星屑の街へは、私の他にグランくんとルリアちゃん、それからビィくんも同行することになった。どうやらグランくんがカトルくんに今回の件を言いだしてくれたらしい。
私自身、星屑の街へ行ってみたいとはずっと思っていたけれど、普段から依頼に忙殺されているカトルくんにそんなことを言い出すのは何だか自分本位であるように思えて、遠慮していた。グランくんはそこまで見透かしてくれていたのかな、だったら嬉しいなとカトルくんの隣を歩くその後ろ姿を見てこっそり感謝する。
目的地の星屑の街の周囲には未だマフィアの影響の強いスラム街があって、そのさらに外側に、港のある大きな街がある。以前ここでエッセルさんと偶然出会ったことは記憶に新しい。大量の食糧をシェロちゃんから仕入れていたエルーンの女性、それがカトルくんの双子のお姉さんであるエッセルさんだった。
グランサイファーを降りた私たちが向かったのは、街の南に新しく作られたという並木道だ。そこへ向かうためには、街中を突っ切るのが近道らしい。
「この辺りはそれほど治安が悪いわけではありませんが、細い路地には決して入らないように。分かりましたか? さん」
「ど、どうして私を名指しで……」
「前科があるからですよ」
わざわざ振り返って私に告げるカトルくんは、恋人に告げるにしては素っ気なく言い放って再び目線を前方に戻した。私の隣で、ビィくんが「ま、仕方ねえよなあ」と楽しげな声で笑うのに、反論らしい反論もできない。
星屑の街の外側には未だ無法の地であるスラム街があって、マフィアがのさばっているのだとカトルくんは言う。そこを迂回する形で都市部から直接星屑の街へ行けるように道が整備されたのは最近のことで、もしこの道がなければ、さんを案内するのはもっと先になっていたでしょうねとカトルくんは続けてぼやいた。私は彼からしたら余程注意力がない人間らしい。そういうことに関する信頼が一切ないのは悲しいけれど、実際彼の言う通り私には前科があるのだから仕方がなかった。
だけどこうして街を歩いていると、本当にこの近くにスラム街があるんだろうかと首を傾げたくなる。賑やかで、明るい街だ。商人が声を張り上げ、足を止める人々の表情は皆明るい。煉瓦造りの建物、並木通りは美しく、アクセサリーを売る露天商が呼び込みをしている。屋台からの香りにルリアちゃんが「うわぁ~!」と足を止めた。
「……その分税が高いんです」
そんなカトルくんの声が前方から漏れ聞こえた。「恩恵にあずかれない貧困層はどうしても街からあぶれます。マフィアの存在も勿論大きいですが……」グランくんに向けられるその声を拾おうと懸命に耳をそばだてていたら、ルリアちゃんに手を取られて心臓が止まった。
「さん! 見てください、あの窓、綺麗です!」
ルリアちゃんの指先に目線を送ると、色とりどりのガラスのはめこまれた丸い窓を持つ建物が見えた。茶系で統一された煉瓦の建物が多いこの界隈で、白い土壁をしたそれは一際目を引いた。目を奪われたまま、教会か何かかな、と考える。それから無意識に十字架を探してしまった。この世界には私の生まれ育った世界と似通ったものがいくつもあって、そういう共通項を見つける度に、不思議な感覚に陥る。そうして私は今聞いたカトルくんの神妙な声を意識の外に追いやってしまった。自分の皮膚の外側にぴったりとした膜を張られるような感覚で、そういうとき、私はいつも孤独になる。
事故に遭う前は、いつか自分もこういうところで結婚式を挙げるのかな、なんて憧れた。通っていた高校の傍に、大きな結婚式場があったのだ。門をくぐったその先だけ、まるで外国みたいになっていて、周りの景観と明らかにちぐはぐだったのに、それでもいつも門の内側を眺めていた。長い階段の先を、一度で良いから覗いてみたかった。
家族や友人に祝福されて、真っ白なドレスを着て、隣には大好きな人がいて。もう何もかもが叶わないのだと病室のベッドの中で身体の奥底に押し込めた。私は幸せを願うにはあまりにも多くのものを失っていた。
だけど、ここでだったら叶うのかな、なんて夢を見てしまう。グランくんやエッセルさんたちに囲まれて、コルワさんの作ってくれたドレスを着て、カトルくんの隣を歩いて。
それが叶うんだったら、もう何にもいらないのに。
「さーん!」
名前を呼ばれて我に返る。さっきまで真隣にいたはずのルリアちゃんの声が、存外遠くの方から聞こえたのだ。
振り返れば、少し離れたところでグランくんたちは私を待っていた。彼の横で物言いたげに私を見つめているカトルくんに気がついて慌てる。前科のある私はきちんと彼らについていかなくてはならないのに、既にはぐれてしまいかけていたらしい。小走りで彼らの元へ駆け寄って、頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、ぼうっとしちゃってた」
「相変わらずだよなぁ。やっぱ首輪でもつけといた方が良いんじゃねえか?」
「そうですね。次に遅れるようだったら検討しましょう」
「首輪って……。そんなのよりカトルが手を繋いであげたら良いじゃない」
「は?」
ビィくんとカトルくんの冗談に項垂れる私を見て、グランくんが何てことない様子で口にする。手を繋ぐ。手を繋ぐ? 思わず口の中で繰り返した。グランくんは顔色一つ変えないけれど、とうの私とカトルくんが明らかに狼狽している。勿論カトルくんは私ほどはっきりとその動揺を露わにはしないけれど。
カトルくんは、人前では私と必要以上に距離を取ろうとする。誰の目も無ければ身体を密着させることも厭わないのに、お買い物に行くときや、食事に出かけるとき、食堂で話をするときですら最低限の接触で済ませるから、私もそれが当たり前になっていたのだ。
カトルくんは、グランくんに饒舌な視線を投げかける。あなたがそれに気がついていないはずありませんよねとでも言わんばかりの目線だったけれど、グランくんは掴み所のない曖昧な笑みを浮かべるだけだから、とうとうカトルくんの方が折れてしまった。はあ、と短くも長くもないため息を一つ吐いて、「まあ、確かにまた厄介事に巻き込まれるよりは余程良いですね」と呟くと、ぱ、と私の手首を掴んだのだった。
緩く引かれて、目を見開く。ひゃあ、とルリアちゃんが声をあげたのを、後ろ頭だけで聞いたけれど、自分自身が出した声でないのが不思議だった。カトルくんの呆れたような声は、低く掠れている。
「…………しっかりしてくださいよ」
恋人として手を繋ぐ、っていうよりも、それはどちらかと言えば監視下に置くためのものであるように思えたけれど、街中でこんな風に触れられることは記憶にもほとんどなかったから、呼吸を整えるのに時間がかかった。
心臓の鼓動が、この手首から彼に伝わってはいないだろうかと心配になる。カトルくんに引っ張られているみたいだった。その耳が警戒しているようにぴんと立ったままなのを見て、だけど我に返った。別に彼は、私と恋人らしいことがしたくて手を繋いでいるわけではないことに気がついたから。こんなに美しい街並みの外側に、カトルくんとエッセルさん、それから大勢の子供たちが住まうという星屑の街があるのだ。そして、無法地帯となっているらしいスラム街も。
それに気がついたら、一瞬でも浮かれてしまった自分が馬鹿みたいに思えたのだった。