電話ボックスの爆発の後、数人の保安部が付近の調査をしていったようだけど、他に爆弾が仕掛けられたような形跡はなかったらしい。
犯人は、ユーマ=ココヘッド。例のレジスタンスに所属するテロリストなんだって、さっき街頭用の巨大モニターで保安部のテロリスト対策班だっていう女の人が言っていた。公開された写真も見たけれど、どことなく幼い、可愛らしい面立ちをした小柄な男の子だった。あんなその辺にいそうな男の子がテロだなんて、世も末だねえ、って、上司が言う。
「まあ、あんな風に顔写真が出回ってるんじゃ、すぐ捕まるよ。馬鹿なことしたよなあ」
カナイ区では、殺人事件や事故なんて日常茶飯事だ。でも、この前の河川敷での一件もあって、そこに「爆発」まで追加されてしまったらしい。まあ、確かに、魚雷による数発の爆発事件、なんてのがあった後じゃあ、電話ボックスが吹き飛んだくらい大した被害ではないだろう。実際、負傷者は一人もいなかったみたいだし。
窓の外、激しく損傷した電話ボックスを視界の真ん中に置く。さっきまで居たはずの保安部の姿はもうどこにもなくて、放送を見て駆けつけたらしい野次馬が数人、未だ微かな黒煙をあげる電話ボックスにカメラを向けていた。これが日常。なんだか胸がざわざわする。
「――よし、じゃあ仕事仕事。皆戻れー」
「は、はい!」
上司の言葉に、びくっと肩を揺らす。まだドキドキしている心臓をそっと押さえて、慌ててデスクに戻った。
日常。これがカナイ区の日常なんだから、慣れなくちゃいけない。それに、そう、さっきのデータの修正をしなくちゃいけないんだった。隣の席の同僚に、「びっくりしたね〜」って声をかけられたのに、「ね! 音すごかったぁ」って同意を示しながら椅子に座る。怖かった、し、本当は今もちょっと足が竦んでいる、なんて言ったら、笑われそうだな、って、パソコンの画面に目を向けながら思った。
音、すごかった。建物の中にいてもびっくりしたのに、目の前で爆発が起きていたらと思うとぞっとする。でも鎖国がなされてからのカナイ区では、もうこれが当たり前なのだ。人は平気で死んでしまうし、目の前から突然いなくなる。命の価値は不平等で、セスさんみたいに、それまでの地位を一瞬で奪われてしまう人もいる。怖いな、って思う。そういう世界を、これからも生きていかなくちゃいけないのは。
なんだか気が滅入ってしまっている自分に気がついて、喝を入れるみたいに頬を叩いた。隣の席の同僚が、「なに、眠いの?」って、笑いながらガムを一枚分けてくれて、その優しさに、ちょっと泣けた。
でも、事件はこれで終わりじゃなかったのだ。
お昼時のカマサキ地区でも、行き交う人々の口の端に上るのは先の爆発や、指名手配犯に関するものばかりだった。ユーマ=ココヘッドに似た人物がギンマ地区方面に走って行ったらしいとか、女性連れだったとか、いやいや地下道でも目撃情報があるとか、肉まんを買っていたとか、一緒に居たのは女性じゃなくて犬だったとか、大男だったとか。
錯綜する情報の一つ一つにいちいち心の中で反応しながら、最近できたばかりの肉まん屋さんに並んで、お昼ご飯用にチーズ肉まんを買った。お肉だけじゃなくてチーズが入ってるのに、250シエン。マルノモン地区で買ったらこの四倍はするのだ。往復でお昼休みの時間をめいっぱい使うことになってしまったとしても、それでもカマサキ地区まで足を伸ばさない理由がない。
紙袋に入れて貰ったチーズ肉まんを大事に抱えて、会社までの道を引き返す。「おい、あっちにそれっぽいやつがいたってよ!」「マジ? 指名手配犯?」と私と反対方向に向かって駆け出していく若い子たちに思わず振り返って、ちょっと気になってしまっている自分にハッとした。だめだめ。野次馬は良くないって、自分の身を守ることを第一に考えろ、って、今朝セスさんにも叱られたばかりなのだ。いくら件のテロリストが自分よりも小柄な男の子らしいとは言え、わざわざ危険を冒すような真似はするべきじゃない。
――まあ、肉まんを買いに行くために外に出てすぐに電話ボックスを見に行ってしまった時点で、説得力はないんだけど。
どれだけ怖くても、やっぱり現場は気になってしまうのが人間のさが、ってものだ。私はあの電話ボックスを、ちょっと離れたところから見物してきた。もう爆弾はないから安全だ、っていう保安部の判断を信用して。
爆弾は、電話ボックスの外じゃなくて内側に設置されたらしい。会社の中からでは良く分からなかったけれど、既に立ち上っていた黒煙も見えなくなっていた電話ボックスは、外側に膨らむような形で変形していた。水溜まりの中に散乱したガラスは爆発の威力を物語ってはいたけれど、もしも爆弾が外に設置されていたとしたら、こんなんじゃ済まなかっただろう。
今日は雨が強いのか、マルノモン地区はいつもよりも水溜まりが多かった。無残に破壊されてしまった電話ボックスの中は、水浸しになっていた。
犯人のあの子は、わざとボックスの中に設置したのかな? 考えたって詮無いことを、考える。何のためにそんな小規模な爆発を起こしたんだろう。本当にテロを起こすつもりだったら、それこそもっと被害が甚大になるような爆弾を仕掛けるんじゃないだろうか。河川敷の魚雷みたいに。でも、いくら考えたって答えなんか出なかった。カナイ区はおかしなことだらけだから、多分、答えは全然、私の考えから遠く離れたところにあるのだ。
まだ温もりのある紙袋に力を込めたとき、ネオンの光が滲んだ水溜まりに足を突っ込んでしまって、生ぬるい感触が足に跳ねる。びっくりした。足元を全然見ていなかった。
「ああ〜……」
水の沁みたストッキングを見下ろす。人からは見えないけれど、内腿のあたりは伝線しているし、濡れちゃったしで、最悪だ。いっそその辺で新しいストッキングを購入してから帰った方が、午後の仕事も捗るかもしれない。時間はちょっとギリギリだけど、最悪走れば間に合うかな。そう考えて、近くのお店に立ち寄った。
カマサキ地区特有のごちゃごちゃする店内で迷いに迷って(最終的に店員さんに場所を聞いた)新しいストッキングを購入した。思ったよりも時間が押していることに気がついて、改めて、ちょっと急ぎ足になりながらマルノモン地区に向かって歩き出したときだった。
どぉぉぉん、って、さっきの爆発よりももっと大きな、地鳴りに近い爆音が、カマサキ地区に響き渡ったのは。
「えっ!?」
びっくりして、肉まんの入った紙袋を地面に落としそうになった。今の音、何? 慌てて辺りを見回すけれど、周囲にいたサラリーマンも、若いカップルも、店から飛び出してきた店主も、誰も状況が把握できていないらしい。多くの人が、困惑した顔で雨の降り注ぐ空を見上げている。
また爆発でも起きたのだろうか。でも、だとしたらどこで? すぐ近くで聞こえたような気もしたけれど、でも、だったら何か、もっと分かりやすく大きな変化があって然るべきじゃないだろうか。例えば、音の後で廃ビルが吹き飛んだとか、悲鳴とか。
だけど、それだけじゃなかった。ごぉぉぉお、って、唸り声のような音が、どこからともなく聞こえてきたのだ。爆発、っていうよりも、強風のときに聞くような音に近かった。殺人事件やおかしな事故が日常的に起きるカナイ区でも、それは、明らかに、異常な轟音だった。
思わず、後ずさる。こういうとき頭に浮かぶのが、いつの間にか、トーリじゃなくてセスさんになってたんだよ、って言ったら、セスさんはきっと、意味がわからない、って顔で私を無視するんだろうな。
カマサキ地区の路上に置かれたブラウン管のテレビが、再び臨時ニュースを流したのは、それから数分後のことだった。