カトルくんは一体どうしちゃったんだろう。
標的にしていたマフィアを殲滅したまではまだ良い。だけど強さの証明のために十天衆を狙っているという話は、正直理解し難かった。だって、カトルくんはそうでなくても充分強いのに、どうして仲間を傷つける必要があるのか。
星屑の街から騎空艇に戻るまでの道中そうぼやいた私に同意をしてくれたのはビィくんとルリアちゃんで、だけど、グランくんは相槌なのか、そうでないのか分からない、曖昧な返事をしただけだった。彼の反応が気になったけれど、私が何か言葉を発するよりも先にビィくんが「つぅかよぉ、カトルが十天衆を狙ってるって言うなら、仮面マントの兄ちゃんがやべぇんじゃねぇのか? 」と口にするのが先だった。
仮面マントの兄ちゃんとは、シスさんのことだ。グランサイファーに乗る団員の一人でカトルくんと同じ十天衆でもある彼は、今や彼の標的となっているということになる。
カトルくんは前々からシスさんを毛嫌いしているように見えた。自分からはほとんど話しかけないのもそうだし、私が彼と話しているだけであからさまに不機嫌になりさえもした。シスさんの方は慣れているのか本当に気にしていないのか、特に反応はしていないように見えたけれど。
だからといってシスさんを攻撃することに関して躊躇がないかもしれないと考えるのは些か短絡的すぎるのかもしれないけれど、十天衆の一人であるウーノさんという人がカトルくんの手によって重傷を負っているという事実がある以上、彼も同じ騎空団の仲間だからという理由でシスさんに何らかの手心を加えるということはなさそうだ。そう思うと、どうしても不安になる。
グランくんはそんな私の隣で「うん……」と思案気に目線を落とす。やや間をあけてから、彼は口を開いた。
「逆に言えば、シスが居ればカトルとは確実に会えるってことなんだけど……」
「それって……まさか仮面マントの兄ちゃんを囮にするってことかよ!」
「まあ、言葉は悪いけれどね」
「で、でも確かに、それだったらそこでカトルさんを説得できるかもしれません!」
「うん。ただ、一つだけ問題があって」
「問題……ですか?」
ルリアちゃんがぎゅうと両手を握りしめるのを視界の端に留めながら、説得、という言葉を心の中で反芻させる。
つまり、カトルくんとお話をするってことだ。カトルくんのやろうとしていることが間違っていると伝えて、どうか戻ってほしいと訴えること。だけど、それでカトルくんが自分の行いを省みるくらいだったら、今こんなことにはなってないんじゃないかな。
カトルくんの考えていることは、私にはもう分からない。エッセルさんには別れ際、「カトルが何かを傷つけるようなことを言っていたとしても、それはきっとカトルの本心ではないから」と伝えられた。そういう慰めの言葉をかけなければいけないとエッセルさんが思うほど、よっぽど私は暗い表情をしていたんだと思う。
だけどエッセルさんは、勘違いをしているのだ。
「…………何も言ってくれなかったんですよ」
いっそめちゃくちゃに傷つけられた方が良かったのだろうか。
誰にも聞こえないように、足音に潰されるだけの声量で呟く。夜の甲板で抱きしめられたあの感触だけが、今はただ鮮明に残っている。
実は、とルリアちゃんに向けたグランくんの言葉が、不思議なくらいに耳に入ってこなかった。
四天刃を手にしてから、昼夜の感覚が薄い。身体の芯から湧き上がる全能感のせいだろうか。身体は軽く、常に神経が研ぎ澄まされているようで、頭は冴え冴えとしていた。ウーノさんを打ち倒したという事実が、ぼくに確かな手応えを与えていたのだった。ああ、これだったら、と思う。この力があるなら、ぼくは何かを諦める必要がなくなるのかもしれないと。
今なら何だってできるような気すらした。この四天刃の力があれば、何者をも打ち砕けるのではないか。この世に蔓延るマフィアを一掃して、ぼくたちは安寧を手に入れる。星屑の街の平穏、怯える必要なんかない、子供たちと寧静に生きるのだ。
だけどそのときあの子が隣にいてくれたら、どんなに良いだろう。
こんなぼくに屈託無く笑ってくれるあの子が。
「!」
だだっ広い野を駆けるぼくの視界の端で何かが光ったことに気がつく。
その暈のような光条には見覚えがあった。頭上から降り注ぐそれを避けることはしかし今のぼくには容易く、身を捻り、地面に手をついて夥しい数の矢を躱しきる。
「さすがの体捌きね。カトル」
抉れた地面のその奥から、聞き覚えのある声がした。目線を上げなくとも、ぼくはそれが誰なのかを察していたけれど。こちらから行こうと思っていたのに、手間が省けたな。ぼくの前に姿を現した女を前に、口角が上がる。
「……この光の矢はソーンさんでしたか。不意打ちとは、やってくれますね」
「知ってるでしょう? 十天衆内のもめ事はご法度。今のあなたはどんな仕打ちを受けても文句は言えないわ」
十天衆随一の弓使いであるソーンさんはぼくの言葉に首を傾げ、言いながら小さく微笑んだ。どうせ、この女のことだ。その「眼」とやらでぼくとウーノさんの戦いを見ていたのだろう。そして、妙な正義感に駆られてすぐさま行動に出た。どんなものをも捉える彼女の眼は厄介だが、四天刃を持った今のぼくにとっては、相手にもならない。
四天刃を構えれば、指先からその熱は伝わってくる。細かな神経の一本一本にまで伝播する。なのに頭の芯だけは冷たくて、眠っていた脳細胞が目覚めるような感覚に、全身が痺れていく。
その時初めて、目の前のソーンさんが僅かにその瞳を僅かに見開いた。
ぼくは最強にならなければいけない。ぼくたちの理想を叶えて、そして、そしてぼくは彼女を迎えに行くのだ。そう思えるのももしかしたら四天刃の力によるものなのかもしれない。ぱき、ぱき、と、脳の隅の辺りから、何かが破壊されるような音がする。ぼくはそれが、理性と名のつくものなのではないかと察している。
ソーンさんが弓を構えるよりも先に地面を蹴った。懐に潜り込みさえすれば勝敗は決すると知っていた。
脳裏にこびりついている影がある。あの子のひんやりとした手を覚えている。
あんな風に置いていったのに、虫が良いだろうか。それでも、抑え込んだはずの欲が隙間から這い出るように、ぼくはあの子が欲しいと思う。