ああ、しまったな、とは思ったのだ。
ぼくは昨日の夜に姉さんと話をしてからずっとこの件について考えているわけだけど、思い返してみれば、ぼくの態度は子供のそれと言っても何ら差し支えなかっただろう。訓練では焦りや苛立ちをグランさんにぶつけようとして、朝食を摂っているときだって無自覚に態度に出してしまった。食器を下げるとき、姉さんにも小声で窘められたほどだ。ぼくはこの焦燥感を皮膚の外側に滲ませることで、周囲の人に甘えている。
その周囲っていうのは姉さんだったり、ぼくを呆気なく打ち負かせてみせる強さを持ったグランさんだったり、何もかもを許してくれるさんだったりする。
だから、さんが星屑の街を案内するぼくの背に声をかけてくれたとき、ぼくは救われるような思いになった。同時に、他人にそこまで縋るぼく自身の弱さを直視させられたようで、酷く惨めな気持ちにもなったのだけれど。
「……今日、何か変?」
どうして彼女にこの本心を打ち明けられるだろう。
ぼくが星屑の街を離れている間に、子供たちが大変なことに巻き込まれてしまっていた。廃人にすらなり得る依存性の高い薬物を流されて、実際にそれを使用した彼らは未だ元の生活に戻れていない。薬の摂取がなくなったことによる禁断症状に苦しみながら、ぼくよりも小さな身体で懸命に生きている。
ああ、何もかもぶち壊してやりたい。ぼくたちに手を出す連中の骨を一本一本折って、叫喚の地獄に突き落としたい。だってそうしなければ、何も守れないだろう? どっかの誰かは、守りたいなら戦うななんて綺麗事を抜かしやがるけれど、それで守れるものがあるのかは甚だ疑問だ。
マフィアの狙いは星屑の街そのものだ。ぼくたちが少しずつ作り上げ、拡げていった秩序のある街を、あいつらは根こそぎ奪おうとしている。武器の扱いに長けた子供は仲間に引き入れさえすれば優秀な戦闘員になり、そうでなければ人身売買の商品として扱われる。子供たちだけじゃない。家々も、畑も工房も何もかも、ぼくたちは奪われようとしている。
星屑の街には価値があるから。
マフィアが星屑の街を狙い続ける以上、子供たちはいつまでも危険に晒される。それはぼくが弱いからだ。ぼくが最強じゃないからだ。
そんなこと、彼女に言えるわけがない。
「いいえ」
手放す勇気もないくせに、ぼくを心配してくれる人に対して笑顔をはりつけそう言った。口にした瞬間のさんのあの歪んだ瞳は、きっとぼく自身に与えられた罰だ。
「ここは、ぼくらが訓練棟と呼ぶ建物です。戦いが得意な者が有志で集まって、日々、戦闘の訓練をしています」
「へぇ~。ずいぶんとしっかりしてるんだな」
「はい。ここでは主に実践形式で、将来、傭兵などの職に就くために必要な戦闘技術などを学びます」
我ながら良く回る舌だと辟易しつつも、街を案内することそれ自体は苦ではなかった。
見通しの良い半屋外の空間はぼくと姉さん、それから年長の子供たちとで元々あった家屋を改造したもので、道端からでも訓練の様子を見ることができる。下は片手でやっと足りるかくらいの年齢の子供から、上は十代半ばの子供までが一緒になって武器を振るうその姿に、ルリアさんは「わぁ~!」と感嘆の声を漏らした。彼女の隣に立つさんも、言葉もなく、目を丸くしてその光景を見つめている。
さんには縁がない世界だろう。突き放すようにこんなことを考えてしまうのも久しぶりで、その思いを振り払うように「ここでは年齢はあまり関係なく、本人の意思が尊重されます」と口にした。そうすることで、彼女が感じたかもしれない壁がぐらつくのではないかと思った。
だけど、何が「意思」だと、冷めた自分が一定の距離を保って微笑むぼくを睨んでいる。
大人になってこの街を出ようと思ったとき、手っ取り早く稼げるのはやはり傭兵だ。だから、余程争い事を苦手とするような子供でなければ、自ずと彼らは武器を取る。カトルに憧れて、カトルみたいになりたくて。そういった言葉を幼い子供から向けられる度、面映ゆいような気持ちを覚えるのと同時に、ぼくの身体には静かに穴が空いていく。
本来ならば親の庇護下にある年齢の子供たちだ。両親に抱きしめられ、愛され、何もかもが満たされていたとき、果たして一体誰がこんな人殺しに憧憬を覚えるだろう。
与えられた数少ない選択肢から、彼らはそれを選んでいるに過ぎないのに。
「あそこが工房棟です。そこでは手先の器用な者たちが、武器を組み立てたり工芸品を作ったりしているんですよ」
遠目に見える工房棟を指さして、彼女たちの気を逸らした。戦うことの苦手な子供にもちゃんと役割があることに感心する彼らを前に、ぼくは自分の心がこの場からひとりでに剥離していくような感覚を覚えている。紛らわすように、さんの横顔を眺めている。
「でも、居場所を見出せない子もいて、まだまだ問題も山積みなんです」
ぼくの声を聞いているのかいないのか、工房棟を真っ直ぐ見つめているさんはどこか途方に暮れたようにすら見えた。
名前を呼ぶべきなのだろう。グランさんたちが、何か他のことに気を取られている間にでも。さっきは折角心配して声をかけてくれたのに、冷たい態度を取ってすみません、実は少し考え事をしていたんですなんて嘯いて。鈍感な彼女だったらそれで丸め込める可能性だって低くはない。ほっとして、笑ってくれるだろう。いつもみたいに、花が綻ぶように。ぼくたちの手に入れられない健やかさを持って。
だから、ぼくはそうするべきだった。そうしてぼくたちの間に生まれた痼りを、二人で潰すべきだった。「さん」喉元まで出かかった声は、しかし、「カトル!」とぼくの名前を叫ぶ一人の少女のそれによって、呆気なくかき消されてしまったのだった。