「わ、わ……っ! きゃーッ!?」
私達を乗せた自動運転のスクールバスは一切の減速を見せることなく、最終防衛学園へと続く紫の炎の中に、「文字通り」突っ込もうとしていた。
その直前、我駆力刀を胸に突き刺しての戦闘の準備は済ませていたけれど、私達は侵校生と戦うための力を持っていても焼け死なないための力があるわけではない。バスが真っ直ぐ炎に突入するとは思っていなかったから、その瞬間、私は本気で死を覚悟した。もしもまだ面影くんに手を重ねてもらっていたら、勢いのままに私から彼の手を握りしめていたっておかしくなかったくらいには、本当に、「死」って文字が頭を埋め尽くしていたのだ(ついさっき我駆力刀を刺す時にどちらからともなく手を離して以来私達は何もなかったみたいにそれぞれ自身の膝に各々の手を置いていたから、幸か不幸かそういう事故は起きなかったのだけど)。
「ひっ……!」
バスが炎に飛び込むその瞬間、声にならない悲鳴をあげて、慌てて掴んだシートグリップを握る手にぎゅうって力を入れながら目を閉じる。いつかドラマで見た真っ黒焦げに固まった焼死体を、ほとんど反射で脳裏に浮かべた。テレビの中で並んだ死体に、お母さんと二人、眉を寄せて「うわあ~……」って声を揃えたことを思い出した。性別も年齢も分からなくなるくらい、原形を留めていない死体。「ほんとにあんなになるのかな?」「ね~、あれは嫌だね~」って言い合った。いつか死ぬにしたって、あんな風にはなりたくなかったのだ。
「だ、大丈夫だ! 炎はバスにも、オレ達にも影響はない。…………多分」
多分?
澄野くんの発した言葉に、ややあってから薄目を開ける。窓硝子を一枚隔てた先には紫色の炎があって、バスは間違いなく、前後左右をそれに包まれていた。けれどまるで何かに守られてでもいるみたいに、バスは何の影響もないままに学園までの道を真っ直ぐ走り続けている。
どうやら本当に焼死の心配はないらしい。炎の中を直進する車内は多少周囲から熱を感じたものの、どういうわけか火はバスに燃え移ることはなかったのだ(車の前方に消火器のようなものがついていて、それが進行方向に噴出されることで安全な道を作っているらしい。この炎を消せる特製の消火器なんだ、って澄野くんは言った。どうやら澄野くんはその消火器の存在は知っていたけれど、バスについているかどうか自信が持てなかったようなのだ。それが故の、「多分」だ。――前方は兎も角、左右に関しては明らかに炎が車体に触れているのにどうして引火しないのか、っていうところは不思議ではあったけれど)。「ちょっと! そういうのは先に説明しなさいよね!?」と怒るくららちゃんの声を聞きながら、それでもほっと胸を撫で下ろした。
手が胸から離れる頃、炎に塞がれていた視界が開ける。
瞬間広がった、抜けるような青空。そびえ立つ校舎に、それを丸く覆う、防衛バリアの膜。
屋上のフェンス。玄関ホールへと続く物々しい扉。周辺の様子は勿論違ったけれど、第二防衛学園に、その建物はあまりにも良く似ていた。昨日私達が失い、二度と戻れなくなってしまった場所に。
感慨に似た何かを覚える暇は、けれどほとんどなかったのだ。空を旋回しながら卵を産み落とし続ける部隊長と、そこから孵化し、校舎へと向かっていく夥しい数の侵校生達に明らかに後手に回っている「彼ら」の疲弊しきった姿は、もう一刻の猶予もないことを私達に伝えていたから。
――あの人達が、最終防衛学園の仲間達だ。
……三人、四人、五人? ここにいる澄野くんを合わせたら、六人。だけど最終防衛学園は第二防衛学園よりも人員が多く割かれているって聞いたから、私達と同じ「六人」ってことはないはずだ。じゃあ、もうやられてしまって保健室に運ばれた人が何人かいるってことだろうか。尋ねようとしたけれど、そんな時間はなかった。
バスは何体かの侵校生を跳ね飛ばしながら、減速もほどほどに校庭に急停車する。空気が抜けたような音と同時に開かれた扉の外に真っ先に飛び出したのは、澄野くんだった。前の方に座っていたくららちゃんが、希ちゃんが、その後を追う。「行こう、ちゃん」、そう面影くんは私に言うけれど、答えるよりも先に彼は駆け出していたから、私も慌ててみんなを追いかけた。その後ろに、狂死香ちゃんが続いた。
バスのステップから飛び降りた瞬間、空気が違う、って思った。
空は高くて、細かい雲が部隊長と思しき謎の飛行体を飾り立てるみたいにバラバラに浮かんでいた。第二防衛学園の辺りよりも、涼しかった。風が運ぶのは血の臭いだけ。砂なんか、少しも混じっていなかった。視界はくすんでいなくて、どこまでも透明。私はそれが、本当は、少し寂しかった。
「みんな! 大丈夫か!?」
侵校生の一波が引いたタイミングだったのだろう。防衛バリアに群がっていた侵校生達を退けた彼らは、突然現れた澄野くんを、私達を見て、微かに瞠目していた。
バイクに跨がり、金属バットのようなものを手にしている男の子。青い髪のツインテールが目を引く女の子。眼鏡をかけた線の細い、けれど巨大な鎌を持つ男の子に、ガトリング砲を構えた男の子。それから、大きな車に乗った子――。
彼らが。
心臓がどくんと音を立てて、「わ」、と思った。本当に、「わ」、って。どんな人達か、時々想像していた。遠い場所で同じように何かを守っている彼らと会えることはないって思っていた。だけど、こうして今、私達は相対している。こんな形で会うことになるなんて、想像もしていなかった。
「拓海クン! 無事だったんだね!?」
眼鏡の男の子がそう口にしたのが、契機だったのだろう。彼らはみんな一斉に私達の――いや、澄野くんの元に駆け寄ってきた。喜びと安堵の色を隠すこともなく。
「やば、拓海じゃーん! なんでいんの? ちょーウケる!」
「澄野~! オメーどこで何してたんだよ!」
「よ、良かった……。本当に……良かったよ……」
「へっ……ナイスタイミングで帰ってきたじゃねーかよ……!」
「……ところで、一緒にいる人達って? なんで……学生鎧を着てんの?」
恐らくあの車(あれが学生兵器ということなのだろうか。わからないこと、知らないことだらけだけど、今は仕方が無い)を運転していたのだろう女の子が声を潜めて澄野くんに尋ねた。
五人の特防隊員が私たちをしげしげと、或いは無遠慮に、または困惑した様子で見つめてくるのは状況を考えれば仕方の無いことだった。何日も行方が分からなくなっていた澄野くんが、急に「あんな物」に乗って戻って来た。しかも面識のない同年代の男女を複数人引き連れて――司令官たるSIREIさんを失っている彼らは私達と違って、遠く離れた場所で戦っている仲間の存在を知らされていなかったのだ。突然現れた学生鎧姿の人間なんて、警戒されて当たり前だった。
それくらい想像できていたんだけど、五人分の視線の圧に堪えかねてしまった私は思わず一歩引いて、近くにいた面影くんの背に半分だけ隠れてしまう。「おや」って面影くんに小さく笑われたけれど、「背中をお借りします……」と小さな声でお願いすることしか出来なかった。こんな時に人見知りを発動しなくても良いだろうにと、我ながら思う。だけどこんな時に堂々とみんなの前に出て話が出来るリーダーシップは、私にはない。残念ながら。
澄野くんが上手く、端的に私達のことを説明をしてくれるはず。そしてスムーズに戦いに移行して、私達は全員で力を合わせて侵校生を殲滅させることになる――そう信じていたから、まさか「ハンッ!」って笑ったくららちゃんがいつもの調子で「見るに堪えない醜悪で下劣な無視共が勢揃いね! ここは寄生虫博物館かしら!?」って言い出すなんて、思ってもみなかったのだ。
多分、その時の私の顔面を空から見たら、真っ青だったと思う。
「せめて、その匂う口を閉じてなさい! 汚物でも食ってんの!?」
その言葉に顔色を変えたのは最終防衛学園の皆さん(特に眼鏡の男の子と、がっしりした強面のお兄さん、車を運転していた女の子と、前髪をセンター分けにした小柄な男の子の四人)と、希ちゃん、澄野くんだった。それから、勿論私も。
小柄な男の子がくららちゃんを真っ直ぐ指差して、勢いのままに叫ぶ。
「いや! なんなのこいつ!?」
あまりにも横柄な物言いに対してなのか、くららちゃんのトマト頭に対して言ってるのかは判然としなかったけれど、その目がくららちゃんの頭から爪先までをじろじろ眺めていたことを思えば、どちらに対してもだったのかもしれない。
希ちゃんが「ごめんなさい! くららちゃん……初対面の人にはいつもこうなの!」って弁解にならない弁解をして向こうの人を驚かせてしまったかと思えば、「ひとまず、自己紹介は後回しでござる」と至極当然なことを口にした狂死香ちゃんの口調に「ござる!?」って目を見開かれる。それだけならまだしも狂死香ちゃんはいつものように、その場で聖十文字刀と会話をし始めてしまったものだから、余計に空気が困惑に包まれてしまった。くららちゃんが狂死香ちゃんの性事情に踏み込んだ発言(股間に刀を押し付けてよがっているとか、そういうことだ)までしてしまったものだから、もうますます手に負えない。
「……ほらほら。じゃれ合いはほどほどにね。みんながドン引きしちゃうよ?」
「いや……とっくにしてるんだけど」
部隊長によって頭上から産み落とされ続ける卵の存在を感じながら、私は面影くんと最終防衛学園の女の子の会話に、思わず眉根を寄せてぎゅっと目を閉じて、「ごめんなさい……!」って謝ってしまった。
だけど、さっき狂死香ちゃんが口にした通り、本当にいつまでもこうしている暇はない。一度は引いていた侵校生達も、再びこちらへと向かってきている。私達は、戦わなければならないのだ。
同じ思いだったのだろう。澄野くんと希ちゃんが、ここにいる全員で戦うと彼らに伝える。私達もまた同じ目的を持った仲間だということ。一緒に戦うこと。最終防衛学園のみんなはそれをすぐには飲み込めていない様子だったけれど、今はどうこう言っていられる状況ではないと判断したのだろう。学園に向かってくる侵校生達を、未だ空を浮遊し続ける部隊長を前に、それぞれが武器を手に取った。
私達の、第三の家になるはずだった最終防衛学園と、そこにいる特防隊の仲間達。
第一印象は、きっとあんまり良くない。どうしようもない出会い方をしてしまったけれど、それでも私達はみんな同じ目的を持っている。東京団地のみんなのために。私達にしかできないことを、やろうとしている。命をかけて。希望とか未来とか、そういうもののために。
だったらきっと大丈夫って信じていた。
最終防衛学園側の特防隊員の姿が未だに六人しか見えないということなんて、すっかり失念してしまっていたのだ。
司令官の不在が彼らの思考にどんな影響を与えることになるかについても、同様に。