マフィアのアジトで何があったのかを、私はルリアちゃんとビィくんから聞かされた。
怒り狂ったカトルくんが、マフィアを前にほとんど手のつけられない状態であったことも。グランくんがそんな彼を、どうにか止めたことも。
武器を収めたカトルくんは、そのままマフィアの命を奪うことなくアジトを去ったそうだけど、それにカトルくん自身納得がいっていないのは明らかだった。帰ってきた彼はエッセルさんに事情を話すこともなく、挨拶もそこそこに階段を上って行ってしまったから。
エッセルさんはグランくんに「巻き込んでしまってごめん」と小さな声で謝罪した。困ったように笑って首を振るグランくんは、「僕こそ、余計なことをしたのかもしれない」と、彼にしては珍しく歯切れの悪い言葉を、一つ一つ、確かめるように並べていた。
カトルくんは戻ってくるなり部屋に閉じこもって、皆が夕飯を食べ終わってもそのまま決して外に出てこなかったから、私は貸して貰った部屋の壁に背中をぴったりくっつけて、まるでそこにカトルくんの温度を探すみたいに目を閉じた。
カトルくんに目立った怪我はなかった、と思う。帰ってきたとき、私とは目も合わせてくれなかったけど、怪我をしていなかったことに関してはほっとした。
子供たちのために、大切なものを守るために武器を振るうカトルくんを、私はすごい人だと思っている。私にはできなかったことだから。奪われるばかりだったから。私は、傷だらけになりながら戦うその背中を、ずっと探していたんだと思う。カトルくんになりたいと思ってしまうほどに、私はあなたに憧れていた。
いいなあ。いいなあ。自分の力で全てを押しのけようと思えるだけの力を持った人。こんなときなのに、そんな風に思ってしまうのだ。
抱えた膝に額を押し付ける。潰れた前髪が目に入って痛いのに、動けない。カトルくんの部屋に隣接する壁の、私の背中が触れている部分だけ、じんわりと熱を持っていた。そうしていると、私の熱がそのまま彼に伝わってくれるんじゃないかと錯覚すらした。
ルリアちゃんは私に気遣って、寝る時間になるまで下のソファに居ると言ってくれた。そういう気遣いが有り難かった。だから私は、思うがままに、自分の無力さに打ちひしがれることができた。自分の中に芽生えた別の感情を、整理することができた。
だって彼への憧憬と同じくらいに、私はエッセルさんの覚えている恐怖も理解できるのだ。
「あの子たちを傷つけてまで掴み取る平和に、意味はあるのかな……」
エッセルさんが私の前で、掠れる声で呟いた言葉を、隣の部屋にいるカトルくんに届かないように囁く。
大切に思うものは二人とも同じはずで、だけどそれを守るための方法はいくつかあって。カトルくんは先手を取れば何もかもを守れると思っているし、エッセルさんはその後の報復を恐れている。たった一日二日しかこの街にいなかった私でも、だけど、子供たちの笑顔に触れて、一緒に遊んで、お話をして、手を繋いで、それでもう他人だとは思えないくらいに愛おしくて。だから私はあの子たちに傷ついてほしくない。
私はずるいから、カトルくんの考えも、エッセルさんの気持ちも、どちらも大事にしたいって思ってしまうのだ。だけど、そんな都合の良い方法があるなら、もう何もかもが叶っているはずだった。
がつん、隣の部屋から何度目かの、何かを殴るような音が聞こえる。カトルくん。はっきりと声に出して名前を呼んでも、彼は私に応えない。
さんが家に戻ったぼくのことを心配そうに見ていたことには気がついていた。だけど、どうしてこの状況で彼女に事情を話せただろう。星屑の街と、マフィアの関係。「ヘヴン」という薬。さんには一切関係が無い何もかも。ぼくの弱さそのものを。
ぼくは自分の感情のコントロールすらも上手くできなかった。音を立てて階段を上り、部屋に籠もる。姉さんのぼくの名を呼ぶ声が煩わしくて、ぼくは陽の落ちて薄暗くなった室内の壁を、握った拳で殴りつけた。
子供なのだ。グランさんの方が、傍から見れば、きっとずっと大人だ。物事を俯瞰して、最善を見極めて、いつだって正しい方へ導こうとする。だけど、でも、本当にさっきの彼の選択は最善か? マフィアを殺そうとしたぼくを止めた。あれこそ彼のエゴではないかと、ぼくは思うのだ。
だって、あそこであいつらを殲滅しておけば、少なくとも「ヘヴン」によって苦しめられている子供たちは報われたじゃないか。
ああ、やっぱり殺しておけば良かった。殺しておくべきだった。グランに弾かれた武器なんか爪先で蹴り上げてもう一度それを取って、止められる間もなくあの男の首をかっ切ってしまえば良かったのだ。
臆病者の姉さんは報復を恐れて、ぼくのやり方を嫌う。だけど、いつか攻撃されることを分かっていて、どうして黙ったままでいられるんだ。グランも姉さんも馬鹿だ。やられる前にやらないでどうする。さんなら分かってくれる、さんだけは。
彼女は失う恐怖を知っているから。
視界の端でぼくを心配そうに見つめていた女の子にぼくはいつも救われているのに、ぼくはあの子に真には縋れない。
その翌朝、報復としての抗争が目に見える形で始まったのは、あのときぼくが、ぼくを止めるグランをねじ伏せるだけの力を持たなかったせいだ。あの目に飲まれたせいで。
圧倒的な才を持つ、ぼくとは違う生き物の目。
ぼくの嫌いな、神に愛された、天才の。