家の裏にある野いちご畑で収穫を手伝うさんは、土まみれになりながらも楽しそうに笑っていた。子供みたいな人だ。採っても採ってもなくならない野いちごにぼくは辟易しかけていたけれど、バケツ三つ分なんてあっという間だった。



「カトルくんもちゃんも、手際が良いのねえ。とっても助かるわ」



 そんなお世辞にも破顔するさんは、ちょっと素直すぎる気もするけれど。
 下処理を終えると、さんはカヤノさんとキッチンに並んだ。普段から厨房で手伝いをしているだけあって、慣れないキッチンでも彼女はてきぱきと働く。「前も手伝ってくれたものね」と微笑みかけるカヤノさんに、「はい! でもこうしてお鍋を混ぜるのは初めてです!」と明るく答えるさんは、よっぽどジャム作りが楽しいのだろう。その背中からも彼女の高揚は伝わってきた。木べらでぐるぐると鍋の中身を混ぜるその姿を眺めるぼくの口角はいつの間にか緩んでいて、我に返って思わず頬を軽く叩いてしまった。
 家中に広がるいちごの香りはどこか懐かしく、二人の背中を見ていると、柔らかな布で身体をぐるりと包まれるような感覚になったのだった。
 さんがカヤノさんに会いたがるのも、分かる気がした。








 翌日、お土産のジャムを抱えて街へと戻る馬車の中でも、さんはまだ上機嫌だった。



「素敵な人だったでしょう? カトルくんにどうしても会ってほしかったんだ」



 二人の元の世界に関する話も、昨晩、少しだけ聞けた。カヤノさんは何度か、元の世界への帰り方を知らないかと尋ねてくる人と話をしたことがあるらしい。それも一人ではなく、何人か。



「全員が全員、酷く暗い顔をしていてね。話を聞くと、奥さんや小さなお子さんを置いてきてしまったとか。婚約したばかりだっていうお嬢さんもいたわね。だから、どうしても帰りたいんだって。だけど、私はここに残った人間だから、帰り方を知らなかったの」



 その人たちは一体どうなったんですか、と尋ねたのはさんだった。ぼくの隣に座って、緊張した面持ちでいた。膝の上の手が震えていたから、カヤノさんの前だと言うのに思わず重ねてしまった。彼女の手は、いつもひんやりとしている。



「私は何の役にも立てなかったけれどね、人伝に、姿を見なくなったって聞いたわ。きっと元の世界に帰れたんだと思うの」



 亡くなったのでは? と冷たいことを思ったが流石に口にはしなかった。「きっと、向こうの世界との縁が勝ったのね」とカヤノさんが続けたから。



「こちらの世界で、彼らは元の世界ほどの縁を結ばなかった。ちゃんと会って、そう確信できたわ」



 あなたは私と同じくらい、素敵な縁を結んでいるみたいだから。ぼくたちの重ねた手を、まるで慈しむような目で見つめながら、カヤノさんはそう言った。ぼくの網膜には、居間の棚に飾られた写真立ての中で笑うカヤノさんと旦那さんの、二人の笑顔が鮮明に焼き付いている。



「…………そうですね。素敵な人でした」



 ぼくの言葉に、さんは目を丸くしている。ぼくがそう答えることが相当意外だったらしい。思わずその頬に手を伸ばして摘まんだら、「あひゃ」と妙な声で笑われたから、つられて吹き出してしまった。
 帰りの馬車は行きと違ってぼくたちの他に誰もいなかった。ゆっくりと流れていくこの島の景色は、どうしてか昨日よりも色鮮やかに映った。