LOOP.011




「……今回は運が良かったみたいだ」



 恐らく、そこはセツの部屋だった。
 僕の使っている部屋と何ら変わらない、デスクとベッドがあるだけの簡素な室内。ベッドに腰掛けたセツは、その言葉とは裏腹に表情らしい表情のない目で僕を見つめている。



「ループの始点でチハルと出会えるのは久しぶりだね。少なくとも私にとっては、だけど」



 セツの言葉に僅かに首を傾げた。認識のズレがあるな、と思ったのだ。セツにとって「久しぶり」らしいこれは、僕の記憶には一度としてないものだったから。
 まだどこか朦朧とする頭で直前のループのことを思い出そうと試みる。誰が居たんだっけ。僕達は誰を眠らせて、誰が消されて、誰がグノーシアだったんだっけ。始点に戻されたときは、いつもこうだ。それまで眠っていたかのような気怠さを抱えながら、見ていた夢を思い出すような感覚で、僕は自分が歩いてきた道を振り返る。夢と違うのは、それが時間の経過と共に薄れていく類のものではなく、逆にはっきりと色づいていくこと。
 セツの顔を見ながら、そういえばセツは、さっきのループでは初日に消されてしまったんだよな、と不意に思い出す。結果から見れば、三人のうち本物のエンジニアはステラだった。つまり初日にグノーシアに消されたセツはグノースを崇拝するAC主義者という存在で、僕らの敵だったということだ。グノーシアが見誤って、真っ先にセツを消したことで僕らに有利に働いたわけだけど、もしも消されていたのが本物のエンジニアの方だったら厄介なことになっていただろう。そうでなかったとしても、自分たち以外のエンジニアを片付けようと急いたグノーシアの言動にラキオが目敏く気がつかなければ、また面倒なことになっていたのかもしれない。些細な違和感を容赦なく追求するラキオは、あの言葉尻のキツささえなければ頼れる人物であるように思うのだけど。



「……少なくとも僕にとっては、セツとこうして話をすることは初めてだ」

「え? そうなんだ。……じゃあまだ君は経験が少ないのかな」

「今の君に比べればそうだろうね」



 セツとこうして腰を落ち着かせて話をすることは、初回のループ以降はなかった。
 案外難しいものだ。二人きりになることはあっても、互いがどういう立ち位置なのかを無意識に探り合ってしまう。誰かの目は常にあって、ループに関わることを話すことも難しく、結局込み入った話をすることができないままずるずると十回ものループを重ねていた。
 セツは一つ瞬きをすると、じっと僕を見る。いつものセツよりも余程肩の力が抜けているように見えた。



「じゃあもしかしたら、チハルは鍵の出し方も知らないのかな」

「……鍵?」

「ふふ……いや、ごめん、そうだよね」



 僕が首を傾げたことの何が面白いのか、セツはくすぐったそうにその目を細めると「鍵を出したい、と考えるだけでいいんだ」と良く分からないことを続ける。
 鍵、そう言われて僕がイメージするものは、古くからある錠前の形をしたものだったけれど、やがて目の前に浮かんだものは僕が想像していたものとは全く違う、青白く光る球体だったから、思わず瞬いてしまった。初めてループすることになる直前、今となってはあれはもう遠い昔のことのように思えたけれど、あの時セツが僕に渡したものだ。以来すっかり忘れていたけれど、どうやら四六時中僕の傍にいたらしい。いや、中にあったのか? 原理は分からないけれど、定着、という言葉が脳裏を過ぎって、ああ、それだな、と一人で納得した。
 セツは僕を前に、慣れた仕草で何もない空間から自分の鍵を出現させると、そのまま僕の手の平の上にあるそれと重ね合わせるように、緩く腕を持ち上げた。そうしてみると僕達の持つ鍵は、互いのものをそのままコピーでもしたかのようにそっくりだった。



「この鍵には、今までのループで経験した事象が刻まれている。それを触れ合わせることで……お互いの経験を、共有できる」



 僕の鍵とセツのそれとが触れ合ったその瞬間、何かのコードのような英数字が空中に刻まれていく。即座に判別できるものと言えば、セツの側に浮かんだそこにあった「LOOP158」と言う文字くらいか。158。158回も、セツはこのループを繰り返しているらしい。ゾッとする、と言うほど心が乱されるようなことはなかったけれど、単純に驚いた。それほどの回数を重ねても尚、この輪からセツが抜け出せていないのだという事実に。



「……11回目のループなんだね。ふふ、私の方がずいぶん先輩だ」



 どこか諦念の滲んだような声音でセツが笑っているのは分かったけれど、それについて言及する気は無かった。空中に浮かぶ11回分の結末を、僕はじっと眺めている。意味の分からない英数字の羅列は、改めて自分の記憶と重ね合わせてみると概ね理解することができた。グノーシアの人数、役職のカミングアウトとタイミング、消滅。自分が消えた後のことは記録されていないのは、これが僕の「記憶」でしかないからだ。淡く発光する空中の文字を指差して、セツに尋ねる。



「……これは、一人でも確認できる?」

「できるよ。今みたいに、鍵を出したいと念じればそれだけでこれまでのことを振り返ることは可能なんだ」

「…………へえ。知らなかった」



 ずっとノートに書いていたな、とつい漏らせば、セツは大きく目を見開いた。「えっ? ノート? ……ふふ」浮かんだ笑いをそのまま殺しきれなかったのだろう。肩を震わせて、「でも、ノートはループの度には持ち越せないだろう?」と言うけれど、「だからその度に新しく書き直していた」と答えた僕に、とうとう耐えきれず、「ふはっ」と声をあげて笑った。
 セツがそんな風に感情を露わにするところを、僕は初めて見たような気がした。

 

「ふ……っふふ、ご、ごめん。そうだよね。知らなければ、そうなるかもしれない。ふふ、でも、ノートだなんて……チハルは案外マメなんだね」

「そろそろ思い出せなくなってきた頃だったから、話が聞けて良かったよ。これで次からは楽ができる」



 何が面白いのか、セツは僕の言葉に再び声を殺して笑う。冗談を言っているつもりはないのだけど。ちらりとセツの顔を見れば、咳払いを一つした後、「ごめん」と謝られた。首を振る僕に、あからさまにほっとしたように笑うセツは、少し人に気を遣いすぎるところがあるように思う。ラキオと足して割れば丁度良いんじゃないだろうかと思えるほどには。
 他には何かあるかと確認する僕に、セツは少し間を空けたあと、そっと目線を床に落とした。



「……乗員データの確認はしておいた方がいいと思う」

「データ?」

「そう。ループの記憶を保持しているのは私とチハルだけ。だけど他の皆も、ループごとに性格まで変わるわけじゃないんだ。個性を把握しておけば、それだけ生存率は高まるだろうから」

「ああ」



 まあ、それは確かに。
 嘘を吐くのが苦手な者もいれば、そうでない人物もいる。直感の鋭い者、矛盾点を見抜いて指摘するだけの頭脳を持った者、妙なカリスマ性を持った者、愛嬌故か、他人から手を差し伸べられやすい者。まだ上辺だけしか知らずとも、これから関わっていくうちに、彼らが陥りがちな思考や取りやすい行動というものも掴めてくるだろう。これから先、100回以上もループしなくてはならない可能性があるならば、尚更。
 チハル、名前を呼ばれてセツに目線をやる。どこか女性らしさの残る面立ちは、けれどはっとするほど精悍で、がセツを無条件に信頼してその背についていこうとするのも、分かる気がした。「一緒に探してほしいんだ、私と」そうセツは言う。



「なぜ、この世界は繰り返されるのか。どうしたら、これを終わらせることができるのか。その……答えを」



 僕らは繰り返しの宇宙にいる。
 この星間航行船内において、恐らくこれからもグノーシアと相対することになるのだろう。時にこの身をグノースに汚染されながら。或いは思考を歪められながら。僕は恐らくスタート地点に立ったばかりだ。
 セツが差し出した指先に触れる。拒絶の意に取られないように、じっとその顔を見て。セツの手の平は、僕のものよりも余程温かいのに、マメが多くて硬い。




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