マフィアのアジトを襲撃したカトルは感情のままに殺戮を行ったのだと、数日間の昏睡の後に目を覚ましたウーノは言った。
元々激昂しやすい性格とは言え、それでもそのときのカトルの様子はおかしかった。身体能力の異様なまでの向上に加え、何かに取り憑かれたような目をしていたと。
言って聞かないならばと力尽くで止めようとしたけれど、それも叶わなかった。四天刃を持つカトルの力に圧倒され、手も足も出なかった。ウーノの証言は俄には信じがたかったけれど、彼の身体中にある無数の創傷がその劣勢を物語っていた。
強大な力を持つ天星器、四天刃。どうしてあの子がそんなものを、と思ったが、グランが天星器を覚醒に導かせようとしていると以前カトルが話していたことを思い出す。カトルは、きっとグランのところから四天刃を持ち出したのだ。恐らく、彼に何の断りもなく。
目に余る殺戮行為を止めに入ったウーノを返り討ちにしたカトルは、四天刃を手にその場を立ち去ったらしい。
一方でウーノの怪我は深刻だった。内臓に損傷がないのは奇跡的だったと言っても良い。考えたくはないけれど、殺意がなければまずここまで深い傷を負わせることは不可能だ。戦いに慣れているウーノだったからこそ、一命を取り留めたと言うべきだったのかもしれない。
十天衆同士の争いは御法度だ。カトルはそれを破ってまで、何をしようというのだろう。それに答えをくれたのは、ベッドの上のウーノだった。
「十天衆を倒さなければ最強を名乗ることはできないのではないかと、突きつけたよ」
安い挑発だとは思ったけれど、乗ってくれて助かった。きっと、皆がカトルを止めてくれる。掠れた声で続けたウーノは、普段の彼よりも少しだけ小さく見えた。
そうでもしなければ、カトルは単身、他のマフィアのアジトにまで乗り込みかねなかっただろうとウーノは言う。星屑の街を狙うマフィアは一つや二つではない。だからこそカトルはその全てに刃を向けてもおかしくなかった。それらから標的を十天衆に変えることで、ウーノはカトルの身の安全を図ったのだ。星屑の街がその報復に巻き込まれ、数日前の二の舞にならないようにするためでもあったのだと思う。私たちとは潜り抜けた修羅場の数が違うからこそできる、冷静な判断だった。
私も、いつまでも逃げていてはいけない。十天衆の一人として、カトルの姉として。
覚悟を決めなければと唇を噛みしめたそのとき、部屋をノックされた。
「……ん、どうかした?」
尋ねる私に、扉の向こうのその声は、僅かに上擦っている。
「ねぇ、エッセル、お客さんが来たよ」
「え……? お客さん?」
「この前のお兄ちゃんと、お姉ちゃんたち!」
お兄ちゃんとお姉ちゃんたち。それに思い当たる節がないわけではなかった。
目を見開いたまま言葉に詰まる私に、「行ってくると良い」とウーノは柔らかく告げ、目を閉じる。
グランにビィ、ルリア、それから。彼らを前に、本当は、どうしたら良いか分からなかった。
予想通り、カトルは数日前、四天刃を持ってグランサイファーを降りたらしい。グランが私に説明をするその隣で、はやけに青白い顔をしていた。
笑顔でカトルの話を聞かせてくれた女の子。デザートを分けてくれる、なんて、そんな穏やかな付き合いをしていることに驚いた。体調を崩せば看病をしてくれる。仕事を手伝ってくれる。カトルくんはとっても優しいんですよとは必死になって教えてくれた。カトルはそんな風に人を愛すのかと思ったら、胸の内側が温かくなった。私にこんな気持ちを教えてくれたに、感謝すらした。
だけど、それよりもっと前、私は、かつてカトルがの話をしてくれたときから、カトルの良いところをたくさん見つけてくれたにお礼が言いたかったのだ。好きだと言われたのだと口にした、あの日のカトルを私は今でも覚えている。全てを切り捨てて生きていた彼が見せた、年相応の男の子の目。
私たちは色んなものが欠けていて、それが故に普通を知らない。私は奪い奪われる世界で孤独に生きてきたあの子を愛してくれる存在がいたことをこんなにも心強く思っていて、だから。
だから、私はにそんな顔をしないでほしかったのだ。
「カトルは、もうここにはいない。十天衆を全員倒して、それで自分の強さを……証明しようとしているんだ」
そう私が口にしたときの、の瞳の動きを見ていた。
その時の彼女は、親に捨てられた子供と、ほとんど同じ目をしていた。
エッセルさんからカトルくんに関する情報を手に入れた私たちは、すぐにグランサイファーに戻る必要があった。航路の変更を検討するため、早急に確認しなければならない事柄が多くあるらしい。
エッセルさんの家をお暇するとき、けれど私は「」と呼び止められた。
思わず背筋を伸ばす。そうして初めて意識したとき、気付かないうちに背中が丸まっていたらしいことを知った。エッセルさんは私を前にして、一度開きかけた唇を、躊躇うように閉じる。「……その」切り出すように口にしたその声は、子供たちの甲高い声でかき消されてしまう。
「…………こんなことになってごめん」
「えっ?」
丁寧に腰を折って謝る彼女に、私は慌てて首を振った。だって、悪いのはエッセルさんじゃない。勿論、カトルくんに問題があったわけでもない。
カトルくんのことは当然心配だった。カトルくんがグランサイファーを出て消息を絶った後、マフィアの一味を襲撃したのではないかという疑念は既に疑いようのないものとなっていたし、その上さらに彼は四天刃を持って、仲間の、十天衆の一人を傷つけている。強さに価値を求め、拘泥したが故に。
「あ、謝らないでください。私も一緒にいたのに、な、なにも、できなくて」
口にしながら、目の奥が熱くなっていることを自覚して、口の中を噛んだ。こんなところで泣かれたって、迷惑だ。顔の色んなところに力を入れて、泣くな、泣くな、と言い聞かせる。顔をあげたエッセルさんが、気がつかないならそれで良い。
「……何か進展があったら、連絡する」
「ありがとうございます。私もグランくんたちと一緒にカトルくんのこと、捜してみます」
「ん……」
子供たちにまとわりつかれているビィくんやルリアちゃん、グランくんを横目に、エッセルさんは僅かに声を落とした。「ありがとう、」と。私のことなんか気遣う余裕、エッセルさんにだって本当はないだろうに、それはびっくりするくらい、酷く優しい声だった。
エッセルさんの手が、私の手を取る。弱々しい力で握られて、心臓が鳴った。近くで見ると、彼女はカトルくんと良く似た瞳をしていたのだった。
自分でも無意識に、その手を握り返す。こんなの、良くないな、と思ったのに、どうしてもだめだった。私はそのとき、一瞬だけ、エッセルさんとカトルくんを重ねてしまった。何も言わずに私を置いていった人。ぎゅう、と、彼女の手に力を込める。私のものよりずっと温かいその手は、けれど、カトルくんのものよりも華奢で、一回り小さい。