「じゃあ、“九十九今馬奪還作戦”の作戦会議を始めるよ!」
ずらりと並ぶ機材を背に声をあげたのは、他でもない過子ちゃんだ。
朝から全員の部屋のインターフォンを連打して私達を叩き起こし、無理矢理作戦室に集合させた過子ちゃんの表情には、昨日の疲れなんて欠片も見えない。蒼月くんも案外けろりとした顔をしていたし、ひょっとして私だけがボロボロなのかと思ったけれど、最後に作戦室に入ってきた澄野くんは疲れ切った顔をしていたから、彼には悪いけどほっとした。
「あいつもやる気満々だな……。ま、気持ちはわかるけどよ」
意気軒昂とした様子の過子ちゃんに、厄師寺くんが肩を竦める。「しかし、ようやく消火機の修理が終わったでござるか……」と口にした狂死香ちゃんに続く形でくららちゃんが「まったく、遅いのよ! 高貴なアタシを待たせ過ぎよ!」と文句を言うものだからひやりとして、「ちょっとくららちゃん……」と袖を引いてしまったけれど、「はいはいごめんね、モンスタークレーマーさん」と川奈さんはさらりと流していた。――彼女ももうくららちゃんのこういった態度には慣れたのだろう。そう思うと、私達がここで過ごした日々の重さというものを感じてしまう。一日一日は、重みを変えて過ぎ去っていく。
作戦室にひしめき合う頭の中に、希ちゃんの姿はなかった。
くららちゃんと狂死香ちゃんに聞いたところ、昨日も希ちゃんはほとんどベッドから起き上がれなかったらしい。ただ、熱は少し下がったみたいだって言うことと、少しだけど食事をとってくれた、って言うことは、朗報だった。完全復活とまではいかなくても、少しでも元気を取り戻しているなら、それだけでも充分だったから。
“九十九今馬奪還作戦”を前に盛り上がるみんなの中で、「でもよ」、と、丸子くんが不意に口を開く。
「今馬を助けに行くにしてもどうやって探すんだ? あいつが今どこにいるのか、手掛かりもねーんだろ?」
「……あ、確かにそうだね……」
思わず言葉にしてしまう。「な?」と私に視線を送る丸子くんに、緩く頷く。
――丸子くんの言うとおりなのだ。消火機も無事に直って、ガソリンも手に入れた。だけど、だからと言ってそれで今馬くんを見つける当てがあるわけではない。
厄師寺くんは「片っ端から探せばいいじゃねーか。考えるより動くのが先だろ」と普段の彼らしい直情さで言うけれど、それがどれだけ無謀なことなのかは想像しなくてもわかる。砂漠で一粒の金を見つけるのとか、散らばったガラス片から宝石の欠片を探すのと、同じようなものだ。「手掛かりなしで広大なマップを探索するとか、超クソゲーじゃん……」と飴宮さんが漏らしたのは、大袈裟でもなんでもなかった。
その時だ。重い空気の漂い始めた室内で、「いや……それに関しては心配いらないよ」と面影くんが口を開いたのは。
「心当たりなら、ない訳じゃないから」
悠々と腕を組む面影くんは、私達の視線を一身に受けて、そっと目を細めていた。
「みんな、準備はいいな?」
私の前の座席に座った澄野くんが、銀崎くんと過子ちゃん、運転席の川奈さん、それから私の顔を順番に見て確認したのに、強く頷く。「じゃあ出発するぞ!」と続けた澄野くんに、「うん! 今馬を助けに行こう……!」と過子ちゃんが強く答えたその直後、エンジン音を響かせたスクールバスはシャッターの開けられた駐車場から空の下へと飛び出した。
今馬くん奪還作戦のためにバスに乗っているのは、私達五人だけだ。
寝込んでいる希ちゃんのこともあって戦力の低下が否めない今、学園の守りを極端に手薄にするわけにはいかなかったからだ。
せいぜい三、四人。それ以上の人数は割けないと主張したくららちゃんの言葉は尤もで、本来だったらとんとん拍子に私以外の四人が決定した時点で、私に選択肢なんかなかったのだろう。学園に残るべきだった。希ちゃんだって、心配だったのだから。――だけど、結局私はそれを選ばなかったのだ。隣にいた面影くんが「行かなくていいの?」って聞いてくれたから。
「……行きたいんじゃないの?」
彼は、そう言った。
面影くんの目の中の私は、行きたくて、行きたくて、どうしようもないって顔をしていた。過子ちゃんを支えたいって、今馬くんを助けに行きたい、って、そう言っていた。
ああ、そうだ、と思ったのだ。ここで行かないで、一体どうするんだろう。
だから、「私も行きたい」って、手を挙げた。誰かに止められても、文句を言われても仕方ないって、そうみとめた上で。その上で、「今馬くんのこと、助けに行きたい」って、言ったのだ。
だから私の顔を見たくららちゃんが僅かな沈黙の後小さくため息を吐いて、「……仕方ないわね」って言ってくれたのが、過子ちゃんが、「先輩も来てくれるの!?」って喜んでくれたのが、私の輪郭を溶かしてしまうくらい、嬉しかった。
面影くんがどうして私の内心を読み取るみたいに「行きたいんじゃないの?」って言ってくれたのかを、私は今もわからないまま。
運転席に座っている川奈さんは免許は持っていないそうだけど、運転方法は熟知しているらしい。バスに乗り込む前、「任せてよ。運転はプロ並みだから!」と言っていた川奈さんは、一切の迷いがない手つきでバスを動かしていた。こんな状況下で法律がどうのなんて言うつもりはなかったし、恐怖心もない。そもそも消火機だって直してしまえる人だ。バスの運転なんか、できて当たり前なんだろう。
荒れた道は車体も中に乗っている私達も揺らすから、ぐっと足に力を込めた。普通の車よりもよっぽど大きなハンドルを握る川奈さんは、それでも顔色一つ変えはしなくて、それがどうしようもなく頼もしかったのだ。
「みんな! 炎の中、入るよ!」
目の前に立ちはだかる紫の炎を、バスの前方部分に取り付けた消火器が一掃する。昨日は通過するだけで一苦労だった炎の中も、バスであればほんの数秒だった。それでもつい身構えてしまう。最終防衛学園が、ぐんぐんと離れていく。
車窓の奥を流れる美しい炎にその横顔を照らされながら、銀崎くんはその小さな手を祈るように握り合わせていたから、私はつい、その指先を見た。
彼はずっと、今馬くんを連れ去った「捕虜さん」のことを思っていた。
「――そもそもなんだけどさ。私は銀崎君のことを信用してなかったんだ」
面影くんがそう言ったのは、作戦室で「今馬くんの行き先については心当たりがある」と彼が主張した、その直後のことだった。
銀崎くんに捕虜の女性のことを一任するのはリスクがあると、彼は最初から思っていたらしい。――彼女に絆された銀崎くんが捕虜さんを逃がしてしまうんじゃないかと、懸念していたのだ。銀崎くんは「だ、だから……僕はそんな事しませんって!」と青ざめた顔で首を強く振っていたけれど。言葉として冷たい響きがあることを自覚していたのか、面影くんは小さく笑って「いや、いいんだよ。別に犯人捜しをしたい訳じゃないから」と宥めるように言った。犯人、という言葉だけが私の耳にこびりついてしまって、なかなか拭いきれなかった。
そういうこともあって、ある日、面影くんはプレゼントマシーンで小型の発信機を作ったのだと言う。しかもどこから見つけてきたのか、バラバラの状態で保管されていたSIREIさんの身体に残された、貴重なレアメタルを素材にして。そして銀崎くんが寝ている間に部屋に侵入し、彼が下着の中に隠し持っていた檻の鍵をこっそり拝借した上で、捕虜さんに発信機を取り付けたのだ。
彼が昨日の朝、川奈さんに頼み事があると言っていたのもこれに関することで――こうなることを見越して、発信機の反応をチェックできるモニターをバスに取り付けてもらったのだと言う。今馬くんが浚われたときにすぐにこのことを言わなかったのも、消火機の壊れた状態で聞かされても焦らせるだけだと考えたから。そして、もしも捕虜を逃がした裏切り者がこの中にいるなら、また妨害される可能性があると思っていたからだ、って彼はそう言った。
「裏切り者なんている訳ないよ! あれは……消えない炎の侵校生の仕業でしょ!?」
疑念そのものを不特定多数に向ける行為を嫌ったのか、顔を歪めてそう口にする蒼月くんに「うふふ……そんなに怒らないでよ。カワイイなぁ……」と肩を竦めた面影くんは、「まぁ、念のためだよ」と付け加えた。
「――私って疑い深い、嫌な性格なんだよね」
滔々と話す横顔がなんだか遠い人のように思えて、ぽかんと口を半開きにさせていたら、不意にこちらを見た面影くんに「見直した? ちゃん」と微笑まれてしまって、つい「えっ」って、上擦った声をあげてしまった。
彼に急に見つめられると、どうしたらいいかわからなくなって、困る。――見直したも何も、私は最初から、面影くんのことを、すごい人だと思っていたのだ。
「川奈、発信機の場所はわかるんだよな? どれくらいで追いつくんだ?」
座席から身を乗り出して尋ねる澄野くんの声に、意識を引き戻される。
バスは、朝陽に照らされた廃墟の中をぐんぐんと走り抜けていた。車窓の奥で、剥き出しの鉄筋が風雨にさらされ錆びていた。割れたガラス片が砂に混じって、ちかちかと瞬いていた。
フロントガラスの奥、荒れ果てた道に細心の注意を払いながら、川奈さんは「うーん……」と呟く。
「ちょっと遠いけど……半日もあれば着くと思う」
「半日かぁ……車で半日って考えたら、すっごい遠いねえ……」
「うん。発信機の反応は数日前まで動いてたらしいけど、それ以降はずっと同じ場所に止ったままっぽいよ」
「どこかに……二人で留まっているって事か?」
「……だと思う。とにかく急いだ方がいいよね」
フロントに取り付けられた発信機のモニターは画面が大きくなくて、私の座った場所からでは細かい部分までは分からなかった。「今馬がまだ無事か、心配だし」、そう続けた川奈さんの言葉に、澄野くんが気遣うような視線を過子ちゃんに向けた。通路を挟んで斜め向かい、銀崎くんの前の席に座った過子ちゃんは、その唇をきゅっと噛みしめて、じっと黙り込んでいる。
「……殺すつもりなら、わざわざ連れ去ったりしない。きっと大丈夫なはずだ」
「そうだよ。わざわざ連れて行ったんだもん。ちょっと前まで移動してたんなら、尚更だよ。今馬くん、きっと元気にしてるよ……!」
気遣うような澄野くんの言葉に続ける形で、過子ちゃんの方に身を乗り出す。
そうしながらもどうしても脳裏を過るのは、もこちゃんのことだった。
部隊長に連れて行かれてしまったもこちゃんは、数十日の時を経て、私達の前に再びその姿を現した。……結局それは偽者で、本物のもこちゃんはもう、殺されてしまっていたけれど。
あの日のことを思い出しただけで耳の奥が籠もって、海の底に引きずりこまれたような気になる。呼吸が浅くなって、目の奥がはっきりと熱を持つ。足を掴まれたような気がして視線を落としたけれど、そこは何の変哲もない、バスの床。
あの時、私が手にかけた部隊長はもこちゃんのことを「殺しちゃったわ」って言った。コピーしたら、本体はもう用済みだから、って。
でも、逆に言えば、「用済み」になる前であれば、救い出せるのだ。今だったら、きっと手遅れじゃない。助けられる。今度こそ、絶対に。バスの座面に投げた手を、握りしめる。爪が食い込むくらいに。
その時、「うん」と頷いてくれた過子ちゃんの身体の奥に、小さな女の子の幻が見えた。
髪の長い女の子。綺麗なワンピースを着て、お人形のように整えられた、連れ歩き用の少女。私はそれが誰かを知っている。
澄野くんと銀崎くんが、何かをぽつぽつと話し合っているのが、膜の向こう側みたいに遠くに聞こえる。飛ばすから掴まってて、と言うようなことを、川奈さんも言ったのだろう。だけど現実から切り離されかけて、皮一枚でどうにか繋がっていただけの私にはそれが聞こえていなかった。一瞬の浮遊感と共に、シートに身体が押しつけられる。目を閉じてその衝撃に耐えた次の瞬間、けれど、私の視界に、もうあの少女はいなかった。
代わり映えのない廃墟が、めまぐるしく、窓の奥を流れ続けていた。「お兄ちゃん」と聞こえたそれが過子ちゃんの口から漏れたのか、そうでないのか、私には判別がつかなかった。