侵校生の接近を感知すると、学園は防衛モードに切り替わる。学園の四方に設置された装置が校舎をすっぽり覆うバリアを生成するのだとNIGOUは言った。
 特防隊の私達は、侵校生の攻撃からその装置を守らなければならない。装置が一つでも破壊されてしまえばバリアは消滅し、校舎内に敵の侵入を許すことになってしまうらしい。――そういう事情を考えれば、今回の敵が校舎より南の一方向から集中して攻撃してくれたのは幸運だった。侵校生との戦いに不慣れな今の状況でも、敵に分断されることがなかったから。
 我駆力刀によって力を解放し、作戦室の発射台から外へと飛び出した私は、セーラー服のスカートを翻しながら敵を翻弄するため走り回っていた。敵の背後が取れたらこっちのもので、あとはその急所に吸い付くように、手にしたナイフが自動で切り裂いていく――私の戦い方は、ほとんどそんな感覚に近かった。返り血を浴びることは、本当は嫌だったけど、ぞわぞわして吐きそうだったけど、気にしていられなかった。どれだけ気持ち悪くても、怖くても、息を止めて、目をぎゅって瞑って、堪える他無かった。
 NIGOUは私達の持つ武器を「学生兵器」と呼んだ。各々の個性を生かした形で具現化される、この世に一つだけの兵器なんだって。このナイフは、だから、言わば私そのものなんだと思う(本当だったらもう少し離れて攻撃できるものが良かったけれど、私の「人よりちょっと優れた」身体能力を生かすにはこの形が適しているってことなんだろう)。それからもう一つ、我駆力を発動させた副作用として、私達にはそれぞれ特別な力が芽生えているんだって。だから同じように我駆力を使っていると言っても、私達は一人一人戦い方も武器も違っている。
 最前線に立っていたのはもこちゃんだ。彼女はフレイル型のモーニングスターを振り回して、まとまった侵校生を押し潰す。面影くんが広範囲の敵を切り裂き、凶鳥さんが刀で孤立した侵校生を薙ぎ払う。打ちもらした侵校生にとどめを刺すのは霧藤さんの人工学生兵器である銃と、大鈴木さんが突貫で作り上げた砲台だ。思うがまま戦う私達の中には指揮を執る人なんかいなかったのに、ほとんど隙のない布陣だった。物凄く戦いやすかったのだ。一人でいたときより、ずっと。全く危なげない戦いだった。NIGOUが感極まってイヤホン越しに声をあげるのも無理はないくらいに。
 私が敵に囲まれかけたときは、もこちゃんに救われた。彼女がジャイアントスイングで投げ飛ばしたクマ型の侵校生が眼前の敵を押し潰し、退路を作ってくれたのだ。



ちゃん、平気―!?」

「へ、平気! ありがとう、もこちゃん! 助かった~!」



 私の言葉に遠くから親指を立てて笑うもこちゃんは、世紀末破壊天女の名に相応しい鬼神のごとき活躍で、ほんとうにリングに立つスーパースターみたいに燦然と輝いていた。彼女は数々のプロレス技を繰り出し、侵校生を一網打尽にした。この日、私達は呆気ないくらい簡単に侵校生を退けることに成功したけれど、その大部分はもこちゃんのおかげと言っても過言ではないと思う。もこちゃんは、すごかった。私達の何倍も侵校生の死体を積みあげて、それでもその身体に傷一つつけていなかった。
 最後の侵校生を凶鳥さんが切り伏せたのを見たとき、安堵と疲労で力が抜けて、立っていられなかった私とは全然違う。慣れない戦いに、すっかりボロボロだったのだ。
 作戦室に残って戦況を見守っていたNIGOUが「すごい! すごいよ皆―! お疲れ様! 本当にありがとう!」と歓喜の声をあげるのをイヤホン越しに聞きながら、私は砂まみれの校庭に仰向けに転がって、指の一本も動かせないままいた。
 敵に引っ掻かれた腕も、うっかり転んでできた膝の怪我も、ひりひりと痛かった。髪が土にまみれても、気にしていられなかった。視界いっぱいに広がる空は吸い込まれそうなくらいに青くて、初めてそれが綺麗だと思った。夥しい返り血を浴びた私は酷く汚れていたのに、全てを許してでもくれるみたいに日差しはぽかぽかと温かくて、心地よかった。張り詰めていた緊張がようやく緩んで、お腹の上で組んでいた指先が震えているのを知って、それでやっと、怖かったんだ、って思った。
 もこちゃんと霧藤さんが駆け寄ってくれなかったら、決壊した恐怖と安堵で、泣いてしまっていてもおかしくなかったのだ。本当に。
 第二防衛学園二日目の朝、私達はこうして、初めての戦いを終えたのだった。








「じゃあ約束通り、質問に答えてもらうわよ」



 勝利の余韻も冷めやらぬ中、作戦室の中央で仁王立ちする大鈴木さんの言葉に、さっきまで喜びを露わにして私達を労っていたNIGOUは目と口を丸くして、怯えたように彼女を見あげた。



「あ、あ、あの、話したいのはやまやまなんだけど本官は約束をした覚えはなくって、というかその、本官の一存では話せないこととかもたくさんあるから、その、内容によっては上に確認を取らなくちゃいけないこともあって…………でもでも、できるだけ誠実に答えたいとは思ってるよ! 本官に答えられることなら!」

「――ですって。誰か先に質問したい人いる?」

「えっ! くららさんから一つだけって話じゃなかった!?」

「あら? そうだったかしら」



 その時私は作戦室の隅っこで擦りむいた膝の手当てを霧藤さんからしてもらっていて(なぜか、どこか恍惚とした目をした面影くんに「ちゃんの治療、私がやろうか? こう見えて、そういうのは結構得意なんだ」と言われたけれど、全力で断った。男の子に――それも面影くんに転んでぐちゃぐちゃの膝を見てもらうなんて、恥ずかしくて絶対にできなかった)、そんな時だったからこそ、ふと思い出したのだ。戦いの前に、NIGOUが「保健室」と口走っていたことを。保健室があるんだったら、NIGOUが私のためにって持ってきてくれたでっかい絆創膏や消毒液の他にも色々道具があるんじゃないかと思って。
 「あの、じゃあ質問」と手を挙げたら、皆の視線が私に集中した。大鈴木さんに「許可するわ」と頷かれ、どこか不安そうな顔をしたNIGOUに、顔だけで向き直る。



「NIGOU、さっき保健室がどうとか言ってたけど、それってどこにあるのかな? 今後も侵校生と戦うとして、もしももっと大きい怪我とかしたらどうしたらいいのかなって思ったんだけど……」



 くりくりとした黒豆みたいな目が私の問いかけに一度瞬かれた。沈黙はどれほど続いただろうか。やがて「わー!」と叫んで飛び上がったのは視線の先にいたNIGOUだ。ぴょんって、本当に数センチばかり、NIGOUは跳ねた。



「本官、保健室のこと説明してなかった!?」

「具体的なことは何も……」

「わー! そうか、皆、ごめん! これは本官の伝達ミスだ!」



 それもこれも、想像以上に敵の侵攻が早かったせいだとNIGOUは口走る。「向こうと違って敵の侵攻が昨日じゃなかっただけマシだったかもしれないけど、でも説明する時間がなかったわけじゃないのに」とか、「これじゃあまた閣下に怒られちゃうよー!」とか。多分、あんまり言っちゃいけないようなことまで。そういえば、戦いの前にもNIGOUは似たような失言をしていたな、って思い出す。顎に手を添えた面影くんが「へぇ?」って目を細めるのも仕方ない。



「……何だか面白そうな話だね。それ、色々詳しく聞かせてもらいたいなぁ?」



 「向こう」とか「閣下」って、何のこと?
 楽しげに首を傾げた面影くんに我に返ったNIGOUがいくら口を押さえても、もう遅かった。








 そもそも「第二防衛学園」って言っている時点で、もう一つここ以外にも似たような施設があるのだろうというのは皆(正確に言えば私と凶鳥さん以外は)想像がついていたらしい。
 NIGOUは最初は口を閉ざしていたけれど、その点を指摘されると、「確かに、いずれ分かることだし……皆も薄々分かっていたんだったら尚更説明しないわけには……。閣下には今夜報告すればいいよね……多分……」と、迷う様子を見せながらも、最終的には私達に打ち明ける覚悟を決めたらしかった。
 保健室に関しては見てもらった方が早いから、と、作戦室を出てすぐそこにあるらしいその部屋へと向かう道中だった。廊下を先導するNIGOUの後ろ姿はやっぱり半透明に透けていて、心臓を模したハートがNIGOUが歩くのに合わせ、静かに揺れている。それを見ていると、自分が今どれだけ奇妙な状況に置かれているのかを、ありありと実感してしまう。
 そんな風にまじまじ眺められているなんて、NIGOUは知らないんだろう。NIGOUは歩きながら、丁寧に話をしてくれた。同じ東京団地の外(と言っても、ここからは随分離れた場所)にもう一つ、第二防衛学園と同じような学園があること。そこには私たちと同じように東京団地からやって来た高校生くらいの男女がいて、やっぱり私達と同じように「大切なものを守るため」侵校生と戦っていること。NIGOUがたまに口走る「閣下」っていうのは、その学園にいるNIGOUの上官なのだということ――。
 今はそれ以上のことは直接関係がないから、心に留めておくだけで大丈夫。そう念を押すNIGOUに皆がどういうことを思ったのかは分からないけれど、私はそれを聞いて、心強く思ったのだ。こんな風に不条理な目に遭わされているのが自分達だけじゃないってこと、侵校生と戦うために武器を握っている人たちが他にもいるっていうことに、酷く勇気づけられて。
 きっともう一つの学園にいる人たちも今頃、苦悩しながら戦っているんだろう。しかも「向こうと違って敵の侵攻が昨日じゃなかっただけマシだった」ってNIGOUが口走っていたことを思えば、「向こう」の人たちは今日どころか、初日に侵校生と戦わないといけない状況だったってことだ。その人達も私達みたいに訳の分からない状況に置かれて、それでも必死で戦っているんだ。東京団地を、自分達の大切なものを守る為に。そう思ったら、言いようのない力が湧いた。すごい、と思ったのだ。
 NIGOUはそこまで説明し終えると、「向こうの話はこれでおしまい」と、一つ区切りをつける。「あとは、もう一つ」柔らかい声だった。



「さっきの戦いの前に、もこさんは本官に言ったよね」



 作戦室と同じ三階。渡り廊下へと続く鉄扉を通り越した先にある部屋の前で、不意にNIGOUは足を止め、私達を振り向いた。歪な形をした茶色い石のような物が幾つも埋め込まれた、妙な扉だった。上部の液晶には「入室可」の文字が淡く浮かび上がっている。――ここが保健室なのだろうか。だけどNIGOUは、その引き戸を開こうとはしない。
 名指しされたもこちゃんは、その瞳に怪訝そうな色を浮かべ、小さく首を傾げた。



「命を失う前提でこんな風に戦いを強要されても、受け入れることはそう簡単なことじゃない。自分達が前向きに戦うためにも、そもそもどうしてこんなことになっているのかを教えてもらえないか……って」

「――ええ、確かに言ったわね」

「本官はあの時、もこさんの言葉の全部に答えるべきだったんだ。それが皆への誠意だった。……侵校生の襲撃のせいで、有耶無耶になっちゃったけど」



 だからそれを今から全部、話すよ。どうしてこの戦いが起こっているのかを。――NIGOUは私達を見回すと、一度だけ、細く長く、息を吐いた。
 霧藤さんの貼ってくれたでっかい絆創膏の下で、できたばかりの傷は微かに痛んでいた。心臓の音と同じくらいの速度で、ずきずき、ずきずきと。


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