「島の浮力は四大元素の競合と調和によって成されるものだ。厳密に言えば、島は浮いているわけではなく、目に見えない元素の上に島自体が乗っているものと考えると良い」
「……ていうか元素ってなんだっけ? 理科?」
「……」
学習意欲があるのは結構なことだが、彼女の場合それに必要なだけの知能が明らかに足りていない。言葉の勉強からしなければならないのか、と憐れみ半分、煩わしさ半分の視線を送っても、彼女は堪える様子がなかった。もう少ししおらしくしていてくれればまだ教え甲斐があるというのに、腕を組んでいる彼女はいっそ開き直っているように見える、というか、そう言う風にしか見えない。
「君は自分の身体が何からできているのかもわからないのか」
「え? わかるよ。肉と骨?」
「……」
「えっ!? 違うの? あとなんだ? 皮?」
「……だから、その肉と、骨と、皮は何からできている?」
「え……ちっちゃい肉と骨と皮……」
「ナンセンスだ……」
「なんでー!? ちっちゃい肉と骨と皮がいっぱい集まって私の肉と骨と皮にならない!?」
良く通る声に咄嗟に耳を塞ぐが、それくらいでは彼女は傷つきもしないらしい。なんでなんでと喧しいので、俺は小さくため息を吐く。
元素とは、目に見えない微小な物質だ。世界のありとあらゆるものがそれの集合体で形成されていて、それは目に見える物質だけに限らない。説明を省いて、その辺に落ちていた木の枝を拾い上げると、俺は彼女の足元に表を描いた。
四大元素とはそれぞれ、火、水、土、風を司るものであり、それらが均衡を保つことで大気中に細かな網を張り巡らせ、その上に存在する島はあたかも空に浮いているように見える。口にしながらそう言うと、「おお~サンちゃんは教え方が上手だね」と満面の笑みを浮かべるものだから辟易する。元素が何かも分かっていないくせに、笑わせる。
「ちょっとわかった、ありがとう」
分かろうが分かるまいが、何の意味もないのに。
思っただけで口にはしない。彼女は異世界の住人で、この世界とは何の関係もないのだ。元の世界に戻ることができたなら、この世界の知識は一切無駄になる(勿論元素が何であるかくらいは知っておいて然るべきであるが)或いは、帰ることができないのならば、間もなくこの世界もろとも死ぬ。いずれにせよ、彼女が蓄えようとしている知識はほとんど無駄になることが明白で、そもそも非合理的だ。それに付き合っている俺も、全く持って、合理的とは言い難い。持っていた木の枝に力を入れて、真っ二つに折る。
着いていきたいと言った彼女を上手く振り払うことが出来ず、結局ずるずると行動を共にするようになって数日が経っていた。彼女は街から街へ、島から島へ移動する俺をどう思っているのだろう。元素の濃度から忌々しい四大天司の凡その居場所を割り出すことはそれほどの苦労は伴わなかったが、正確な所在地を割り出せと言われると少し時間がかかる。観測と計算を繰り返しながら移動する俺に、彼女は特に何も言わなかった。
彼女を街に放り出せば、勝手にその日限りの仕事を見つけてきて日銭を稼ぐ。着実に顔見知りを増やしていくその姿を見ると冷や冷やしてしまうが、随分と器用なもんだと感心もした。普段は野宿であったが、彼女の稼ぎのおかげで宿に泊まれたこともある。
「ベッドだぞ~! ありがたく思え~!」
そう言われて礼を言うと思ったか。冷ややかな目で見つめてやれば、彼女は何がおかしいのか大口を開けて笑った。喧しい女だった。相も変わらず、出会ったときからブレることなく。
俺に抱きかかえられて移動する度に、彼女は変わらずぎゃあぎゃあと騒ぐ。絶対に落とすなと喚き、わざと抱きかかえる力を緩めてやれば面白いくらいに悲鳴をあげる。何度空を飛んでも慣れないのか、しかし、飛び立ちさえすればその瞳はいつも輝くのだ、まるで汚れを知らぬ子供のように。
「サンちゃんの羽、きれいだねえ」
何度も何度も、飽きずに繰り返す。俺はその度に、どこかが軋む。何かを思い出す。その影に誰かの姿を思い起こす。は、と嘲るような笑みが漏れた。美しかろうが、関係がないのだ。必要とされないならば。
彼女は俺の身体にぎゅうとしがみ付きながら、世界を見下ろして笑う。俺が過去に囚われていることなど彼女は気が付きもしない。わは、と言う品のない笑い声は、まるでこの世界の王のようだった。
どうせ降りるときはまた騒ぐくせに。そう思うとうんざりしてしまう。だけど「サンちゃん」そう呼びながら俺を見た、彼女の大きな丸い瞳が。限りない生を詰め込んだ美しい光が。
「やっぱりサンちゃんと一緒に居てよかった」
容赦なく俺の孤独を突き刺していく。
楽しい、と笑うその顔に、俺は、どうしようもなく、羨望している。憧憬を覚えている。
だけど俺は世界を壊すのだ。君はそのときも、俺と一緒に居てよかったと笑うか。