「新作を作るのに、ちょっとサイズを測らせてもらえるかしら?」



 そうコルワさんに声をかけられるのは久しぶりだったから、「はい!」と張り切って彼女の前で両腕を広げた。とは言え、やっぱりお腹周りを測ってもらうときは緊張する。最近ちょっと食べ過ぎちゃったからなあなんて思いながらも、無理して引っ込めたところで後悔するのは自分なので、素直に力を抜いた。どんなに可愛い服でも、苦しかったらつらいし、作ってもらうのに「やっぱり着れませんでした」では申し訳ないから。
 コルワさんは慣れた手つきで胸回りやお腹回り、肩回りなんかも測っていく。メジャーが手首に当てられたときはちょっと珍しいなとは思ったけれど。「ちょっとこの辺、はめてもらっても良いかしら?」と徐ろに小さな銀の輪っかを取り出されて、とうとう首を傾げた。それはどう見ても指輪にしか見えなかったから。



「指輪?」

「指輪……のような、そうじゃないような?」



 珍しく歯切れの悪いコルワさんの言葉に、だけどピンと来る。以前コルワさんが作っていたウエディンググローブの一つに、一本の指に輪っかを引っかけて固定するだけのフィンガーレスタイプのものがあったのを覚えていたのだ。ああいうタイプの服を作るのだろうと心得顔で頷いて指を差し出せば、「助かるわ」とコルワさんは私の左手を取った。コルワさんの手は、カトルくんのそれと同じくらい熱を持っている。



ちゃんの指はほっそりしててきれいね。これだったら華奢なデザインが良いわ。ストレートでも曲線でも……うん……メレダイヤの方が良いかも?」



 代わる代わる指輪をはめられていく中、けれどコルワさんが気にしているのはどうもサイズではないように思えて首を傾げた。特に深く考えずに「指輪の話ですか?」と尋ねたとき、コルワさんはぱっと目を開いて私を見る。



「え、ええ、そうなのよ! ちゃんとそっくりな手をした女性と結婚するってお客様がいてね、婚約指輪をどうしたら良いかって、相談を受けたの。本来専門外だけど、力になってあげたいじゃない?」

「わ、良いですねえ。指輪かあ……」

「やっぱりちゃんも憧れる?」

「勿論ですよ。指輪、いいなあって思います」



 学校のお友達でも、放課後に彼氏からもらった指輪をこっそりはめている子がいた。きらきらしたそれが可愛くて憧れたのもあるけれど、そういうものを贈ってくれる相手がいるっていうことも羨ましかった。指輪って、誰かに愛されていることの証左そのものだと思うから。



「うんうん、そうよね。ちなみになんだけど……ちゃんはそういう指輪とかは一緒に選びたいタイプ? それとも拘らない?」

「わ、私ですか?」



 その男性へのアドバイスに、色んな子の意見が欲しくて聞いて回っているの。と続けるコルワさんは、物凄く仕事熱心な人だ。敬意を表しながらも首を捻る。コルワさんが準備した、様々なサイズの指輪がケースに並んでいるのをじっと見つめて。
 指輪をもらうことがあるとして。
 その場合、相手はカトルくんだ。カトルくんと指輪、と思うと、私がグランサイファーに戻って来て間もない頃のことを思い出す。まだお付き合いどころか、彼への思いもはっきりと認めていなかった頃、私はカトルくんの指に指輪を無理やりはめてしまったのだ。外すのに、だいぶ苦労したっけ。結局カトルくんが自分で難なく外したけれど。あの頃からカトルくんはちょっと意地悪だった。
 あれはあれで恥ずかしいながらも良い思い出だ。だけど、逆にもらうとして。カトルくんが私の手を取って、そっと指輪をはめてくれる。私はきっと息もまともにできなくて、カトルくんの顔も見ることができずに自分の指をじっと見つめている。時折カトルくんの指の腹が皮膚に触れて、そこはきっと、酷く熱くて。
そんな妄想をしたら、「わあああ」と声が漏れてしまった。コルワさんがびくりと肩を震わせたのが分かって、申し訳なかった。



「む、無理です、はめてもらうところを想像しただけで死んじゃいそうになる……」

「死んじゃいそうになっちゃうの……?」

「だから、い、一緒に選びに行くとか、多分逃げちゃうかも、何見ても同じ輪っかにしか見えないです、きっと」



 熱くなる頬を覆いながらそう言う私に、コルワさんは思案気に目を瞬かせた。
 妄想だけでこんな風になっちゃうんだから、実際そんなことがあったら、卒倒するかもしれない。今のところ、そんな予定はないけれど。








「はい。これがちゃんの指のサイズよ。好みもあると思うけど、ちゃんに似合うのはアームのデザインが真っ直ぐか、緩い曲線かな。V字も悪くないと思うけど、ちょっとちゃんがつけるって考えたら大人っぽいかもしれないわね。でも、太いものよりは絶対細いタイプが良いわよこれは絶対ね。あとは予算と相談かしら」



 騎空艇の談話室に呼び出されたぼくは、一枚のメモ書きを手渡された。さすがデザイナーなだけあって、素人にも分かりやすいメモだ。コルワさんの言葉を聞きながら目で追う。指輪のイラストが添えられているおかげで頭に入りやすいが、形一つでこんなに種類があるのか? と顔には出さないものの考えてしまう。



「助かります。やっぱりあなたにお願いして良かった」

「私こそ二人のハッピーエンドのための協力をさせてもらえて嬉しいわ!」



 満面の笑みを向けてくれる彼女は、職業柄もあるのだろうけれど、それ以上に友人としてさんの幸せを考えてくれている。こんなことを頼むのは申し訳ないなと思っていたけれど、本当に助かった。改めてお礼を口にしかけたぼくに、コルワさんは不意に「それとね」と呟く。



「こういうのって人によっては『一緒に選びたかった』って言う子もいるから、お節介かなって思ったんだけど、ちゃんに聞いてみたのよ。勿論、仕事にかかわることだからアンケートみたいなものっていう前提で」



 その言葉にはっとする。そういえば、彼女を驚かせることばかりを考えていたけれど、デザインが気に入ってもらえない可能性もあるのだ。だけど続けられたコルワさんの言葉で、芽生えた不安は一気に消えてしまうことになる。



ちゃん、指輪を一緒に選びに行くってなっても緊張で全部おんなじ輪っかに見えちゃいそうって言ってたから、その辺り心配しなくて良さそうよ」



 そのときのさんの表情まで想像がついてしまって、笑うまいと思ったのに小さく笑ってしまった。「……彼女らしい」誤魔化すようにそう口にすれば、コルワさんは切り揃えられた前髪の下の双眸を細める。



「物語のハッピーエンドはすぐそこって感じね。大丈夫、私の予測は当たるのよ。カトルくんだったら直前でうじうじしたりすることもないだろうし、私も安心してちゃんを任せられるわ」



 私の大事なお友達をよろしくね。そう心強い応援団に微笑まれれば、怖じ気づくわけにもいかなかった。勿論、そんな予定もなかったけれど。
 コルワさんのメモを丁寧に折りたたみながら、「ええ、任せてください」と答えたぼくに、彼女は普段よりも幼い笑顔を見せた。