警報音が鳴り響いたのは、私達が最後のコンテナをスクールバスのお腹に詰め込んでいるときだった。
 けたたましいその音に反射的に身を竦めれば、バスのダッシュボードに最終防衛学園までの地図を置いていたNIGOUが、「ギャーッ!」って飛び跳ね、運転席から落下するのが視界の端に映る。――敵襲だ。赤く点滅する視界に、考えるよりも早く「行こう!」って口にして、狂死香ちゃんと二人でコンテナを押し込んでからすぐさま踵を返した。入り口近くにいた面影くんが私達よりも先に扉の向こうに駆け出していったのが見えた。動揺したり立ち止まったりするのが時間の無駄だって分かりきっているくらい、私達はもう、この環境に慣れてしまっていた。



「て、敵だっ! 侵校生だっ! みんな! 落ち着いて! 作戦室へ急いでーっ!」



 ドアから転がり落ちるように飛び出してきたNIGOUの声は、警報音にかき消されて遠くなる。階段を駆け上りながら、三人分の足音を塗り潰すようにバクバクと音を立てる心臓の鼓動が耳障りで、思わず首を振った。嫌な予感がしていた。五日前の防衛戦で、敵の数が極端に少なかったことを思い出してしまったから。あれが斥候だったとすれば、次の戦いは恐らく苛烈なものになる。私達は前もってそう予測を立てていた。それが、きっと今だ。
 澄野くんの存在が、ちらりと頭を過ぎる。最終防衛学園からやって来た、特防隊の男の子。彼は、私達と一緒に戦ってくれるのだろうか。目が覚めたばかりできっとまだ本調子ではないだろうことを思えば無理強いはできないけれど、戦ってくれたらいいなって思う。もこちゃんのいない今私達は明らかに戦力不足で、もしもこの間のような戦いになれば、今度こそ全滅してしまわないとも限らなかったから。
 それでも、もこちゃんを連れて行ったっていう部隊長が今回こそ戦場に現れるかもしれないと思うと、背筋が伸びた。そうしたら私達は、絶対にそいつを捕まえなくちゃいけない。もこちゃんをどこに連れて行ったのか、今もこちゃんはどうしているのか、どうにかして聞き出して、それで、それで――。
 手が震えていることに気がついて、握った拳に意識的に力を込めた。武者震いなのか、恐怖によるものなのか。恐怖だったとして、それが戦いに対してのものなのか、もこちゃんの安否が決定づけられるかもしれないことに対してなのか。そういう自分の周囲をふわふわと取り巻いている全てのことが、私にはわからなかった。








 ついさっきまで自室にいたというくららちゃんは私達よりも先に作戦室に来ていて、遅れてやって来た私達に「アンタ達、遅いわよ!」と言いながらそれぞれの我駆力刀を手渡してくれた。NIGOUもいつの間にか作戦室にその姿を現していて、希ちゃんの姿だけがまだそこにはなかった。それから、澄野くんも。



「希ちゃんは?」

「ああ、希だったら屋上で見たわよ。また警報にビビってたけど、置いてきたわ」

「えっ、大丈夫かな……」

「大丈夫でしょ。なんだかんだ言って警報が鳴り止めば落ち着くんでしょ? 妖怪汁塗りもいるし」

「汁塗り……」

「澄野君だね。うふふ……彼も戦ってくれるのかな?」

「これで戦わないなんて言ったらアイツの胃に収まってるウチの食糧全部吐かせるわよ。アイツにさっき渡した昼食、なんだっけ? おにぎり二個とウインナー三本に卵焼きが二切れ?」

「あ! それだったら、本官も拓海クンが目を覚ましたときにおにぎりを一個差し入れしてるよ! ちゅふふ、喜んでくれて嬉しかったなー!」

「――狂死香、問題よ。汁塗りが食べたおにぎりは全部で何個?」

「えっ、えぇ……ッ!? ちょっと待って……! 二個と三本と、卵焼きが……?」

「おにぎりだけでいいみたいだよ、狂死香ちゃん……」



 指を使いながらも混乱する狂死香ちゃんにそう助言したときだ。荒々しい足音と共に、「みんな、遅れてごめん!」って、希ちゃんが作戦室の扉を開けたのは。
 振り向いた先に、二人の姿がある。希ちゃんの隣に立つ澄野くんに、私は息を飲んだ。痛いくらいに真っ直ぐな双眸だったから。
 澄野くんはその手に、自分の我駆力刀を持っていた。澄野拓海。禍々しく赤い刀身に刻まれた彼の名前が、作戦室の灯りを鈍く反射させていた。――戦ってくれるんだ。胸がじわじわと熱を持ったように嬉しくて、私は思わず自分の我駆力刀を握りしめる。すっかり手に馴染んだ、私をこれから貫く刃は、それでもじっと沈黙している。



「みんな、気を引き締めて戦ってね。……拓海クンも、お願いね」



 そう口にするNIGOUに向けられた、澄野くんの目。
 私は彼のその瞳に凝縮された光に、本当はずっと、救われたような気になっていたのだ。性別も身体の大きさも違うのに、どうしてかもこちゃんを思い出したから。
 澄野くんはNIGOUに、自分もここの蘇生マシーンが使えるのかを確認していた(DNAデータの登録は両校で一括にしているらしく、私達はお互いにどちらの学園の蘇生マシーンも使えるから、澄野くんに万が一のことがあっても大丈夫らしい。それを聞いて、私までほっとしてしまった)。私は澄野くんが私の視線に気がつかないのを良いことに、その背をじっと見つめる。彼のことをもこちゃんみたい、と思ったついさっきの自分に、微かな違和感を抱いていることを自覚して。私の胸にはざらつきがあった。手で払っても、べたりとくっつくような粘度の高いものだった。
 澄野くんはもこちゃんに似ている――本当に、そうなのだろうか。
 今朝、体育館で初めて澄野くんが話すところを見たとき、私は彼を良い人そうだって思った。信頼できそうな人だって。希ちゃんの手を取った瞬間に、それはちょっと、空気にぱって霧散してしまったけれど。だけどそれが、今再び元の形に戻ろうとしている。それは、彼の声や仕草が、彼の容れ物が、真っ当に見えるから。歪みのない人に見えるから。戦うって言ってくれたその背が、あまりにも真っ直ぐだから。彼と似た表情をしていた人が、私の中にひっそりと息をしているから。
 心臓が変な音を立てて、視界が揺らいだ気がして、ゆっくりと瞬きをした。作戦室の天井が、吹き抜けの、薄い色の木目天井になる。固定された頭上のマシンガンが、あの人が気に入っていたシーリングファンになる。広々とした、塵一つ無い美しい部屋。遠くで聞こえる怒鳴り声。カーテンが閉じられて、光はない。
 ――今どこにいるんだっけ。
 普段閉じている箱の蓋が音を立ててずれそうになったその時、「えっ? マリトッツォ知らないの!? やっだー! キモーい!」っていうくららちゃんの嬉しそうな声で現実に引き戻された。びくりと肩を震わせて、視線をくららちゃんに向ける。くららちゃんに嘲笑されているのは、狂死香ちゃんだ。狂死香ちゃんはジョジョで見たから知ってる、と上擦った声で否定していたけれど、動揺しているところを見ると、マリトッツォがなんなのかは良く分かってないみたいだった。
 どうやら、私がぼんやりしている間に皆は戦いの後の話をしていたらしい。もこちゃんを浚った部隊長がいるかもしれないと気を張っているのは私だけだった、ということなのだろうか。だけどみんなは、敢えてそう振る舞っているのかもしれなかった。そう思ったのは、私以上にもこちゃんの生存を信じている希ちゃんがみんなを取りなすように「まぁまぁ、終わったらみんなで一緒に甘い物をお腹いっぱい食べようよ」と笑っているのを見たからだ。



「ね、ちゃん」



 そう希ちゃんに微笑まれて、私は慌てて首肯する。「まさかアンタも狂死香みたいにかしわ餅と昆布茶とか言うんじゃないでしょうね?」ってくららちゃんに尋ねられたから、「あ、えっと、私はチョコがいいなあ」って、笑みの形を作った口で答えた。瞬間まなうらにちらついた何かを消すために、軽く目を伏せながら。



「……うん。その為にも、今馬はみんなで力を合わせて侵校生をやっつけないとね」



 希ちゃんは続ける。彼女の目にはずっと前から――私達がここに連れてこられたその日から、決意めいたものが浮かんでいる。「大丈夫!」と続けられたその言葉が、私にはもこちゃんのそれと重なって聞こえた気がした。大丈ブイ、って。



「わたし達ならきっとなんとかなるし、なんとかできるって!」



 彼女のその言葉に、澄野くんが小さく息を吸った音がした。
 その視線は、希ちゃんの横顔に向けられている。緩く握った拳が、彼の身体の横に落ちている。その一挙手一投足を、つい目で追ってしまう。視界の隅に引っかかる光を探すみたいに。そこにはいつも薄い暗がりがある。私達の小さい足が、二人分、向かい合っている。そうして澄野くんの横顔を見る私もまた誰かに見られているなんて、私は気がつきもしないのだ。


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