「調査結果を報告しよう。昨日眠ったコメットは……グノーシアではなかった」



 昨日の会議から二人も減ってしまったコンソールテーブルについたジョナスは、私たちを見回すと、開口一番そう口にした。
 ジョナスはこのD.Q.Oのドクターであり、コールドスリープした人物を調べることでグノーシアかどうかを判別することができるのだそうだ。昨日話し合いの末にコメットを眠らせることが決まった際、一人だけ「なに、野暮用があってね」とコールドスリープ室に残っていたのを目にしていたから、ちょっと不審に思っていたけれど、あの時ジョナスはコメットの身体がグノーシアであるか否かを調べていたのだろう。結果、コメットは人間であった。そうジョナスは言っている。
 つまり、この中にグノーシアはまだ二人残されているのだ。



「これが、私が現在提供しうる情報の全てだ。有効に活用されることを期待させて貰おうか」



 ジョナスの言葉に場の緊張感が高まっているのを感じる。私が無条件に信頼していたセツがグノーシアによって消されてしまったことも、私の恐怖心を駆り立てる一因になっていることは間違いない。








 昨日の会議は混迷を極めた。セツとククルシカとステラの三人が、自身がエンジニアであると主張したのだ。理解が追いつかずに疑問符を浮かべる私を見かねたのか、チハルの向こうに座っていたラキオがわざわざ席替えを申し出て、チハルと自分の座る場所を入れ替えた。私の隣に腰を下ろして、「良いかい、」と目を細めて口にするラキオは、何だかんだ言って面倒見が良い。



「今エンジニアの権限を持っていると主張しているのがあの三人だ。丁度まとめて横並びに座ってくれているから君みたいな猿でも簡単に覚えられるよね」

「……はい、まあ」



 いちいち言い方が悪いけれど。本当に、他人からどう思われるかについて一切考えようとしない人だと思う。そういう潔さみたいなところはある意味ラキオの美点ではあるものの、こういう危機的状況においてはマイナスにしか働かないんじゃないだろうか。
 すぐ終わらせるから、そっちはそっちで話していて良いよ、そう皆に言ってから、ラキオは改めて私に身体を向ける。こんなときにお勉強会のような真似をするなんて不謹慎かもしれないけれど、それでも全員の話を聞いて、自分の発言にも気を配らなければいけなかった数分前と比べれば、緊張が程よく解けたように思えた。ラキオは僅かに声量を落とす。他の人の話し声に、それでも決して埋もれるようなことはない、明朗な発音で言葉を紡いでいく。



「グノーシアは嘘を吐く。だからあの三人……セツとステラ、それからククルシカのうち一人は必ずグノーシアだ」

「……一人? 二人じゃなくて?」

「有り得ないことはないだろうけれど、二人しかいないグノーシアが揃って偽称してたら、そのグノーシアは余程頭が悪いンじゃない? エンジニアを主張する三人を全員眠らせてしまえば駆除が終わるじゃないか」

「あ、そっか。じゃあもう一人は……」

「だから三人のうちの一人は恐らくAC主義者だね。グノーシアのために、この会議を引っかき回そうと嘘を吐いているんだ。ハハ、随分献身的だな」



 セツとステラとククルシカ。あの三人の中に本物のエンジニアが一人と、グノーシアが一人。それから生身の人間でありながら異星体グノースを信奉する、AC主義者が存在している。一方でもう一人のグノーシアは私たちの中に紛れ込んだまま、ひっそりと様子を窺っているのだろう。
 まだグノーシアの存在が確認されたというこの状況では、話し合いの糸口を掴むことすら困難だ。かといってエンジニアの権限を持っていると主張する三人のうちの誰かを眠らせるのも悪手だろう。三分の一でこちらの首を絞めることになる賭けなんて、ただのゲームならまだしも、生死のかかった状況ではリスクが高すぎる。
 結局話し合いの結果、眠ることが決まったのはコメットだった。「喋りすぎも目立つからね」とラキオは肩を竦めていたけれど、その観点から言うならばラキオだって目立っているんだから、気をつけなきゃいけないんじゃないかな。お節介かもしれないと思いつつもそう言ったら、ラキオははっきりと眉根を寄せて、それからバカにするみたいに短く笑った。








 そして一夜明けた今、グノーシアは一人の人間を消滅させるに至っている。
 昨日のラキオの言葉を借りるなら、「丁度まとめて横並びに座っていた」三人のうち、一人が欠けてしまっているのだ。すっかり定位置になったらしい私の隣で、ラキオは足を組んで首を傾げる。「わざわざ言葉にするまでもないだろうけれど」と前置くラキオの目は、どこか爛々と輝いているようにも見えた。



「セツが消されたってことは、セツが本物のエンジニアだったか、或いはAC主義者だった、ってことだよね。もし前者なら、僕たちはグノーシアに大分遅れを取っている、ってことになるけれど……」



 エンジニアとして、ステラはしげみちが人間であること、ククルシカはチハルが人間であることを結論づけている。でも、どちらかの言っていることは確実に正しい、っていう確証は、もうない。ラキオの言う通り、セツが本物のエンジニアだったって言う可能性もあるのだから。
 だったらいっそステラもククルシカも眠らせてしまった方が話は早いんじゃないかな。グノーシアではなかったとジョナスに認められた人は、後で起こせば良いんだし。そんなことを考えてしまう自分の薄情さに後ろめたさを覚えたけれど、でも、こんな状況では綺麗事ばかりも言ってられない。
 とは言え、そうして二人を消した後、もしもジョナスがグノーシアに消されてしまったら? 私たちはグノーシアに対抗しうる全ての手段を失うことになるのではないだろうか。片割れを消されたとき、残るグノーシアが何かしらの強硬手段を執るだろうことは想像に難くない。そういう先々のことを考えると、途方に暮れてしまう。ステラかククルシカ、どちらか一方がグノーシアであることが確定しているとは言え、もう一人が誰なのかが全く読めない以上、迂闊なことはできない。
 手をこまねいているうちに誰かが消滅させられてしまうことを考えれば、後手に回ることが良いことだとは到底思えないけれど、少なくともエンジニアを主張していた、残る二人のうち片方のみをこの話し合いで排除するようなことは避けるべきなのかもしれない。そうやって最後に残ったエンジニアがグノーシアであること、それが今考え得る「最悪の事態」なのだから。
 自分がそういう風に考えていた、まさにそのタイミングだったからだろう。



「……ステラは、信用できない」



 これまでほとんど口を開くことのなかったジナが、私の左隣でそう呟いたとき、私は彼女の横顔を凝視してしまった。
 この状況でステラを槍玉に挙げようとするジナを、それに同調するように厳しい表情をしてみせた物言わぬククルシカを、グノーシアなのではないかと疑うことはおかしいことなのだろうか。
 テーブルの上に重ねていた手が震えていることに気がついて、そっと膝の上に置き直した。
 ステラへの疑惑に同調する人、彼女を庇う人、色んな意見があるのは当たり前だ。だってこの場には私も含めて、十人の乗員がいるのだから。注意深く皆の動向を見守りながら、軽い吐き気を覚えている。でも、「それは随分作為的なように思うけど?」と、ラキオがはっきりとジナの発言を否定したその瞬間、どうしてか、胸のつかえが取れたような気がしたのだった。
 私が飲み込む全ての言葉を形にするラキオを、どうして信用しないことができただろう。ラキオの顔を見たら、ラキオはテーブルに肘をついたまま、私に目を合わせてくれた。ラキオの瞳の中で、私は泣き出す寸前のような、酷くみっともない、子供のような顔をしている。凝視していなければ分からないほどに僅かに細められたその目が、コンソール室の明かりを受けて輝いていた。それが私にとって、あまりにも美しいものであるように思えた。



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