はオレにはないし、その結果痛い思いをするのは自分の方だと知っている。
 だが、そもそも日向は自分が絶望していた頃のことを覚えていないのかもしれない。なんせ自我が消えていたのだ。だとしたら、羨ましいとすら思う。狂っていた奴は羨ましい。自我が保てずに自分のやらかしたことを抑圧して意識の奥へと沈めてしまった連中が、オレは羨ましい。
 作業の最中、日向はたまに席を立つ。トイレで吐いているのだ。才能を使ったことへの反動だと言う。
 本部から支給された薬は貴重品だと言って手をつけず、頭痛に耐え吐き気に耐え落ちくぼんだ眼窩でパソコンに向かう日向というのはなかなかに鬼気迫っていた。なんつーか、もうあそこまで来ると変態だよな、あいつも。でも、いくら言いだしっぺとはいえその変態に付き合って何徹もするオレも、同類だ。








 はよく、眠り続けるあいつらの傍に行く。そりゃ勿論、狛枝の眠るカプセルに寄り添うように座っていることが多かった。でも、あいつはなんだかんだ、帰るときには全員に声をかけて行くのだ。二十近いカプセルの周りを円を描くようにして俯きがちに歩く肉の落ちたその背中は、元々小柄なのも相まって、生命力というものを感じさせない。
 普段は正式な未来機関の一員として、この施設の責任者として、あいつは良く働いている。笑顔を絶やさず、明朗とし、オレたちが諦めることのないように背中を叩いていく。だが、一番重圧に耐えているのは間違いなくだ。あいつら七十八期生はオレたち「絶望の残党」を匿い、はその上プログラムに共に入るという危険を冒し、今は目覚める気配のない連中の面倒まで見ようとしている。――超弩級のお人好しだ。
 オレと日向が作った不完全なプログラムで狛枝が目を覚ました時、もう、投げていりゃあ良かったんだ。そのまま二人でこの島を出たって、オレ以外に責めるやつなんてきっといなかった。
 オレだってあれだ、文句なんて数日もすりゃあ恨みつらみに変わるだけだ。あーあーいいなあいつらはよ、そう言って、この島で残った連中と余生を過ごす。それでも別に構わなかった。だって、この島にはダチもいりゃあソニアさんもいる。なんとかなるだろ、未来機関から見捨てられたって。だから、はとっとと狛枝と幸せになってくれてもよかったのだ。オレたちのことなんか、置いて行って構わなかった。
 オレがそう思うのは、正直言って、そろそろあいつの傍にいるのがキツかったからだ。
 は眩しい。嫌いなわけじゃない。あいつのアホなところも、真面目なところも不器用なところも、感情が読み取りやすいところも、オレは好きだ。
 女としての魅力は一切感じないから、狛枝がどうしてあそこまであいつに執心するのかは全く理解できないが。でも、ダチとしてあいつのことを好きだからこそ、オレはあいつの傍にいるのがしんどくなる。そのひたむきさに、オレの方が殴られているような気持ちになる。
 全員を目覚めさせるためならなんだってする、はそう言って駆けずり回る。それは果たして正義か。横暴ではないか。言いだしっぺはオレのはずなのに、あいつの望んだ未来が現実になっていくにつれて腹が痛む。眠り続けたいやつだっているだろ。自分の罪を忘れたいやつだっているだろ。オレみたいに。
 は今日も燦然と輝き続けている。








「澪田さんだっけ? あの子、調子戻ったらしいね」



 「室長」のネームプレートを作業机の上に放り投げた七十六期生の紐山嵐は、未来機関からやってきた助っ人だ。
 オレと日向が作ったプログラムを改良して、脳に圧力をかけて叩き起こすっつー何とも博打なもんを作り上げた男だが、実際こいつが作ったプログラムはきちんと結果を残しているのだから文句は言えない。
 起こされた連中も、澪田で三人目。失語症だったり錯乱していたりとまあ予想の範囲内の後遺症を持って目を覚ました小泉たちは、けれど今は適切なケアを受けて落ち着いている。それだけで、この男の功績っつーのは評価されて然るべきだ。
 澪田の名前を出されてオレはぐ、と言葉に詰まる。だが自分の中に確かに芽生えた後ろめたさを見透かされるのが嫌で、掠れた声で呟いた。



「……らしいな」

「らしいなって、なんだそれ」



 紐山はオレの返答に鼻で笑う。こいつはきれいな面をしてるが、心を許した相手には割と辛辣な言葉を平気で投げる男だ。
 実を言うとオレは紐山とは学園に在籍していた頃から面識があった。七十六期の「幸運枠」である割には色んなモンに精通していて、何でも器用にこなしてしまう。バイクが好きってんでオレと気が合って、先輩後輩の垣根を越えてしょっちゅうつるんでたのはもう数年前の話だが、それでも紐山がこうしてオレの前に現れたとき、オレは懐かしくて懐かしくて泣く寸前だった。



「生きてたんだな紐山ぁ!」



 しがみ付くオレを面倒臭そうにあしらいながら「オカゲサマで」と笑った紐山は未来機関でも優秀な人材らしいが、どうしてこの男が「島流し」の憂き目にあっているかをオレは未だに知らないし、尋ねる勇気もない。
 紐山はニヤニヤしながら、パソコンに向かうオレを見ている。オレはその視線に気が付かないふりをしながら、プログラムの微調整を進めている。
 目覚めた連中のフォローに回るようになった日向の分までオレが細かな作業をしなくてはならず、忙しさはこれまでの比ではないのだが、プログラム室に現れなくなった日向を責めることはオレにはできない。適材適所、ってやつだ。あいつはオレのしたくないことをやってくれていて、オレは日向が苦手としている紐山の傍に四六時中座っている。言葉はなくともできる連携プレーってやつだ。
 そう、「適材適所」。日向はプログラム室に居場所を失った。いつしか日向が呟いた言葉を、オレは覚えている。紐山がやって来て、ほんの数日が経った頃のことだった。



「幸運ってのはなんでああいう連中ばっかなんだよ……」



 とは言え、その「ああいう」に七十八期の苗木が含まれていないのは明白だ。狛枝と紐山は似ている。いろんなものを斜めに見ているところとか、人の好き嫌いがはっきりしているところとか。
 紐山はなぜか初対面の頃から日向に対して明確な敵意を向けていた。圧力というよりも、意地の悪い小学生のそれだった。それに根負けした日向の足が、目覚め始めた連中のケアという仕事を優先したい心と相まってプログラム室から遠のいているというだけの話なのだ。
 幸運という才能を持った男たち。オレが比較的あいつらに気に入られているのは幸運なのか不運なのか、けれど紐山も狛枝もだからと言って優しく気遣ってくれるわけではないのだから、どちらかといえば不運に入るのかもしれない。
 なんせ紐山はオレの痛いところを平気でついてくる。



「でも初めて彼女を見たとき、どうかなって思ったけど、意外とやる子だよね」

「は? 彼女?」

さんだよ。正直、もっと頼りない子だと思ってた」



 そんなのオレだってそうだ。浮かんだ言葉を飲み込む。飲み込み切れなくて、ため息が出る。



「澪田さんの症状なんてさ、とりあえず害はないんだから放っておいたってよかったんだよ。なのに彼女はちゃんと次の被験者の選別を進めつつ、澪田さんのケアまできちんと終えた。あんな風に退行した人間と向かい合うのは随分骨が折れただろうね。不器用だけど不器用なりに、結果がついてきてるんだ。彼女の熱意の賜物だよね。……どっかの誰かさんは、澪田さんに一切近づかなかったのに」

「……嫌味かよ」

「嫌味だよ」



 楽しげな笑いを滲ませた声は容赦なくオレを追いつめる。紐山はオレが逃げているのを知っている。オレの縮こまった背中に足を乗せて踏みつけて、底意地の悪い瞳でオレを責める。長い睫毛が伏せられる、艶やかな黒髪を指に巻きつけて、紐山は、オレに死ねと言う。



「女の子にばっか押し付けてないで、お前もいい加減腹くくりなよ」



 一番の大罪人は誰だ。目を覆われて、耳元で尋ねられたような気がした。この手のひらを、赤いマニキュアの塗られた長い爪を、オレは良く知っていた。








 大罪人はオレだ。


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