カトルくん、どうしてこんなに大人になっちゃってるんだろう。毛布を抱きしめながら、薄暗い部屋で彼のことをじっと見つめている私は、きっと酷く困惑した顔をしていたはずだった。ベッドに腰を下ろして、上半身だけをこちら側に捻っているカトルくんも、顔には出していないけれど、耳にその狼狽が現われている。
 知らない部屋だった。広さは、グランサイファーのカトルくんの部屋の一回り大きいくらい。窓際に大きなダブルベッドがあって、ぐるりと目線を向ければ、デスクや小さなドレッサー、クローゼット、一人がけ用の椅子があるのが、ぼんやりとだけど分かる。ここ、どこだろう。そして、カトルくんのその姿はなんなんだろう。
 無意識に腕の肉を摘まむ。しっかり痛いから、あれ、と思ってしまった。いや、それ以前に、私は夢の中で自分が考えたように動けた試しがないから、抓ってみようと思ったって抓ることなんかできないはずだった。脳と身体がきちんと連動する以上、これは現実で間違いない。



「……何してるんですか」



 私が知っているカトルくんよりも、微かに低い声に、背筋がぞわわとなってしまう。その理由も分からないまま「ゆ、夢かな? と、思って」と抓っていた方の手をそろりと口元にやって目線を逸らす私に、カトルくんは呆れたとかそういう感情とは全然違う、思案するようなため息を一つ吐いた。
 ちょっと決まりが悪くて、なかなか目が合わせられない。だけど、ここは一体どこなのか、とか、どういう状況なのかは教えて貰いたい。だけど、私が意を決して口を開くよりも、カトルくんが言葉を発する方が早かった。



「……それ、どうしたんです? ぼくの居ない間に、何かしました?」

「え?」



 視界の端に指先が見えたと思った次の瞬間には、私は彼の手に顎を掴まれていた。無遠慮に力を入れられて、彼の方に向き直させられる。段々と目が慣れてきた薄闇の中で、その切れ長の瞳が値踏みするように細められるから、こんなワケの分からない状況なのに、ドキドキしてしまった。
 自分が居る場所も、この状況も全く理解できないけれど、その声や、匂いや、空気、私への接し方から彼がカトルくんであることは間違いないって思えるから、私は不安とか、恐怖を持ってはいない。だけど、カトルくんだから、どうしたらいいのかわからなくなる。至近距離で顔をまじまじと見つめられて、私だってカトルくんのこと、観察したいのに、それができないのだ。



「この見た目だと……十年前くらいか? カリオストロさんでも来ました? また変な薬でも飲まされたんじゃないだろうな」

「か、カリオストロちゃん、とは、三日前に会ったきりです……」

「三日? ……三日前なんて、ぼくとずっと一緒に」



 そこまで言ってから、カトルくんはぱ、と目を見開く。それと同時に、掴まれていた顎から彼の指が離れた。
 膝の上に置いた手を取られる。身体は大きくなっても、私の良く知る温度だった。それに、酷く安心した。この前カトルくんにもらったばかりの指輪に触れられて、左手の薬指の根元あたりで、ごり、と擦れるような、痛みともいえない感触を覚えて、それでちょっとだけ、居心地が悪くなってしまったけれど。
 指輪を見つめるその目つきが、あまりにも険しかったから。



「……わかった」

「え?」

「ぼくは、あなたがまた何かをやらかして若返る薬でも飲んだんじゃないかと思ったんですけど、違うみたいですね」

「え、や、やらかし……? 薬……?」



 捻っていた身体を戻したカトルくんは、私の言葉には返事もせず、ベッドサイドの小さなテーブルに置いてあるランプをつけた。暖色の灯りは暗闇に慣れてしまった瞳には少し明るすぎたけれど、そう感じたのも一瞬だけだった。
 ベッドから立ち上がると、カトルくんは部屋の隅にあるドレッサーの引き出しを逡巡無く引く。すぐには目当てのものは出てこなかったみたいだったけれど、整理整頓が成されてないのかもしれない。小さな箱を取り出した後、引き出しを元に戻すときも、何かが一度引っかかったみたいだった。
 カトルくんが手にしている箱は、遠目からだから良く分からなかったけど、ガラスでできた小物入れみたいだ。キャンディとか入れたら、多分可愛いだろうなっていうサイズの。中から何かを取りだして私の前に戻って来たカトルくんは、さっきよりも、少し距離を置いてベッドに腰を下ろす。その手の中にあるものは、彼が緩く拳を握っているせいですぐには判別できなかった。



「若返っただけなら、ここにそれと同じ指輪があるのはおかしい」



 その手が開かれたとき、私はすっかり目を丸くしてしまう。そこにあるものに、見覚えがあったのだ。いや、見覚えなんて言うレベルじゃない。今も私が身につけている、宝物。
 緩くウェーブがかった細い指輪は、多少細かな傷がついて、輝きを僅かに失ってはいるようだったけれど、それでも今私の指にはまっているものと同じものだったのだ。
 わけが分からず、彼の顔と指輪とを見比べる。寝起きの頭は未だにどこかふわふわしていてこの状況を理解できずにいるのに、彼は最早全てを理解したような目で、私を見つめている。



「……入れ替わったんですよ、あなたと、ぼくの良く知るさんが」



 入れ替わった。
 何か心当たりはありますか、と、さっきよりもやや低い声で言われて、思考停止しかけた頭でなんとか「はあ」とだけ口にした。彼が求めている言葉でないことは明らかだったけれど、そう言うしかなかった。
 穏やかな暖色の灯りに顔の半分を照らされたその人は、私の知っているカトルくんの面影を強く残しながらも、やっぱりずっと大人びている。