四天刃を持ってマフィアを壊滅させたカトルは、次の標的を十天衆へと変えていた。最強に拘泥するからこその選択だ。もルリアもビィも、だからといってわざわざ身内に矛先を向ける理由が分からないと首を捻っていたけれど、僕は彼の気持ちが分からないでもない。
 カトルの敵は、多分、自分自身でもあるのだと僕は思う。強さの象徴を打ち倒すことで、マフィアを圧倒するだけでなく、それでようやく彼は自分を認めることができるんじゃないか、って。僕が言葉で説明したところで意味はないし、きっとそれが彼にバレたら怒られてしまうだろうから、わざわざ口にはしなかったけれど。
 一方でカトルは十天衆を相手取る以上、すぐさまその狙いをシスへと向けるだろうと想像できた。彼は同じ艇に乗りながらも、シスを蔑むような言葉を口にすることが多かったから。勿論そこには単純な嫌悪だけがあったというわけではないということも分かっているつもりだ。カトルは表層からは分からないような、色んなことを考えている。
 ビィは「囮にするつもりか」と僕に尋ねた。言葉は悪いけれどまさしくその通りだった。シスの傍にいれば、間違いなくカトルは現れるだろう。四天刃を持って、彼の目指す最強の座を得るために。
 だけど、そうやってカトルをおびき出すということに関して問題が一つあった。
 シスは、僕たちがカトルに星屑の街を案内してもらう数日前に艇を降りていた。彼には普段から頼りっぱなしだったから、彼にもまた僕の休暇に合わせて長い休みを取ってもらったのだ。正直、タイミングが悪かった。もしもグランサイファーに居てくれていたら、いくらでもカトルを待ち構えることはできたはずだったのに。
 シスは彼の故郷であるカルム一族の郷へ向かっていた。さらに悪いことに、カトルはそれを知っている。カルムの郷はこの空域からはさほど遠くはないが、エッセルの話を聞く限り、カトルがマフィアを襲撃したのは二日前で、この時点で既に僕たちは出遅れてしまっていると見て良い。
 騎空艇に戻ってすぐさまカルムの郷へと目的地を定めた僕に、は何も言わない。
 は、カトルがグランサイファーを降りてからずっと口数が少ないけれど、「大丈夫?」と聞くと、絶対に「大丈夫」と答える。作った笑顔はそうと分かるくらい力が無くて、僕は彼女のそういう顔を見るといたたまれなくなる。
 僕は、カトルと二人で並んで歩いている君たちを見るのが好きだった。は気がついていたかどうか分からないけれど、カトルはといるときとそうでないときで、随分雰囲気が違ったんだよ。肩の力が抜けて、眉尻が下がる。君を見ているときだけ、カトル自身を形成する何もかもが柔らかくなる。もそうだ。カトルの傍にいるは、いつもきらきらしていた、少し眩しすぎるほどに。
 カルムの郷に着いたとして、そのときはどうするのだろう。星屑の街なら兎も角、シスを倒しにきているカトルの前に彼女を連れていくのは、僕のエゴかもしれない。だけどは僕の考えていることを見透かすように、「グランくん」と僕の名前を呼んだ。



「足手纏いになるかもしれないけど、カルムの郷には私も一緒に連れてってね」



 それは、覚悟を決めたと言うには、どうしようもなく頼りない声だった。








 ソーンさんの矢を全て見切るだけの反射速度を元々持っていたわけではない。彼女の技の精度は十天衆の中でも群を抜いていたし、ぼく自身もそれに関しては一目置いていた。
 だけど、四天刃の力はそれをも上回るのだ。
 ぼくとの戦闘で気を失ったソーンさんは傷だらけになりながらもまだ息をしていた。最強という称号が欲しいだけのぼくは彼らの命まで奪う気はそもそもなくて、このまま彼女を置いて立ち去ろうとした。なのに、自分の意思に反して足が止まる。
 殺さなくて良いのか、腰抜けが。
 脳に直接語りかけるその声は紛れもなく四天刃のものだった。



「……殺す必要はない。勝敗は決したんだ。どちらが強いかなんて、一目瞭然でしょう」



 四天刃は耳障りな声で笑う。ああ、そうか、そうか。テメェがそう思うんだったらそれで良いだろうよ。煽るような言葉尻に呼吸が止まりかける。
 ソーンさんの意識は完全になく、その身体からはそれなりの出血が見られていた。とは言え、加減はしたつもりだから、致命傷になるものはないはずだ。気を失ったのだって、頸椎を叩いたからで。目立つところに放り投げておけば、きっとすぐに行商人に拾われる。
 殺しておいたほうが良いと思うぜ。オレは。
 耳を塞いでも無意味だと知っているから、舌打ちを一つした。



「十天衆は争いの抑止のために存在している。……欠員が出ればその分、空のバランスが崩れる」



 良く言うぜ。そのバランスをオレの力を使って崩そうとしているのは誰だよ。
 四天刃の言葉に耳を貸すべきではない。そう思っているのに、どうしても意識を持って行かれる。
 手の平に、べったりと汗をかいていた。返り血でも浴びたのかと思うほど、ねばつく汗だった。自分とは別の意思に誘導されるように、四天刃に手が伸びる。眼球が言う事をきかない。足元に転がるソーンさんを、ぼくは見下ろしている。この首をかっ切れば、彼女は死ぬ。



「……ッやめろ!」



 すんでのところでたたき落とした四天刃は、草の中からぼくをじっと見上げていた。
 ああ、ああ、そうか、じゃあ、それで良いんじゃねえか。でも、なあ、テメェはよ、全空一最強になるんじゃなかったか? なあ、それは、じゃあ、一体何のためだ? 
 脳の端から音がする。ぼくは確かに食われていく。子供たちのぼくの名前を呼ぶ声、姉さんと二人で、子供たちの誕生日を祝ったこと、名前をつけてやった女の子、ぬくい、小さな手の平。星がきれいだったよ、そんな風に笑うあの子たち。守りたかった。守りたかったから強くなろうと思った。
 ぼくになりたかったと泣いた女の子がいた。あの子のために、ぼくは強くなると決めた。あの子の呪いをぼくが背負って、あの子の代わりに、あの子の痛みを抱えて、悪を打ち倒して。
 そうすればいつか彼女が救われると信じていた。そのためにぼくは彼女を置いて行ったのだ。
 なぁ、テメェはだけど、もう何も手放す必要なんかねえだろ? 
 四天刃が笑う。
 力があれば、何でも手に入る。安寧とやらも、とかいうあの女との幸福な日々も。 
 聞くに堪えない妄言だと知りながら、どうしてぼくは、こんな胡散臭い言葉に口角を上げているんだろう。
 脳細胞が死滅していく。ぼくは徐々にぼくを失っている。だけど、四天刃を手放す選択肢なんか、もうないのだ。土で汚れた四天刃に手を伸ばす。四天刃の笑い声が、皆の声を塗り潰す。