一瞬だった。エッセルさんの撃った弾が、カトルくんの持つ四天刃に真っ直ぐ向かったのは。
限界まで見開いた目が乾いて痛い。息ができなくて、耳の奥でキンと高く音が鳴った。四天刃はぐるぐると地面を回転して、カトルくんの手から離れる。全身の力が抜けて、そのまま座り込んでしまいそうになった。エッセルさんが銃を下ろすのを皮膚で感じる。「カトルくん」弱々しい、縋るような声が勝手に口をついて出た。ここからじゃ、カトルくんに私の声は届きようがないのに。
回転する四天刃をグランくんが足で押さえたとき、エッセルさんが「行こう」と私に手を差し出した。震える手で、エッセルさんの温かい手を取る。ぎゅうと力を込められたおかげで、少し震えが落ち着いたような気がした。
空気はまだしんと冷えていた。足がもつれて転びそうだった。心臓がさっきの倍は激しく脈打って、本当に、口から心臓が出そうってこういうことを言うんだな、なんて、どこか冷静な部分で考えてしまう。だってそうでもなくちゃ、安堵と不安っていう相反する感情でぐちゃぐちゃになって、本当におかしくなりそうだったのだ。
「カトル!」
丘の下は血の臭いで充満していた。エッセルさんに続いて、血に濡れた草に膝をつく。噎せ返るような濃い草の匂いの中で、カトルくんは未だシエテさんの剣塊に押さえつけられたまま、伏せて目を開けない。その身体はあちこちが傷だらけで、まだ血は止まっていなかった。彼の細い、きれいに筋肉のついた腕の生々しい傷に、一気に血の気が引く。思わず悲鳴が出かかって、口元を手で押さえた。
「安心してちゃん。カトルくんは生きてるよ~」
壮絶な戦いの直後とは思えない声音でそう言うシエテさんに、思わず顔をあげる。
「でも、すぐには目覚めないかもね。とりあえず怪我は治療しないとだし、運ぼうか。エッセルの家で良いよね?」
「私も手伝うよ、シエテ」
「いーっていーって。カトルくらい、俺でも運べるよ~。グランちゃんは、そのまま四天刃の回収よろしく~! あ、グランちゃんに悪さはしないと思うから、素手で触っても大丈夫だよ」
言いながらシエテさんは技を解く。闇の中で発光していた剣が魔法みたいに消えてなくなったことで、ほっと息を吐いた。
シエテさんはそれからカトルくんの腰のあたりから四天刃の鞘を取って、ぽいとグランくんに放り投げる。それを難なく受け取ったグランくんもまた、近くで見れば酷い怪我を負っていた。肩付近の衣服が裂けて、そこから深い傷が覗いている。顔色もほとんど変えないグランくんは、四天刃を鞘に収めると私の顔を見て、困ったみたいな顔で笑った。
「は、怪我はない?」
「ない、ないよ。でも、グランくん、怪我……」
「僕はこれくらいなら慣れてるし、平気。ただ治療はしなくちゃいけないから、このまま一旦グランサイファーに戻るよ。街に戻ったらビィとルリアに声をかけてもらっても良い?」
「う、うん」
「グラン、治療だったら街でもできるけど……」
「いや、カトルの治療に専念してあげて。……四天刃も一度、艇に戻してこなきゃいけないし」
エッセルさんの言葉にグランくんは緩く首を振った。どちらかと言えば付け加えた理由の方に重きを置いていたんだと思う。「僕も落ち着いたらまた戻るから、その間は、カトルのところに」そう続けたグランくんは、シエテさんの方へと目線をやる。まるで彼に声をかけられるのを予測していたみたいに。
「お~い、そろそろ行こうよ~」
「わ、はい!」
「ごめん、シエテ」
カトルくんを抱えたシエテさんに呼ばれて、エッセルさんと二人、急いで彼の元へ向かう。振り向きながら「グランくんも気をつけて」と言えば、彼は曖昧な笑みを浮かべてこちらに手を振った。
超人的な強さを持った人だと思っていたから、私はグランくんの様子がいつもと違うとかそういうことに、全く気がつかなかった。シエテさんの腕の中で眠るカトルくんの容態が気になっていたせいも、勿論あるけれど。
星屑の街へ戻る私たちが振り向いてもグランくんの姿を目視できなくなる頃、グランくんが港へと向かわず、深くため息を吐いて地面に転がったことを、私はきっと一生知らないままだ。
「あー……」
空気に滲むようなその声を、彼は誰にも聞かせはしない。
「…………結構やばかったなあ」
彼が空を仰ぎそう呟いて、四天刃を彼らしくはない粗雑な仕草で地面に深く突き刺したことだって、きっとずっと、私が知ることはないだろう。
東の空が朝焼けに滲んでいた。カトルくんの泥だらけの頬が朝陽を受けて輝いているのを見て、込み上げてくる感情に必死で耐えた。まだ夜の気配が残る頭上の空は、私たちの行く末を見守るみたいに、星が静かに瞬いていた。