敵は正面の一方向から攻めてきた。砂塵に霞む校庭の先から、大群を成して向かってきたのだ。
想定していたよりも上手く対処できたのは、澄野くんがいたからか。或いはもこちゃんを奪われたあの日のように、私達を分断するような戦いを敵が強いてこなかったからか。きっと、その両方だ。
澄野くんは、戦い慣れしていた。敵の動きを正確に見極めて、何の躊躇もなくその刀剣で侵校生たちを切り伏せた。どの敵を優先すべきかを、彼はきちんと把握していた。もしかしたらそれは、本能によるものだったのかもしれないけれど。
戦場全体を見回せるくらい視野も広くて、指示が的確。きっと最終防衛学園でも、みんなの中心として先頭に立っていたに違いない。
「凶鳥、面影! 二人は向こうの孤立している敵を頼む!」
澄野くんは狂死香ちゃんと面影くんにそう声をかけると、再び武器を構えて、勇敢に敵陣へと向かっていく。侵校生の中でも特に大きくて力の強い――こちらのガードもお構いなしに攻撃をしかけてくる厄介な敵に、真正面から切りかかる。
「何よアイツ、滅茶苦茶張り切るじゃない」
学園を守る為の防衛装置を突貫で作りながら、くららちゃんが肩を竦めた。口ぶりとは裏腹に、悪意の滲んでいない声だった。くららちゃんのお眼鏡に、きっと澄野くんは適ったんだろう。直接彼女がそれを言葉にすることは勿論ないけれど、それくらいは私にも分かるのだ。「そんなに希に良いトコ見せたいのかしら? モロ童貞って感じね。あーキモーい」。……続けられたその言葉には、悪意しか感じられないけれど。
「! 悪い、そっち行った! 頼む!」
「あっ、は、はーい!」
あの巨大な侵校生を切り伏せながら叫ぶ澄野くんの言葉に慌てて頷きながら、もうこれまでにも何体も倒して来た、すばしっこい、だるまみたいな侵校生を追いかけた。あれは本能に刻まれでもしているみたいに、バリア生成装置に特攻するのだ。一匹一匹の攻撃力は大したことないけれど、蓄積されたダメージは案外バカにならない。
澄野くんの指示通り、彼の横をすり抜けた侵校生を追う。砂まみれの地面はもう慣れてしまったけれど、一歩踏みしめる度、その不安定さに時々頭がぐらりと揺れた。その感触に、張り詰めた意識の糸が僅かにたゆんだような気がした。
澄野くんのたなびくマントの端。久しぶりに呼ばれた名字を、思わず心の中で復唱する。「」。確かめるみたいに。同時に武器を構えて、だるま型の侵校生に向かって大きく踏み込んだ。侵校生の背をナイフで切ったときに飛び散る、虹色の光沢を持ったタール状の生温かい体液は、ここが現実だと私に教えてくれる。
「ちゃん、大丈夫―?」
不意に声をかけられて、ぱっと顔をあげた。白い人工学生鎧を纏った希ちゃんが、遠くから私に手を振っている。大丈夫、という意図を込めて、ナイフを握ったまま大きく両手で丸を作った。
大丈夫、そう、大丈夫だ、今のところ。
侵校生の数は多いけれど、澄野くんの力添えもあって後手に回るほどではない。前回のように別方向から敵が来る、というのも、周囲を常に警戒してくれているNIGOUから通信がないことを思えば、心配はないって思って良いのだろう。例え澄野くんがいてくれていても、もこちゃんが連れて行かれてしまった時と同じような状況になったら苦戦は免れない。――だけどもしかしたら「厄介な戦いになるかも」っていう私達の予測は外れていて、今回も小競り合い程度で済む、っていう可能性だってないわけではなかった。もしそうなら、確かに楽ではある。でも、そうしたらもこちゃんを取り戻す手がかりは、今回もきっと見つけられない。
いずれにせよ、全てが私達の望み通りに上手く収まることなんてないのだ。
澄野くんの指揮のおかげで、敵の第一波を楽に退けたときだった。NIGOUが不意に、「みんな、油断しないで!」と叫んだのは。
「次の侵校生の集団が来てるよ!」
砂煙をあげながらこちらへ向かってくる侵校生の一群に、けれどその時、妙なものを見た。高速に回転する、大きな車輪のようなもの。それは侵校生の間を縫うように速度を上げながら、学園へと近づいてくる。
「しかも……反応が強い!」
NIGOUの緊迫した声が、私の鼓膜を震わせる。
――部隊長。
その言葉に、呼吸が止まった。
身構えた私達の眼前で、激しい金属音を立てながら「それ」は止まった。大きな車輪だと思ったけれど、そうではなかった。両手と両足から伸びる鎌状のものが、それを円の形に見せていただけだった。
鳴き声のようなものなのか、或いは、侵校生にしか分からない言語だとでも言うのか。私達には判別のつかない音のような何かを吐き出しながら、それは逆立ちの状態から体勢を整える。二本の足に、二本の腕。長く太い首と繋がるような形をした頭蓋。風圧で、つい目を細めた。澄んだ青空に、それの頭上にあった光輪が、陽のような輝きを見せていた。趣味の悪い、異形の天使みたいだった。
さっき澄野くんが相手をしていた侵校生よりも、ずっと巨大な身体だった。骨と何か黒い靄のようなもので構成されたそれは、酷く禍々しく、不気味だ。胸のあたりで赤く光る二つの穴は生き物の目のようで、無意識に後ずさってしまう。手足から伸びる鎌は鋭利で、もしも回転するあれに触れようものなら、身体は呆気なく肉塊になってしまうだろう――つい想像してしまって、背筋が粟立った。
「あ、あれが、部隊長……?」
他の侵校生とは明らかに違う。あの時こちら側を守っていた私と面影くんは、実際に部隊長と対峙するのは初めてだった。
あれが、部隊長なんだ。映像で見た、もこちゃんを連れて行った小さな、浮遊している部隊長とは全然違うけれど。
その部隊長はずっと、何かを喋っているようだった。怒っているようにも、嘆いているようにも、苛立っているようにも見えた。やがて空を蹴るように足を高く持ち上げた瞬間、それは再び輪の形に変形するから、びっくりした。高速に回転しだしたそれは、鋭い音を立てながら向きを変える。丁度、こちらに向かって突進でもしてくるような体勢になって――いや、「ような」じゃない。そうなんだ。
足が竦んで動けなかった。それを、あの部隊長は見抜いていたのだろうか。明らかに戦闘慣れしていないやつが特防隊に混ざってる、って。巨大な車輪は、真っ直ぐに私を捉える。信じられないくらいの速度で、私に向かって直線上に突っ込んでくる。
「ちゃん! 右だ!!」
「…………っ!」
そう叫んだ面影くんの声が聞こえなければ、それを聞いた身体が勝手に動いてなければ、逃げる先にいたくららちゃんが私の腕を引っ張ってくれていなければ、多分、本当にミンチになっちゃっていてもおかしくなかった。
くららちゃんに手を引かれたのと、自らそちらに飛び込んだのと、二つの勢いがあったものだから、私達はほとんどもつれあうように転がった。「ぶえっ!」って悲鳴がどっちのものだったのかは定かではない。危うくくららちゃんのトマトマスクを落下させてしまうところだった。恐怖と混乱に包まれながらも、これだけは絶対に死守しなくちゃとどうにか彼女のマスクを両腕で押さえたけれど、おかげでその胸に顔を埋める形になってしまって、「何やってんのよバカ! 不敬罪で訴えて勝つわよ!?」って蹴られてしまった。「リアルTo LOVEるでござるな!」と言う狂死香ちゃんの声を聞きながら、砂地にごろごろ転がる。あの刃に切り刻まれるよりは断然マシだったけれど、口の中に砂が入って、思わず嘔吐いた。
咽せながらも目の前に差し出された手を誰のものなのかも分からずに取れば、その手は私を引き上げるように起こしてくれる。ごつごつした手だったから面影くんのものかと思ったけれど、彼のものと違って、手袋の下の爪が明らかに短いことに気がついた。びっくりして顔をあげると、そこにいたのは澄野くんだった。たったそれだけのことで、どうして息を飲む必要があるんだろう。赤い髪が乾いた風にそよいでいた。彼の学生服の腿のあたりが破れて、血が滲んでいた。彼は少し、怪我をしていたようだった。
彼の視線は私ではなく、緩く回転を続けている部隊長に向けられている。私の位置からでは逆光になって、その肌は庇がかっていた。青い瞳だけが、真っ新な光を放っているようで、私はそれを、ただ見ていた。
「――立てるか? 」
目を合わせることのないままに、彼は短く尋ねる。「う、うん、大丈夫。……ありがとう、澄野くん」。砂が入ってざらざらになった口の中が不快で、咳払いをしながら立ち上がった。
彼の手が離れていく。意識しないふりをして、立ち上がりながらスカートの土を払う。「……みんな、頑張って!」と言うNIGOUの声が、通信機越しに聞こえる。あいつを倒して、この学園を守って、って。
よりによって、部隊長。しかも、もこちゃんを連れて行ったやつとはまた別の。
一体私達は、どれだけの戦いを迎えなくてはならないのだろう。東京団地のみんなを救うために、何度死線を潜り抜けなければならないのだろう。そう考えると、本当は少し恐ろしい。小さく深呼吸をして、頬を両手で叩く。ぺち、って音は、空気に紛れて消えて行く。
第二防衛学園を背に、私達はそれぞれ学生兵器を構える。侵校生にも意思があるのかはちょっと良く分からないけれど、未だに何か怒り狂うように叫んでいるあの部隊長は、冷静になってみると妙に直情的な思考でもって動いているように見えた。部隊長にもそれぞれ個性がある、ってことなんだろうか。だとしたら、きっともこちゃんを連れて行ったヤツとは違って、この部隊長は挟撃なんてまどろっこしい手は使ってはこないような気がする。……多分だけど。
地面に足をつけたり、機動力を重視した輪の形になったりと、それは今も忙しなく、苛立ちを露わにでもするように動いていた。澄野くんはその部隊長から決して視線を逸らすことなく、小さく息を吸う。「よし……」と一度緩く目を閉じた彼は、武器を手に顔を上げた。
「やるぞ!」
彼は磁場を持っていた。それは私を引っ張る、特別な磁場だった。