セルエルがその日の朝に武器庫の異変に気がついたのは、その扉が開け放たれたままになっていたためだったと言う。
それなりに貴重な武器を保管してあるその倉庫は普段は施錠してあって、鍵は僕を含め複数名で管理することになっている。セルエルはだから、随分危機管理のなってない人間がいたものだと呆れながら倉庫内に足を踏み入れたらしい。鍵の管理者はいっそもう少し厳選すべきではないかと提案してみようと考えながら。
そのとき彼が感じた違和感は、視野の広い彼だからこそ得られたものだったのだろうと思う。少なくとも、だったら絶対に勘づくことはなかったはずだ。
何か妙な感覚があったのだ。そう彼は僕に説明した。それまでこの倉庫を訪れる度に感じていた、ねめつけるような視線や、独特なにおいがなくなったと。
無機物しか存在するはずのない武器庫で何を馬鹿なと思う人もいるかもしれないが、武器と言ってもそれは多種多様だ。大量生産されて広く流通しているものもあれば、この世に二本とない名刀、職人が精魂込めて作り上げた銃、手にする者は呪われると噂されている弓、そういうものも数多くある。この倉庫にしまわれているものの多くは、そういった類のものだ。
セルエルが感じ取っていたそれは、恐らくそこにあった武器の意思のようなものだったのだろう。それが消えていたということは、つまり、それがここから持ち出された可能性があるということで。
決定的だったのは、閉め忘れていたものと思われた扉のその鍵が、物理的に壊されていたことだ。
それをもって、セルエルは侵入者の存在を確信した。
彼はすぐさま武器庫の中を確認する。元々ここの管理自体はが行っていたけれど、整理整頓が苦手な彼女を見ていられなかったのか、セルエルが自然と彼女の手助けを買って出るようになっていた。それが故、一体何がなくなっていたのかを調べることは、セルエルにとっては造作も無いことだった。
「なくなっているのは天星器ですね。四天刃と呼ばれる短剣です」
四天刃。
あの武器に固執していた「彼」の存在を、僕は瞬時にその脳裏に浮かべていた。セルエルに止められる間も無く駆け出す。まさか、一体どうして。そんな思いはずっとこびりついていたのに、数分後には呆気なく内壁から音を立てて剥がれ落ちるのだ。
一人向かったカトルの部屋は鍵が開いていて、そこに彼の姿はなかった。閉めきられたカーテンの裾が、その奥で開いていた窓からの風ではためいていた。整頓されたその部屋のどこを探しても、彼の気配は何一つとして残されていなかった。
「!」
血相を変えて食堂に飛び込んできたグランくんに名前を呼ばれたのは、ローアインさんたちと一緒に朝食の片付けをしていたときだった。
その時私たちは団員さんたちにジャムとスコーンが好評だったことを喜んでいて、昨晩のうちに発ったあの島の果物の美味しさは間違いないだなんて暢気におしゃべりしていた。だから、単純に驚いたのだ。普段いつも穏やかなグランくんが、冷静さを失っているように見えたのが。
「、最後にいつ、カトルと会った?」
「え? カトルくん……? 昨日の夜から会ってないよ……?」
グランくんの双眸はもうローアインさんたちと私しか残っていなかった食堂で、痛いくらいに真っ直ぐ私に向けられていた。思わずびくりと肩を震わせて、身構えてしまう。
ローアインさんたちがいつもの調子で「ちょいちょいちょい、どしたん? ダンチョ。ちょのカレピッピだったらぁ、まだ今日はシーメーも食べに来てねえべ?」と口にするその言葉が、どうしてか膜の向こう側から発せられているような感覚になる。グランくんの強張った顔は、だけどはっきりと事態が深刻であることを訴えていた。持っていた布巾を、知らず知らずのうちに握りしめる。カトルくんを探しているってことは、カトルくんに何かあった? どくどくと全身が脈打つような感覚に、浅い呼吸を繰り返す。
「グランくん。カトルくんがどうか……」
グランくんの双眸が苦々しく細められた。「落ち着いて聞いて」本当はもう、耳を塞ぎたくてたまらない。
カトルくんはどうやら、昨夜のうちにグランサイファーから姿を消していたらしい。
「ついさっきセルエルから、武器倉庫に何者かが侵入した形跡があるって呼ばれたんだ」
状況を全く飲み込めずにいた私を、グランくんは食堂から連れ出してくれた。
どこへ向かっているのか、混乱で目の前がぐるぐるしてよく分からない。ただ、食堂で私を呼んだときよりもグランくんは随分落ち着きを取り戻しているように見えた。それは私自身がその分動揺しているせいでそう見えるだけなのかもしれなかったけれど。
「し、侵入者? ……それとカトルくんに一体何の関係が……」
尋ねながら、首の後ろがチリチリと痛むのを感じる。倉庫への不法侵入者の存在は正直ぞっとしないものがあったけれど、それでももしその人物とカトルくんが偶然出くわしたとして、彼がそんな賊に遅れを取るような存在ではないことは確かだ。
「カトルくんが、その侵入者に浚われたってこと……?」
有り得ないと思いながらも口にすれば、グランくんは「いや、そういうことじゃない」とその首を振った。戦慄きそうになる唇をどうにか噛みしめる。そうしながら、昨晩のカトルくんを思い出す。いつも以上に穏やかに見えた。私はそんな彼を前に、ほっとしていたのだ。少しは元気になったのかなって思った。何もかも、愚かな私の思い込みだ。
グランくんは通路の途中で立ち止まった。カトルくんの部屋へ向かっているのだということは薄々察していた。「ごめん、分かりにくかったね」謝らないでほしかった。だって、グランくんにそうされると、私はどうしたら良いのか分からなくなる。
「外部から侵入者があったって意味じゃないんだ」
初めて出会った頃より、グランくんは大人びた。私はどうなんだろう。少しは、成長できているだろうか。頼りにされるだけの人間になれているだろうか。
「倉庫に侵入したのはカトルだ。彼は四天刃を持って、姿を消してしまった」
でも、もしそうだって言うなら、カトルくんは私に少しでも本心を打ち明けてくれたんじゃないかな。
そんなこと今更思ったって、もうどうしようもないか。