基地の周辺に設置されていた青白い光を放つシリンダー――何らかのエネルギータンクじゃないか、と蒼月くんが言っていた――が、過子ちゃんの放った弾丸によって爆発する。
 光を直視さえしなければ、戦うのに問題はなかった。耳を劈く爆発音に構わず、間一髪巻き込まれずに済んだ侵校生の懐に潜り込み、握ったナイフで切り伏せていく。視界の端で瞬いていたのは、破壊されたシリンダーが放つ青白い火花と、鮮やかな色をした侵校生の肉片だった。焦げたような金属の匂いが、土の湿った匂いと混じり合って私の頬を撫でている。そういう一つ一つが私の神経を研ぎ澄ませていた。ここで何か一つでも間違えたら、だって、私は死ぬ。
 それでも、身体は驚くほど軽かった。
 学生兵器であるナイフは私と脳が繋がっているみたいに自在に動かせたし、息切れもおきない。皮膚を薄く掠める程度の怪我は、すぐに癒えるのだって変わらなかった。身体の内側から力が湧き上がって、全身の血が熱を持ったように熱かった。これまでとは明らかに違う感覚に、あの夜、私が奪った命の手に残った肉の感触を思い出していた。蓋を閉ざした箱から滲み出る感情から、わざと目を逸らした。
 どちらにせよ、考えている暇はない。
 侵校生の、黒色に油を垂らしたような体液が、崩れた石畳に染みを作っていた。体勢を整えようとした瞬間、それにずるりと足を滑らせてしまって、「わ」と声が漏れた。心臓が嫌な跳ね方をする。背後に敵の気配を感じていたのだ。立て直さなければ、今すぐ。逸る気持ちがナイフを手から零させる。すぐに手を伸ばして、身を捻ろうと力を入れて――。
 けれど、その必要はなかった。



殿! そのまま頭を下げよ!」



 突如響いたその声に思わず息を止めたけれど、その直前、大きく一歩踏み込んだ狂死香ちゃんの鋭い一閃が私の頭上を通過したのを見た。恐る恐る振り向けば、今まさに私に襲いかからんとしていた青いクマ型の侵校生の首と胴体が呆気なく切り離されていた。開かれた鋭い爪が喘ぐように虚空を掻くのを見て、口の端からひゅ、と息が漏れる。ぞわりとした悪寒が走って、半拍送れて手足の緊張が緩む。
 ほとんど転びかけた姿勢のまま、「あ、ありがとう、狂死香ちゃん!」と叫べば、狂死香ちゃんは「なんの!」と大きく手を振ってくれた。敵の数は、瞬きの間に減っていく。彼女の背の奥に、銀崎くんの乗り込んだ巨大なロボットと、やっぱり本調子でないらしく、青ざめた顔で胸を押さえる希ちゃんの姿があった。よかった、と、反射で思った。――よかった。希ちゃんも、無事だ。



「これで終わりだよ!」



 基地の正面にほど近い、最後のシリンダーが、蒼月くんの鎌で破壊され、大きな爆発を起こす。あれだけいたはずの侵校生は、もうほとんどがその手足を失い、折り重なって、動かなくなっていた。








「いきなり正面突破は避けた方がいいと思うな」



 私達が攻撃をしかける直前、神妙な顔でそう言ったのは蒼月くんだった。
 衆寡敵せず――劣勢をひっくり返すには、敵の不意をつくしかない。要するに、奇襲だ。
 日の落ちかけた山奥で、基地に近付くことはさほど難しくなかった。外を彷徨く侵校生の数は多かったけれど、周囲に注意を払うことなくぐるぐると歩き続けている彼らは、見張りという役を担っているというよりは「ただそこにいるだけ」のようだったから。
 私達の存在に気付かれるよりも先に、点在する爆発物を利用して侵校生をまとめて排し、怯んだタイミングで一気に攻め込む。
 その策は功を奏した。侵校生のほとんどがエネルギータンクの爆発によって吹き飛び、残兵は私達の手で一匹ずつ仕留められていった。騒ぎを聞きつけたのか、基地の裏や内部から新たな侵校生が散発的に現れるけれど、これまで幾度と防衛戦を繰り広げてきた私達にとって、数という暴力さえなければもはやその一体一体は敵ではなかった。



「どうだ、コラァ! テメーらが攻め込まれる気分はよぉ!」



 学生兵器でもある厄師寺くんのバイクの後輪が、土煙を上げながら轟音を響かせる。残っている侵校生は片手で数えきれるくらいで、大規模な援軍もないらしい。
 侵校生の体液のついた鎌を振り下ろした蒼月くんは、階段の先にそびえ立つ巨大な基地に視線を向けながら口を開いた。地面には点々と、鎌から零れ落ちた黒い体液が飛び散っていた。



「でも、思ったよりも守りが薄いね……。やっぱり、ここは敵の本拠地じゃないのかも」

「敵の中継基地の一つ……ってところか?」



 澄野くんの発した「中継基地」という言葉に、無意識に、後方にいる希ちゃんに視線をやる。
 狂死香ちゃんに気遣われるように声をかけられている希ちゃんの口が、大丈夫、と動いていた。いつもよりも僅かに丸くなった背は、だけど希ちゃんを普段よりも頼りなく見せていた。
 戦いの前に彼女が発した言葉が、不意に脳裏に蘇る。



「――今は落ち着いているから大丈夫。わたしも戦えるよ」



 澄野くんに体調を尋ねられた希ちゃんは、笑ってそう答えていた。
 盗み聞きしようと思って聞いたわけではない。蒼月くんが作戦を話してくれているのに紛れて聞こえてきた二人の声を、自然と耳が拾ってしまったのだ。
 あの時希ちゃんは、「これは、わたしの問題でもあるからね」と言った。だから、呑気に休んでいることはできないよ、って。
 その直後に続けられた言葉を、その意味を、私は今も持て余している。



「それより、今馬は!? 今馬はどこにいるの!?」



 過子ちゃんの声で意識を引き戻される。無意識に思考をあらぬ方向に飛ばしてしまっていたことに気がついて、心臓がきゅっと縮こまったような気がした。
 いくら増援が止まっているとは言え、ここは敵地なのだ。考え事をしている余裕はないし、気は常に張り続けていなければいけない。それに敵を全滅させたって、私達にはまだ、やることがある。



「捕虜さーん! どこですかー!?」



 ロボットに乗ったまま、銀崎くんが声を張り上げる。拡声器を通したようなくわんとした音が、辺り一帯に響いている。それに背中を押されるようにして、今馬くんの名前を呼んだ。「今馬くん! どこー!?」、けれど私達の呼びかけに、返事はない。
 何体か残っていたはずの侵校生もいつの間にか地面に倒れていて、あたりはじっとりとした油のにおいに包まれていた。空の色は襲撃前とさして変わらず、まだぼんやりと明るい。夕日に照らされた私達の影は斜めに濃く伸びて、侵校生の死体を覆っていた。足下に気をつけなければ、丸みを帯びたその手足を踏みつけてしまいかねなかった。
 やっぱり、今馬くんは基地の中にいるのだろうか。外だけでなく、中を探索すべきでないか。けれど、長い階段の先にある三角の建造物を私が見上げたのと、狂死香ちゃんが「待たれい!」と声をあげたのは、ほとんど同時だった。



「何か……来るでござるっ!!」



 ――空気の流れが変わった気がした。
 全身を鎧に包まれていてもそうと分かるがっしりとした体躯の男が、視線の先にいた。幾本もの太い角が側頭部のあたりから伸びた武張ったマスクは、彼が部隊長であることを、はっきりと示している。
 足首ほどまであるマントを翻しながら、男は名乗りを上げるように何かを叫びながら、階段を一歩一歩、確かな足取りで下りてくる。私達からすれば意味を成さない、音の羅列だ。けれど彼が息を吸い、それを吐き出す度、空気ははっきりと震えていた。私はそれが、彼の怒りに思えていた。
 無意識に、学生兵器を握る手に力をこめる。



「これは、わたしの問題でもあるからね」



 一度は奥に押し込めたはずの希ちゃんの、澄野くんに向けた言葉が、つぼみが綻ぶように蘇る。
 二人の間には、私達の知らない何かがある。
 今に始まったことではない。あの日階段で、私に線を引いた澄野くん。希ちゃんは今朝、話があるからとわざわざ澄野くんのことを自室に呼んでいた。さみしいわけではない。何かを疑っているわけでもない。だけど。



「――部隊長を見つけて、倒さないと」



 今馬くんを探しに来たはずのこの場所でそう呟いた希ちゃんが、ただ、意識の端っこに引っかかっていたのだ。いつまでも。
 澄野くんと希ちゃんに視線を走らせれば、二人が目配せして、何かを囁き合っている。どういうわけか、部隊長を、その討伐を、彼らは求めていたらしい。さみしいわけでも、疑っているわけでもない。ただ、確証を強めただけ。ああ、入っちゃいけない場所がそこにあるんだって、そう思っただけ。
 部隊長が己の首を掻っ切る。噴き出した血に包まれて、異形の姿へと形を変えていく。
 身を低くして、武器を構えた。



「…………今馬は、どこにいるの?」



 怒りに打ち震えた、過子ちゃんの背。だから、私もそれ以上、希ちゃん達のことを考えるのをやめたのだ。
 私だって、私のエゴでここにいる。



「さっさと今馬を返してよぉ!!」



 悲鳴のような過子ちゃんの声に、無意識に唇を噛んだ。
 だけど、もしもこのとき希ちゃん達とちゃんと向き合っていたら、話してほしいと伝えていたら、後悔しなくて済んだのかな。あんな絶望を味わうことは、なかったのかな。
 そんな風に自分が思わなければいけない日が来ることを、このときの私はまだ知らない。


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