戦いたくなかった。
 だって、私達は望んでここにいるわけじゃない。もし今からでも東京団地へ帰れるって言うんだったら、私は喜んでそうしたはずだった。戦いを投げ出したことへの罪悪感を抱えながら自分の部屋に引き籠もって、ここでのことを無理矢理忘れて、なかったことにして、やがて安全な場所からどこかで誰かが命を懸けて戦っているのに感謝する――そうして今まで通りの日常を送ろうとしたはずだ。だって私は元々ただの、どこにでもいるような女子高生だったんだから。
 皆もきっとそう。プロレスラーでも、山ごもりをしながら修行をつんでいるような女の子でも、莫大な財産を持つお嬢様でも、こんな訳の分からない戦争のために生きてきたわけじゃなかった。戦いなんか、望んでいなかった。
 だけど、空気が変わったのだ。実際に目の前に敵が迫っていて、第二防衛学園の危機がそこにある中。「…………やろう」って、私よりよっぽど青い顔をした霧藤さんが、真っ直ぐな声でそう言った瞬間に。
 誰もが目を丸くして霧藤さんを見ていた。NIGOUすらも。彼女の言葉を、息をひそめて聞いていた。
 胸に手を当てた霧藤さんは、私達一人一人の目を見て続ける。



「確かに現状分からないことだらけだけど……今は、迷ってちゃダメだと思う。…………戦おう。この六人で。……東京団地を守る為に」



 苦悩と恐怖に満ちた目でも、彼女はとうに覚悟を決めていた。



「わたし達しかいないんだから」



 それに胸を打たれなかったなんて、私は言えないのだ。



「……霧藤さん」



 どうして私達が選ばれたのか、誰も知らなかった。
 一体東京団地に何があってこの戦いが起きているのかも、ここで何を守らなければならないのかも。「侵校生」が何者なのかも。この第二防衛学園がどこにあるのかも。我駆力だとか、我駆力刀だとかのことも、説明されたってわからなかった。私達がNIGOUに騙されていない保証なんか、どこにもなかった。それでも間違いなく敵はすぐそこに迫っていた。侵校生は私達を、学園を、東京団地の人たちを脅かそうとしていた。それだけは疑いようのない事実だったのだ。
 どれだけ沈黙が続いたか。警報は既に途切れていて、だけどモニターには今も大量の侵校生が映し出されていた。そんな中で、最初にその沈黙を破ったのは、大鈴木さんだった。



「…………わかったわよ」



 腕を組んで、トマト頭の下でじっと考え込むように視線を落として、それから彼女はNIGOUを見る。



「とりあえず希に免じて、今は戦ってあげる。ただし、後で必ず、最低一つはアタシの質問に答えてもらうから。その時もわからないだの言えないだのほざくようなら、アンタを食堂の水槽に投げ込んで魚の餌にしてやるから覚悟しておくことね」

「ひ、ひえ……」



 そう言って、彼女は震え上がるNIGOUに構わず我駆力刀のある柱へと歩みを進めた。それに続いたのは凶鳥さんと、喪白さんだ。それから、面影くんも。



「――拙者達がやらねば、東京団地の皆も危ないのでござろう? なら戦わない選択肢など端からないと、聖十文字刀も申しておる」

「そうね。こうなったら今はやるっきゃナイト! アタイ達で、侵校生たちを追い払っちゃいましょ。話はそれからよ!」

「殺れ殺れ……。仕方ないね。とりあえず、最低限の仕事だけはさせてもらうよ。……本当は愛のない殺しなんてしたくないんだけど……」

「み、皆~……!」



 モニターには、今もこの学園へと押し寄せる侵校生の群れが映し出されていた。怖くなかったなんて、そんなはずはなかった。だけど戦わなくちゃいけないのだ。この状況で、私だけが「嫌だ」なんて言って良いはずがなかった。たとえどれだけ膝が震えていても、皆に押し付けて、隠れるわけにはいかないことくらい分かっていた。
 俯いて、両手で頬を叩く。べし、と小気味良い音がして、誰かの視線が私に向けられたのが分かったけれど、顔を上げて確かめることはしない。ぎゅうと奥歯を噛みしめて、それから我駆力刀を手にしている皆の傍に駆け寄る。「私も戦う……!」って、震える声で口にする。出会ったばかりの人たちだけど、私達はもう仲間だった。
 精巧な鞘に収められた、黒い我駆力刀。手にした瞬間、その重みと感触に心臓がドキドキと音を立てるのがわかった。私達が侵校生と戦うには、これを心臓に突き立てなくてはならない。そして、その後はあの化物と対峙しなくてはならないのだ。学生兵器とNIGOUが呼ぶナイフを片手に、また戦わなくてはならない。その恐怖が、隣にいた喪白さんに伝わったんだろう。彼女はじっと私を見つめてから大きな厚い手で私の両手を包み込むと、「ちゃん」と、ウインクしながら私の名前を呼んでくれた。「大丈ブイよ」って。



「何があっても、アタイがちゃんのことを守ってあげる。皆のことも絶対に。世紀末破壊天女喪白もこは、皆を守るスーパースターなんだからね」



 慈愛に満ちた優しい目の中に、呆けた顔をした私がいた。
 まだ出会って二日だ。なのに彼女は、私を守ってくれると言った。私の奥にある凝り固まった塊が解れていくような気がする。じわじわと熱を持って、溶け出していく。
 喪白さんが、ぴかぴかに光って見えた。柔らかく発光する彼女は、全てを許してくれる神さまとか、無償の愛を与えてくれる母親に見えた。同じ特防隊の一員なのに縋ってしまいたくなった。息を吸ったら、喉のあたりで張り付いて、ひ、って音がした。
 目頭が熱くなって、鼻の奥が痛い。視界が滲みそうになって、慌てて目線を落とすと、どうにか頷いて、下手くそに笑う。



「あ、ありがとう、喪白さん。喪白さんって、優しいね……!」

「やだ、喪白さんなんて他人行儀! もこちゃんって呼んでよ。一緒に戦う仲間じゃない」

「いいの?……うれしい、もこちゃん」



 もしも無事に東京団地に帰れたら、喪白さんの――もこちゃんの試合のチケットを取ろう。プロレスは疎いし、ルールも技もちっともわからないけど。家族も友達も連れて行って、声を張り上げて応援しよう。そんな甘いことを想像する。でもその前に、戦わないと。――生き抜かないと。
 戦うんだ。あの時みたいに。どれだけ怖くても。
 もこちゃんの温かい両手に包まれたまま、私の名前が彫られた我駆力刀を握った。ぬるく温度を変えたそれは、私の血を吸うのをただ待っているみたいに、今は静かだ。








 作戦室の我駆力刀が人数分ない理由は、その後に分かった。霧藤さんの分の我駆力刀がなかったのだ。体内にある我駆力が私達よりも少ないせいで、彼女は我駆力刀を上手く扱えないらしい。
 NIGOUはそれを「そんなこともあるんだねー」と不思議がっていたけれど、我駆力刀が使えないからと言ってまさか生身で戦わせるわけにもいかない。霧藤さんには万が一のために用意してあったという人工学生鎧と人工学生兵器が支給された。「希さんだけは死なないよう気をつけてね、無理はせず危なくなったら撤退するんだよ。我駆力がないと、皆みたいに保健室は使えないんだから」だの「希さんは東京団地のときもこれで戦ったの? そういえば希さんは、東京団地では本官じゃなくて閣下が担当していたんだよね? 本官達、会ってないもんね」だの、「じゃあ、希さんは本来第二防衛学園じゃなくて向こうの所属だったのかな? ちゅふふ、こっちで一緒に戦ってくれて助かるなあ」だの。――保健室。閣下。向こう。NIGOUがぽろぽろと零す言葉に散りばめられたものも、霧藤さんがそれに曖昧に頷いているのも気にならなかったわけではないけれど、その時の私には、それを追求する余裕がなかった。耳に入ってはいたものの、頭に染みこんでこなかったのだ。緊張でいっぱいになってしまって。
 刀を心臓に突き立てるのは、杭を刺すのに似ている。
 我駆力刀を握りしめた私達五人は示し合わせたわけでもなく目で合図をすると、そのまま同時に、大きく刀を自分に向けて振り上げた。ぎゅうと目を閉じて、息を止めて、竦む足で床を踏みしめながら、そうして思いきり心臓に刀を突き立てた。一瞬でも躊躇すれば二度と突き刺すことができないと知っていたから。
 霞む視界の中で、血が私自身を包み込むのを見た。
 我駆力って、意思を持っているみたいだって、真っ赤に染まる視界の中で思った。


PREV BACK NEXT