今回水着を新調するつもりはなかったけど、「ちゃんたちがスパに行くって聞いて、新しく作っちゃったの」とコルワさんに手渡された水着を前にすれば、はしゃぎもしてしまう。くすみがかった薄いピンクに大振りの花が目を引くワンピースタイプのそれは、上半身の身体のラインはぴったりと出るけれど、裾の部分がスカートのようにゆったりと広がって、足の付け根がほとんど見えないデザインになっている。



「か、可愛い~……!」



 広げて口にした私に、コルワさんは「でしょう?」と満足げに微笑んでくれた。生地を見たときから私に似合いそうだと思ってくれていたらしい。嬉しくて、水着とコルワさんを何度も見比べてしまう。



「いただいて良いんですか? 去年も作って貰ったのに、申し訳ないです……」

「いいのよ。ちゃん、喜んで着てくれるから私も作り甲斐があるわ。それにこういう柄、ちゃんも好きでしょ」

「可愛いです……! すごく好き!」

「ふふ、良かった」



 こういうとき喜ぶのは私の方なのに、コルワさんの方がよっぽど嬉しそうにしてくれるのだ。感謝してもし足りない。最近とても忙しそうだったのに、と思うと本当に申し訳なかったけれど、「大事に着させていただきます……」と丁寧にお辞儀をする。何かお礼を考えなくちゃ。美味しいものとか、きれいなものとか。兎に角コルワさんが喜んでくれそうなもの。



「去年のビキニでも勿論問題ないと思うんだけど、あそこのスパ、リゾートチックじゃない? 折角だし雰囲気に合わせた方が良いんじゃないかしらって思ってね」



 去年コルワさんが私にプレゼントしてくれたのは、胸元にフリルがあしらわれたビキニタイプの水着だった。あれも可愛くて大好きだけど、それとはまたがらりと雰囲気が変わっている。「何なら二着持って行って、気分に合わせて変えても良いと思うわ」そんな考えは自分の中に全くなかったから、目から鱗だ。



「嬉しいです……! お土産いっぱい買って来ますね! 何かリクエストはありますか?」

「ん~お土産か~。……だったら何があったか事細かに包み隠さず話してもらうってのがお土産で良いわよ」

「え?」

「ふふ、お土産話ってやつね」



 目を見開く私にコルワさんは小首を傾げて笑う。エルーン特有の耳はぴんと立って、コルワさんが生き生きとしているのが良く分かった。熱の籠もった瞳は私のことをじっと捉えていて、どうしてか、胸がはっきりと鳴る。



「だってお泊まりするんでしょ? そういうの、初めてじゃない?」

「お、お泊まり、は、そうですね、星屑の街でお泊まりさせてもらったことはありますけど、遊びにっていう感じだと、初めてです」

「うんうん初めてのお泊まりデートってわけね、素敵! たくさん楽しめるじゃない! 遊び倒すも良し、二人でのんびりするも良し……色んな思い出が作れるわね。もう二人のハッピーエンドしか見えないわ!」

「お泊まり……デート……ハッピーエンド!」

「そう、ハッピーエンド!」



 その水着、気に入ってもらえたら良いわね。そう続けられて、無性に照れてしまった。人の恋愛ごとを愛するコルワさんは、私とカトルくんのことをずっと見守ってくれている。そういう存在があることっていうのがどれだけ有り難いことなのかを知っているから、私はコルワさんにどれだけの恩を返せるだろうって、いつも考えてしまうのだ。
 コルワさんが用事があるからと部屋を出て行ったのを見送った後、一人残された自室でプレゼントしてもらった水着をまじまじと見つめる。可愛い。すっごくすっごく可愛い。背中の部分が、昔コルワさんに作ってもらったAラインのワンピースを彷彿とさせるくらい空いているけれど、水着だったらそんなに恥ずかしくはないかな。髪は結んで(本当は編み込みたいけど、不器用だからできないのだ。悲しいことに)この前雑貨屋さんで見かけたリボンが似合う気がする。それだけだったら一つ結びでもちょっとは華やかに見えるかもしれない。カトルくんだって、そしたら。
 そしたら。



「…………なんて言うかな……?」



 カトルくんの反応を想像してみたけれど、何だか上手くいかなかった。褒めてくれるのか、興味ないって顔されちゃうのか、どっちだろう。カトルくんって誰の前でも本音を隠すところがあるから、私はその隠された物がなんなのかをはっきりと見ることができなくて、困ってしまうときがあるのだ。
 去年のカトルくんは、私の水着姿を他の誰かに見られたくなかった、って言ってくれていた。それって、それなりに特別なもの、って思ってくれてるってことなのかな。思い出すと無性に面映ゆく、くすぐったくなってしまうけれど、いや、でもそうだ、そんなことより私がカトルくんの水着姿に耐えられるかどうかの方が問題かもしれない。去年、二人で浜辺に座っていたとき、私はカトルくんの水着にすっかり照れて、緊張して、隣に座っていることだけで精一杯だった。息が詰まって、頭のてっぺんがじりじりして、煙になって消えてしまいかねないくらい。なんならカトルくんの目よりも、カトルくんが足首につけていたアンクレトばかりを見ていた気がする。今回は直視できるかな。普段通りに過ごせるかな。そんなの全然自信がない。ないけど、今から出発の日が待ち遠しくなるくらいにそわそわしてしまっているのは間違いない。
 でも好きな人と小旅行、って初めてだ。どんな準備をしていったら良いのだろう。水着は準備してもらえたとは言え、下着も新調しなくちゃかな? お泊まりの予定だけど、ベッドとかどうなってるんだろう。そもそもお部屋は別々かな? 一緒だったら、シングルが二つ? ダブル? 「調べておきます」って言ってくれたカトルくんに全部お願いしちゃったのは私なのに、今更気になってしまう。とりあえずカリオストロちゃんかグランくんにまたお話を聞かせてもらって気持ちの整理をした方が良い気がする。アンスリアさんもあのスパの特集が組まれた雑誌を持ってるって言ってたし、貸してもらえないか聞いてみようかな。心の準備は、どんな形でも必要だ、絶対に。
 改めて水着を身体の前に当てて、コルワさんの私物の、全身が映る鏡の前に立ってみる。ピンクって、そういえばあんまり着ないなって思ったけれど、手足の肌がワントーン明るくなったように見えてとっても素敵だった。やっぱりコルワさんは女の子の「可愛い」を最大限に引き出してくれる。緊張感はなかなか拭えないけれど、この水着があるならって、勇気をもらったような気がした。



「……楽しみ」



 鏡の中の私の顔は緩みきっていたけれど、こんなときくらい許してほしい。
 空を飛行する騎空艇の駆動音が僅かに低くなるのを聞きながら、自分のベッドに仰向けに倒れ込んで、水着を天井に向かって高く持ち上げる。一度強く目を閉じれば、散りばめられた大振りの花がそのまま自分の身体に降り注ぐような錯覚を覚えて、それがどうにもくすぐったかった。









 どこからどう話が伝わったのかは知らないけれど、ぼくが例のスパ・ザ・ブルーとやらに連絡を取った時、既にぼくとさん二人分の宿泊の予約はなされていた。どうも頭目の仕業らしい。
 グランさん経由で妙に広いネットワークを持つあのよろず屋へ、そして彼女から頭目へと伝わったのだろうと推測することはできるが、無理矢理借りを作らされたようで気持ち悪い。施設の利用料まで先払いされてれば、感謝よりも困惑の方が勝るのは当然だ。「カトルくんにもちゃんにも羽尾を伸ばしてほしいからねえ。お兄さんからのちょっとしたプレゼントだよ」と言伝まであったとのことで、薄ら殺意まで芽生えてしまったくらいだ。勿論、感謝をした方が良いというのも分かるのだけど、それでもやっぱりお節介だと思ってしまう。
 怒りを抑えきることができず、どうやら顔に出てしまっていたようで、ぼくの様子を心配してくれたさんに打ち明けざるを得なかったのも良くなかった。彼女は「え! シエテさんが? 嬉しいけど、良いのかなあ……お礼しなくちゃだねえ」と目を丸くしつつも笑っていた。それはちょっと優しすぎませんか。だって別に、礼なんか彼女がする必要はない。どこまで人が好いんだか。だけどにこにこと微笑んでいるさんを見るとつい毒気が抜かれてしまう。ああ、こうやって振る舞えば良いのだと教えもらっているような気になる。それをぼくが真似することはきっとこれから先もないだろうけれど、それでも彼女といると、物心ついたときからこの身に生えていた棘が腐り落ちていくように思ってしまう。
 談話室のテーブルに肘をついて、手の平で勝手に緩みかけた口元を隠した。アンスリアさんから貸して貰ったのだという、スパ・ザ・ブルーの特集が組まれた雑誌に付箋を貼っていたさんは、ぼくの視線に気がついて、不思議そうに、それでも笑ってくれた。
 グランサイファーは、明日にはアウギュステに到着する。ぼくら以外にも何人かが休暇を取ると聞いているけれど、一応は当分の間二人きりだ。「楽しみだねえ」と笑うさんの後れ毛を無意識に耳にかければ、彼女はびっくりしたようにその身を竦ませた。ふ、と笑ったぼくに、彼女はそろりと目線を彷徨わせる。誰も見ちゃいないんだから、気にしなくていいのに。ぼくのものと違うヒューマン族の丸い耳は今、はっきりと熱を帯びている。


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