彼の言葉を信じるなら、今ここにいる私か、もう一人の私が何かをしでかしてしまったことは間違いないらしい。思案気に目を伏せるカトルくんは少しの沈黙の後、ぽつりと呟いた。
「こういう場合、恐らく星晶獣が関わっているでしょうね」
「せいしょうじゅう」
「何か変わったものと出会ったり、どこかで軽率な発言をしたりはしませんでした? あとは……そうだな、眠る前に、何か余計なことをしたとか」
「余計なこと……? ううん……」
言われるがままに、眠る直前のことを思い出す。
夜、厨房のお手伝いや片付けを終えて、いつも通りへろへろになりながらベッドに入ったことは覚えている。
コルワさんが、騎空艇内の恋愛話を聞いてインスピレーションが湧いたのだと一心不乱にドレスを縫い続ける音を聞きながら、うとうととベッドの中で微睡んでいた。今日はカトルくんには朝会ったきりだったな。明日も早く起きなくちゃ。買い出しに行く予定が入っているし、そろそろ倉庫の整理もしなくちゃいけない。そんな風に考える傍らで、コルワさんの布を広げる音が遠のいていく。自分が薄っぺらくなって、宙に漂うような感覚になる。コーヒーの中にミルクを垂らして、ぼーっと眺めているうちに、少しずつ溶けて、混ざり合っていくような感覚に似ている。現実とそうじゃない部分の比率がいつの間にか逆転して、私は意識を手放している。
そこにいつもと違ったところがあったかっていうと、私には分からないのだ。
それでもこうして私がグランサイファーではない部屋にいて、大人になったカトルくんと対峙していることは事実だ。私は入れ替わったんだって、カトルくんは言っている。私が今している指輪と、大人の私の持つ指輪、これがこの場に同時に存在しているのがその証拠だって。
丑三つ時である今、外はまだ真っ暗だったけれど、部屋の灯りは灯されていた。暖色のどこか丸みのある灯りは、私の緊張を多少だけど和らげた。でも、彼の方はどうなんだろう。私はベッドに腰掛けたまま。カトルくんはそんな私とちょっと距離を保つように腕を組み、壁に背を預けて、私の話に耳を澄ませている。「余計なことって言っても……」と口の中でもごもごと呟く私の一挙手一投足を見逃さないように、じっと目を見張らせている。
「……変なことはしてない、です。昨日はずっとグランサイファーにいたし、夜は厨房の片付けを手伝って、部屋に帰って。……コルワさんがドレスを作っていたから、邪魔をしないようにすぐに寝ました」
「コルワさん……ああ、確かに一時期、コルワさんとは同室でしたもんね」
「一時期?」
「……まあそこは良いです。忘れてください」
「え、なんだろ、気になる……」
私の中では現在進行形である状況を一時的なものと言われてしまえば、そう思うのは当然であるはずなのに、彼はもう話す気はないとでも言うみたいに唇を引き結んでいる。
もしかして、これから私とコルワさんは同室を解消することになるのかな。喧嘩とかしちゃうんだろうか。それとも、コルワさんが騎空艇から降りるとか? 考えようとするとどうしてもマイナスの方向に行ってしまう。物凄く気になるけれど、彼に答える気がないならいくら尋ねても無駄だろう。カトルくんの瞳の温度は、いつも彼が私に向けてくれるものよりも、ずっと低い。ちょっと落ち着かなくて、ベッドの淵ギリギリに座り直す。
そもそも、ここはどこなんだろう。航行中に見られる揺れも音もないことを考えれば、グランサイファーでないことは確かだ。音や振動がしないのもそうだけど、それ以前にこんな広々とした白い壁の部屋はあの艇にはない。夜が明けて、カーテンを捲ってみれば分かるだろうか。ううん、今、カトルくんに聞いちゃえば良いんだ。カトルくんは意識的に私と距離を取っているみたいだけど、敵意とか、殺気みたいなものは一切纏っていないわけだし。
木目のぼんやりとした明るい茶色のチェスト、その上に飾られた一輪挿しに生けられた、ガーベラに似た花弁を持つピンク色の花、テーブルの下に敷かれた丸い、小さなカーペット。本棚には興味をそそられる本が並んでいたけれど、背表紙はどれもちょっとだけ傷んでいた。この部屋のありとあらゆる場所に転がるそれは生活感と名の付くものだ。
だから、本当はわざわざ聞かなくたって、なんとなく分かっていたんだけど。
「あ、あの」
声をあげたら、ちょっとだけひっくり返ってしまった。羞恥で顔が熱くなる。瞬きを一つだけして私に言葉の続きを促すカトルくんは、私の知る彼と、やっぱり根っこの部分が変わっていない。
どきどきする胸の辺りを押さえてから、「わ、私たちもしかして、一緒に住んでるんですか?」と上擦った声で尋ねた私に、カトルくんは一瞬目を見開いた後、心底不思議そうに眉根を寄せて、「他に誰と誰が一緒に暮らすんです?」と低く尋ね返したのだった。