四天刃とは、カトルくんが倉庫から持って行ってしまったという天星器のことだ。
武器庫の整理をしているときに見かけたことがある。柄の部分から刃先に至るまで黄金色に輝いたそれは美しさよりも先に禍々しさを感じてしまって、一度手に取ったのだけど、すぐに元の位置に戻してしまった。畏怖すべき対象と言っても良いものか、分からない。だけど騎空艇内に幾つかある武器庫の中で、あの天星器のある部屋だけは何だか妙に居心地が悪かった。あそこに居るとねめつくような視線を感じて、ぞわぞわしてしまうのだ。セルエルさんにそれを話したら、「ああ、そうでしょうね」と曖昧に頷かれたから、多分本当に何かあったんだと思う。天星器だけが原因だったのかどうかは分からないけれど。
シエテさんとグランくんは、カトルくんがおかしくなったのはその四天刃のせいだと言っている。どういうこと? 思わず口を挟んでしまいそうになったけれど、「ご名答! さっすがグランちゃん」と明るく言ってのけたシエテさんを前に、ぐっと堪えた。
「ま、勿論まだ確証はないんだけどね。でも、もしそうだったとしたらやっぱり四天刃とカトルくんとを引き離すしか方法は残されていないと思うんだ」
「四天刃をカトルから奪い取るってこと?」
「そそ。簡単に手放してはくれないだろうけどね」
シエテさんの言葉尻から察するに、カトルくんは四天刃に意識を乗っ取られている状況、っていうことなんだろうか。俄には信じがたいように思えたけれど、でももしも本当にそうだって言うなら、カトルくんの様子がおかしかったことに説明がつく。勿論、例えそうだったとしてもその支配は彼の至る部分にまで及んでいたわけじゃないだろう。だってそうじゃなきゃ、彼は私に手を差し出したりしなかっただろうから。
カトルくんにはまだカトルくんの根っこが残っていて、だけど彼が外に出している、彼を彼たらしめている部分はもうほとんど刈り取られた。それは理性とか、建前とか、そういう類のものであることは疑いようがない。覆い隠していた核を守る殻をカトルくんは今四天刃に剥ぎ取られ、そして感情のままに行動している。
彼が最後に私に向けて吐き出した「腑抜けになんかなるんじゃなかった」は、だから、彼の本心だったのかもしれない。そう考えたら私は座っているのも難しいくらいに悲しくなってしまった。だってあの言葉は、私たちの今までを全て否定するみたいに思えたから。
それでもここで泣くわけにはいかなくて、膝の上に置いた手をぎゅうと握りしめて、耐えた。耳の奥がきんと甲高く鳴る。
「一応残った十天衆の皆にもその旨は伝えておこうと思っているけど、ただカトルくん、話を聞くに随分進行しちゃってるみたいだから、どうかなぁ……」
シエテさんは自分で言葉にしながら、うぅん、と唸るように息を吐いて、それから足を組んだ。幾らか時間をかけてから顔をあげたとき、けれどその目はいつもの穏やかさを取り戻している。
「とりあえず、俺は俺でちょっと動いてみるからさ、悪いんだけど、グランちゃんたちに頼み事をしたいんだ。お兄さんのお願い、聞いてもらえる?」
「それは、勿論。僕たちにできることなら」
「助かるな~!」
じゃあ、これからのこと。
シエテさんはゆっくりと、確認するように続けた。「まず、俺はこれから他の十天衆のところに行ってくる。まだカトルくんの襲撃に遭っていない仲間たちのね」シスさんと対峙してから三日が経って、あれからどれだけの十天衆がカトルくんの前に倒れているのかを、シエテさんははっきりとは口にしなかった。だけど、カトルくんは次々と彼らに戦いを挑んでいるのだろう。きっともうあまり時間は残されていない。
「グランちゃんたちは、すぐに星屑の街に行ってほしい」
「星屑の街に?」
反芻するグランくんに「そう、あっち行ったりこっち行ったりでごめんね。でも、さっきも言ったんだけどさ」とシエテさんは軽く頷いて続ける。
「今、あそこの街は緊張が続いている。カトルがマフィアの一味を一つ潰しちゃったんだから、当たり前だよね。ウーノがあの街を守っていてくれているから、何とか睨み合いの状況で済んでいるって感じだったんだけど、回復したとは言えウーノも本調子じゃない。だから、グランちゃんたちにはあの街の警護を頼みたいんだ」
この状況でそこを突かれたら怖いからね、と。肩を竦めて話すシエテさんの瞳は、私たちを見ているようで全く別のものを見ているように、遠かった。
「それに、今のところカトルくんは星屑の街に近づいていないようだけど、エッセルが狙われるってこともなくはないわけじゃない?」
四天刃の意識に引きずられることがなければ、それはそもそも起こりえないかもしれないけれど、そればかりは蓋を開けてみなければ分からない。星屑の街の警備とエッセルさんの身の保全のため、こうしてグランサイファーの次の目的地は決まったことになる。
星屑の街にいたら、またカトルくんに会えるのかな。そもそもカトルくんは、エッセルさんまでも自分の目的のために打ち倒す対象にしているんだろうか。この思いが不安なのか、緊張なのか、それ以外のまた別の何かなのか、私には分からない。
私の隣で頷いたグランくんに、シエテさんは「助かるよ」とその目を細めた。
「さて、じゃあこうしてばかりもいられないね。俺はそろそろ行くよ。エッセルのこと、頼んだよ?」
「うん。シエテも気をつけて」
「はは、だ~れに言ってんの。大丈夫、大丈夫」
シエテさんはベンチから立ち上がると、「ちゃん」と、不意に私の名前を呼んだ。今の話し合いの間中、そんな風に私の名前を呼ばれることはなかったから、びっくりして、返事をするのに声が裏返ってしまう。「はいっ」と背筋を伸ばした私に、シエテさんは声をあげて笑う。その笑顔が、ほとんど他人の私に向けるには不必要なくらいに優しかった。
シエテさんと今後の相談をしている内に、どうやら陽が沈み始めていたらしい。太陽の光がシエテさんの髪をきらきらと輝かせていて、私はその輪郭を、だけど、やっぱり知っていると思ってしまうのだった。お兄ちゃんと一緒だ、って、まだ性懲りもなく。
似ているようで、二人は別人で、中身までは似ていないし、声だけを聞いていると思い出してしまう光景はまた別にある。それは私の首をきつくきつく絞めるのだ。今も、多分これから先も、当分は。
だけど、そんなのこの人には何の関係もない話だ。
シエテさんはこうして、誰でもなく、カトルくんのことを真剣に思ってくれていた。本当に血の繋がった身内にでも対するみたいに。自分のことのように嬉しかった。飴色の光は後光のようだった。彼の影は私の腰のあたりまで伸びていた。私はわけも分からず、泣きたくなっている。
「どうかカトルをよろしくね」
差し出された手の平に、恐る恐る手を伸ばす。厚くて、何だかごわごわした手だった。初めて彼と握手をしたときほどの拒否感も、恐怖も、どこにもなかった。あ、こんな手だったんだ、って、今更思う。私の中で、このとき初めて彼が、他の誰でもないシエテさんとして上手く飲み込めたような気がした。