十天衆同士の揉め事や争いは御法度だ。
 そういう掟があるから、ソーンさんは不穏な動きをしてみせたぼくをすぐさま止めに来た。秩序を乱す「芽」を、正義感の強い彼女は許せなかったのだろう。
 全空一と呼ぶに相応しい実力者を集めた集団の中で、だが、一番強いのは果たして一体誰なのか。ぼくは以前からそれが気になっていた。機会があれば、確かめてみたいとも。だから、この状況はまたとない好機だったのだ。ぼくは、特にあなたと戦ってみたかったから、シスさん。
 グランさんと同じ、ぼくにはない生まれながらの才を持つ人。ただグランさんと違うのは、その力を持つに相応しいだけの覚悟がないところか。ぼくから見たシスさんはどこか掴み所がないくせに、影ばかりが濃くて、見ていると酷く苛ついた。まるで自分の力そのものを厭うようなその素振りが、同情を請うているようで見るに堪えなくて。
 だから、ぼくはお前が嫌いだった。



「ふ、ふふ……」



 手が震える。地面に頽れ血反吐を吐くシスさんを前に、喉の奥から漏れる笑い声が抑えられない。
 ウーノさんとソーンさんを退けたときとは違う種類の高揚感に支配されていた。それは相手がシスさんだったからか、それとも、四天刃との同化が進んでいるせいなのか、分からない。視界が赤いと思ったら、それはシスさんの血だった。手の甲で目元を拭いながら、ぼくは自分がほとんど傷らしい傷も負っていないことを知る。
 シスさんの仮面は外れて、ぬかるんだ地面に転がっていた。泣き黒子のある垂れ目がちの瞳が苦悶に歪んでいる。案外きれいな顔をしていたんだな、仮面の下の顔に刃を立てる。



「ぐ……ッ」



 生まれながらに素晴らしい身体能力を持ち、幼くして己の一族を滅ぼしたというこの男が弱いはずがない。なのに、今彼はぼくの手にした四天刃によってその身体を抉られ、成す術なく動けずにいる。
 石を積んだだけの簡素な墓石は、戦いの衝撃でそのほとんどがばらばらに砕けるか、吹き飛んでいた。小さな白い花弁を踏みにじる。つい先ほどシスさんが手向けていたそれは、ぼくの踵の下で息絶える。



「ぼくの勝ちですね」



 四天刃の力は偉大だ。まるでもう一人の自分が外側から俯瞰しているかのように、ぼくは次に自分が取るべき行動が分かる。拳の軌道の先も、彼が次に出す技のその瞬間も、目線の動きも。シスさんに膝をつかせた。ぼくの勝ちだ。
 ぞくぞくとした興奮が心臓から巡って、末端の神経まで痺れていくような感覚に襲われる。ぼくは高揚している。ウーノさんやソーンさんのときと違うのは、その熱に浮かされてしまっていることだ。四天刃の意識と自分のそれとが混ざり合っている。あれだけ耳障りだった笑い声が、もうぼくは、自分のもののようにすら思えている。



「……いつの間に……それほどの力を……」



 掠れた声で口にするシスさんに、まだ意識があるのかと笑ってしまった。だって、こんなに身体中を傷だらけにして、そのまま失血死してもおかしくないのに。泥と身体から流れた血とが混ざり合って、地面は赤黒く濁っている。「随分頑丈なんですね」吐き出した言葉は膜が張ったように、籠もって聞こえた。
 ああ、ぼくはこれでまた最強に近づいた。あれだけ目障りだった彼を倒して、階段を三段飛ばしで駆け上がるように強くなっている。これならばぼくは皆を守れる。星屑の街も、姉さんも。
 さんだって、喜んでくれるだろ。
 あの星屑の街での夜、キスの後でぼくに見せてくれた、全てを許してくれるような柔らかな笑顔で。「すごいね、カトルくん」って屈託無くぼくの手を取って。
 会いたい、会いたい、会いたい。あの子の頬に触れたい。何も言わずに出て行ったことを彼女は悲しんでいるだろうから、謝って、だけどもう少し待っていてくださいね、と囁いて、キスをしたい。全てが終わってぼくが最強になったら必ず迎えに来ると約束すれば、あの子はきっと笑って頷いてくれるから。
 じゃあ「最強」の証として、この男は殺しておこうぜ。
 ああ、そうだな。脳に直接響くその声に応えなければならない。ぼくは四天刃を振り上げ、そして。
 シスさんに向かって振り下ろしたその瞬間、勢いよくそれを弾かれた。



「っ!」



 手首に衝撃が加わって、あらぬ方向に四天刃が弾き飛ばされる。何か飛び道具のようなものが当たったことを受けて回転したその切っ先は、ぼくの手の平を傷つけた。
 鍔を支点にして地面の上で回転するそれを視界の端でみとめながら、第三者の介入に舌打ちをする。あと数秒遅ければ、ぼくは確実にこの男の息の根を止めることができたはずだったのだ。
 こんな辺鄙な場所に現れぼくの邪魔をする人なんて、そうそういない。



「シスから離れて、カトル」



 間違いなく、それはグランさんの声だった。
 大方姉さんから話を聞いて、ぼくの動向を探っていたのだろう。シスさんにすぐさま狙いを定めるだろうと当たりをつけて、そして彼を助けにここまでやって来たと考えるのが妥当か。そのタイミングが、今まさに彼の命を奪おうとする瞬間だったということも、彼に与えられた強運が故なのかもしれない。
 そんなこと考えても、詮無いが。



「…………余計な邪魔しやがって」



 目線を向けたとき、だけど、ぼくは思わず息を止めてしまった。そこにあった影は、グランさんのものだけではなかったから。
 どうしてここにさんまで居るんだろう。
 もうこの土地全体に染みこんだ血の臭いは、彼女にまるで相応しくなかった。靴から足首まで泥塗れにしたさんの姿を、まじまじと見つめてしまう。顔色は悪く、肩で呼吸をしている。ここはさほど空気が薄いわけではないのに、随分苦しそうで、彼女が疲弊していることは見てとれた。
 どうしてこんなところに連れてきたのだというグランさんへの憤りと同じ分だけ、目を見開いてぼくを見つめるその顔に、懐かしさと愛おしさでいっぱいになっている。会いたかった。会いたかったのだ、ずっと。
 そう、欲には素直にならなきゃなあ。
 ぼくから離れた地面の上ですら尚、四天刃はぼくに囁き続けている。
 星屑の街でグランさんに負けてからずっと抑え込んでいた彼女への思いが、本音が、溢れてしまいそうだった。あなたと過ごした最後の夜、ぼくは、隣にぼくがいなくてもあなたは大丈夫だと思った。そう思うことで自分の取る行動を正当化した。ぼくが強さを求めることに対する免罪符だった。だけど、やっぱり一緒に連れていくべきだったな。ぼくは何もかも手に入れられるだけの強さを持ったんだから。



「……さん」



 頭から被っていた返り血が、一歩彼女の元へ進もうとする度、目の中に流れ込む。
 さんは胸の前で手を組んで、ぼくを見つめていた。その瞳に滲んだ怯えを、このときのぼくはまだ気がついていない。