脳に直接訴えかけてくるようなその声は、ぼくに負けず劣らず口が悪かった。煽るような言葉尻をいつまでも無視していれば、やがてそれは聞くに堪えない口調でぼくを罵る。早くこっちに来いとぼくを呼ぶ。
 さんと別れたその足で、ぼくは導かれるままに倉庫へと向かった。扉にかかっていた鍵を壊して、月明かりにぼんやりと照らされる埃臭い狭い部屋の中、とうとう「それ」と相まみえたのだった。
 四天刃。
 それはぼくの望みを受け入れた。
 己の心に巣食う欲望。全空一の強さを求めるぼくこそが、自分の力を扱うに値するのだとそれは言った。自分はお前に価値をやれるのだと。最強でなければ意味がないと他を顧みずに戦い続けたぼくに、その言葉がどれほどの救いを与えてくれたか。
 それに何らかの思惑がないはずがない。この世は何事も等価交換の上に成り立っているということを、ぼくは幼い頃から身に染みて理解している。恐らく力と引き換えに、ぼくは何かを差し出すのだろう。命かもしれないな。それはいくらなんでも単純すぎるかもしれないけれど、まあ似たようなものであることに変わりはないだろう。
 ぼくは、四天刃の力を得て、そして守りたかったものを守る。星屑の街も、子供たちも姉さんも、それからさんだって。
 それの何が悪いって言うんだよ。
 禍々しいオーラを放つ四天刃を手に取るのに、一切の躊躇いがなかったとは言わないけれど。それでも四天刃はグランさんではなく、ぼくを認めた。それだけでぼくは、気付かないうちにこの身にのしかかっていた重石が消えてなくなった気がしたのだ。
 最後に口から漏れた「ごめん」は、ぼくに関わった全ての人に向けてのものだった。だけど、さん、こんなときでもあなたの笑顔が頭から離れないなんて言ったら、笑うか。
 そしてぼくはグランサイファーを降りた。








 ぼくはぼくのために強くなりたかった。ぼくが後悔しないために。小さな亡骸を抱きかかえたあの感触を思い起こしたくなかった。二度と開かない瞼も力の抜けた手足も冷たい頬も、叶うならば二度と。もう二度と。
 これはそのための力だ。ぼくが望んだ、ぼくのための力。
 だから、ああ、と思った。
 ああ、ああ、ああ、なんだ、と。
 ぼくの望んだものは、あまりにも呆気なく手に入った。星屑の街の外に広がるスラム街、それを治めるマフィアの一味を潰すための力。こんなにも、こんなにも簡単に、笑ってしまうほど呆気なく、ぼくは汚らしい害虫どもを蹂躙できる。
 手にした四天刃から力そのものが流れ込んでくるような感覚だ。神経は研ぎ澄まされ、高揚しているはずなのにやけに視野が広い。ひとたび四天刃を振れば、それはほとんどぼくの意思もなくやつらの命を奪う。悲鳴を聞く。生臭い返り血を浴びながら、ぼくは自分自身が作り上げた目の前の惨劇に恍惚を覚える。
 こんなに簡単だったのだ。力を得ることなんて。四天刃の力を持ってさえすれば。
 細胞が死んでいくような感覚にも、きっとすぐ慣れる。
 逃げ惑うマフィアどもの足の腱を切れば、それは呆気なく地面に転がった。先に火をつけておいて良かった。虫のように湧いて出るそれらを万が一絶命させることができなくとも、動けなくさえしてしまえば焼き殺すことができるから。ぼくの手で苦痛を与えることができないのは残念だけど、うじゃうじゃ這い出てくるそれら一匹一匹に手を下すことは物理的に不可能だから仕方ない。燃えさかる街並みは、夜だというのに炎で酷く明るかった。転がっていた男に息があるのを認めて、足先で蹴り上げる。命乞いをするそれが人間の言葉を話すのが不思議だった。四天刃は、ぼくの中でずっと笑っている。
 人語を解する虫けらの眼球を見下ろす。濁って汚れて、もうどうにも救いようがない。口を開けば、自然と笑みが漏れた。



「…………笑っちゃいますよね。罪も無い子供たちの命は簡単に奪うのに……自分の命には、そんなに執着するんですね?」



 一体これまでどれだけの子供たちの命が奪われてきただろう。街の北の共同墓地、そこに手向ける花の数、伸びた墓石の影を踏んで歩く幼い子供たちの後ろ姿、そのときの言いようのない虚無をいつまでも抱えて生きてきた。
 もう金輪際悪さはしないと訴えるそれは酷く無様だった。惨めに転がって、身体の下に血だまりを作って、放っておけばそのうち失血で動けなくなって、焼け死ぬだろうことは自明の理だったが、それでも生きたいと思うらしい。
 搾取する側だったはずなのに、こうして立場は呆気なく逆転する。今だったら誰にも負ける気がしない。ああ、なあ、そうだなぁ、下卑た声で四天刃が笑う。血を吸って、それは更なる強大な力を持つ。脈打つ身体の端の方から熱を持つ。
 四天刃につられて笑ったぼくに、男は見逃してもらえると勘違いしたらしい。なんて愚かなんだろうか。「あの世で子供たちに謝って来い」目を細めて見下ろせば、男は限界まで眼球を見開いてぼくを見上げていた。



「このクソゴミ虫がよぉ!」



 お前たちに生きている価値なんかあったか? せめて、あの子たちの痛みを知ってから死ね。
 そう四天刃を振りかざしたそのときだった。背後から殺気に近い何かを感じたのは。ぼくはこの感覚を知っている。



「っ!」



 がき、と鈍い音を立ててぶつかったその穂先に四天刃の軌道を変えられる。
 報復のためとは言え、これだけ派手にやったのだ。星屑の街の外での騒ぎは、すぐに「内側」にも伝わるだろうと思っていた。
 いつ邪魔をされてもおかしくない。エッセルか、或いは。



「やぁ、カトル」



 聞き覚えのある、というには馴染みのありすぎる声音に、ぼくは一度目を閉じた。ぼくの不在の間、星屑の街を代わりに守ってくれていた人。綺麗事ばかり口にするクソジジイ。
 なぜぼくの邪魔をする。



「…………少しお邪魔するよ」



 目を開けて視線をそちらに向けたとき、槍を構えたウーノさんは、どこか憐れむような瞳でぼくを見つめていた。
 その背後で立ち上る赤黒い炎は、夜空にその輪郭を溶かして、酷く美しかった。








 カトルくんが姿を消してから、どれくらいの日数が経ったのか私には分からない。
 漫然と日を暮らしていたわけではないのに、いつも通りのお手伝いをしているだけで日は落ちて、気がつくと朝になっている。仔細は伝わっていないとは言え、カトルくんが消息を絶ったことはこの騎空艇中に知れ渡っていて、おかげでどこにいても気遣われた。それが少し、息苦しかった。
 置き手紙の一つもなかった。元々自分の荷物も多くない人だったから、部屋に入っても何か大きな変化があるわけでもなくて、彼がここにいないということが信じられなかった。カトルくんの匂いだけが染みついて、私はそこにいると酷く悲しい気分になる。
 グランくんは航路を変更して、星屑の街へ向かうと言ってくれた。カトルのことも心配だけど、星屑の街で何かが起きているかもしれないからと。その「何か」を、彼はもしかしたら既に察しているのかもしれない。



も僕と行こう」



 グランくんにそう言われたとき、上手く笑えなかった。「あなたはこれからもそういう顔をしていてください」は、今となってはもう、呪いのようですらあった。
 私はあなたに弱さを打ち明けられるだけの存在になりたかったのだけど、やっぱりだめだったのかな。そんなことばかりを考えている。ずっと。