シエテさんは十天衆のリーダーだ。
カトルくんやシスさんのような人たちを束ねているくらいだから、シエテさんも物凄く強い人なんだろう。彼が纏っていたあの緩い空気からは、ちょっと想像がつきにくいけれど、そういうのって見た目からじゃ分からないし。実際、グランサイファーにもそういう人は大勢居る。
シエテさんとは一度、彼がグランサイファーに顔を出してくれたときにご挨拶をさせてもらったことがある。気さくな人で、人好きのする笑顔が印象的だった。初対面の相手に警戒心を与えないタイプだ。おしゃべりで、感情表現が豊かで、色んなことを面白おかしく話してくれる。そういうところをカトルくんは鬱陶しく思っているようだったけれど、それ以上にきっと尊敬もしているんだと思う。口にしたら怒られそうだから、絶対に言えなかったけれど。
「シェロカルテを通じて、連絡を取り合ってたんだ。丁度お互い同じ空域にいたから落ち合おうってことになってね。それでにも一緒に来てほしくて」
もシエテと会ったことはあったよね、と尋ねられ、曖昧に頷く。私はだけどそうしながらも、どうにかして断る理由を探していた。私がついていったって何か実のある話ができるような気はしなかったし、ルリアちゃんもビィくんも艇に残るというなら、むしろ私の存在は邪魔なんじゃないかと思ったのだ。だけど、内心でまでそんな風に言い訳をする必要はないだろう。本音を言うと、私は一緒に行きたくなかった。シエテさんと上手く話ができる自信がなかったのだ。
シエテさんは、私のお兄ちゃんに似ていたから。
柔らかな金色の髪、垂れ目がちの双眸は人懐っこくて、表情が忙しなく変わる。初めて出会ったときの衝撃は、未だ鮮明だ。
あのときの私は情緒不安定で、彼を前にして酷く動揺していた。その声が、私から全てを奪った人のものと似ているような気がしたからかもしれない。いっそ声質までお兄ちゃんに似ていてくれたら良かったのにな。だけどそこまでしたってシエテさんはお兄ちゃんではないのだから、やっぱりだめか。
結局断る理由を見つけられないまま、騎空艇は着陸姿勢に入ってしまって、私は観念せざるを得なくなる。胸の内側が脈打つような感覚に、細く息を吐いた。柄にも無く緊張していたけれど、この緊張が一瞬でもカトルくんへの懺悔を打ち消してくれる気がして、それに気がついた瞬間だけは心の内側がすっと楽になった。
「おっ、グランちゃん、こっちこっち~!」
グランサイファーが降りたのは、この辺りではそれなりに大きな港のある街だった。待ち合わせ場所の広場に既にシエテさんは居て、私とグランくんの姿を認めるや否や、ベンチから立ち上がって大きく片手を振っている。「シエテ、久しぶり」と気安く話しかけるグランくんの後ろで、萎縮していた私に、けれどシエテさんはすぐに気がついてくれた。
「あれ? 君は確か……カトルの彼女ちゃんじゃない?」
「は、はい、です。ご無沙汰しています。すみません、大事なお話をするときに同席させていただいてしまって」
私の言葉を受けて、シエテさんは首を振り「いやいや、ちゃんだって、他人じゃないでしょう」と、当然のように言ってくれた。それだけで、ボロボロになった胸の内側を包んでもらったような気になってしまう。それくらいに私はすっかり弱っていたのだ。
シエテさんの顔を直視することはすぐにはできなかったけれど、心の準備をしていたおかげか、初めて会ったときほどの動揺はしないで済んだ。やっぱり横顔が似ているな、とか、声が違うだけで雰囲気が違うんだな、とかは思ったけれど、それだけだ。
シエテさんは十天衆のリーダーとして、エッセルさんや他の十天衆の人たちの話から、きちんとカトルくんを取り巻く現状を把握していたらしい。四天刃を持ったカトルくんが、ウーノさんの言葉を真に受けて己の強さを証明しようとしていることについて、彼は僅かに肩を竦めた。
「ほんと、直情的だよねぇ。ま、そこがカトルくんの良いところでもあるんだけど」
ふ、と息を吐いて小さく笑ったシエテさんの瞳は、温かくて優しい。まるで血の繋がった家族に向けるような双眸だった。「ねえ、ちゃん」と振られて困ってしまったけれど、そっと頷いた。でもカトルくんにはもっともっと良いところ、たくさんあるんですよ。こんな状況じゃなかったら、そういうこともお話できたのかもしれなかった。
グランくんとシエテさんは、それからお互いの知りうる近況を報告し合った。シスさんが未だ昏睡していることを知ったシエテさんは苦々しい表情を浮かべたけれど、「でもシスくんだからね。目覚めることは保証するから、安心してよ」と言ってくれたから、私はほっとする。つい先刻も、眠り続けるシスさんの顔を眺めて、どうしようもない焦燥感に駆られていたから。例えそれが何の確証もない言葉だったとしても、私にとっては心強いものだった。
一方でシエテさんは、ぽつりぽつりと、彼にしては低く静かな声音で話し出す。マフィアのアジトでカトルくんを止めるために戦ったウーノさんが、一人で日常生活を送れるほどに回復していること。けれど星屑の街は未だに閉ざされたままで、他のマフィアとは依然緊張状態が続いていること。他にも既に何人かの十天衆の人がカトルくんの奇襲を受けていると。良い話も悪い話も同じようなトーンで話す彼は、真剣な顔をしていた。
「一応皆には注意しておくように言ってあるんだけど、どうしても後手に回っちゃうんだよねぇ。ほら、カトルってこーゆーときの行動力、凄まじいし。……まあ、彼だけの意思っていうのでは、もうないような気もするんだけどさ……」
「……それって」
グランくんがシエテさんの言葉を受けて、目線を彼に投げる。思い当たる節があるとでも言わんばかりの声音だった。でも、私にはちっとも理解ができない。いや、厳密に言えば、シエテさんが言わんとすること自体は理解できていても、その正体が掴めていない、の間違いか。
あのときのカトルくんがまるで彼らしさを失っていたことには、私も気がついていた。私に手を差し出したカトルくんは、塗り潰されていたように見えたのだった。何か、別の、何らかの意思によって。彼という存在が上書きされていく感覚が確かにあった。それはカトルくんを、彼が発する輝きごと丸呑みにしてしまった。
「四天刃のせいだよね」
グランくんが吐き出したその言葉を、私はただ、じっと聞いている。